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高窒素鶏糞を活用した水稲の減化学肥料栽培

2024年08月28日

■はじめに
 わが国は肥料原料のほとんどを輸入に依存しているため、輸出国の社会情勢を背景とする価格変動の影響を受けやすい。2022年に始まる肥料価格高騰においても、肥料3要素の全原料輸入価格が約2倍に高騰した 1)。農林水産省は「みどりの食料システム戦略 2)」の中で、化学肥料を堆肥等で代替し、2050年までに化学肥料の国内使用量を3割低減すると記しており、肥料価格安定化の一助として期待される。
 化学肥料を堆肥等で代替する場合、リン酸や加里については、代替法や代替率等について多くの知見や技術が集積されているが、窒素成分については、成分含量が低い、肥効が緩効的、作物の生育に合わせた養分供給が難しい等の技術的課題が多くある。したがって、この点を解決することが堆肥代替を推進し、化学肥料使用量を低減するための鍵となる。


■高窒素鶏糞の概要
 高窒素鶏糞は定義された名称ではなく、発酵鶏糞のうち現物当たりの窒素全量が4%以上のものの仮称である。従来の発酵鶏糞(窒素全量が2%程度)よりも窒素含量が高い理由は、主に発酵処理設備の違いによる(図1)


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図1 発酵処理設備(A 開放攪拌発酵方式(従来法)、B 縦型密閉発酵装置(新規法))


 先進的な養鶏場では、発酵工程の短縮や臭気の集中管理を主目的とした縦型密閉発酵装置の採用が増えており、当該装置を用いた場合、生鶏糞は、定温(60-70℃)、短期間 (1週間程度)で発酵されるため、従来法の開放攪拌発酵方式では揮散していた有効態窒素を発酵鶏糞中に留めることができる。その結果、発酵工程前後の水分管理等が適当であれば、窒素全量が4%以上の発酵鶏糞となる 3)。なお、潜在的資材供給量は潤沢にあり、価格も従来鶏糞と同等である。形状も従来鶏糞と同様に粉状からペレット状まである。


■高窒素鶏糞の肥料特性
 高窒素鶏糞は、再生有機質資源(有機性廃棄物の再利用) としては窒素含量が高く、安価な窒素肥料としての利用が期待される。主な肥料特性は、窒素成分が従来の発酵鶏糞の2倍、従来の発酵鶏糞よりも速効的(図2) 4)、肥料成分のバランスが良好 (N:P:K=4:3:2)、雑草種子や病原菌が少ない、である。


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図2 鶏糞100㎏の土壌中における窒素無機化量鶏糞を混和した水田土壌を4週間湛水培養(30℃、培養瓶)した際の窒素無機化量。無機化量は、鶏糞添加土壌の測定値と無添加土壌の測定値の差分 4)


■高窒素鶏糞による水稲栽培の基肥代替
 高窒素鶏糞は優れた肥料特性を有するため、高窒素鶏糞で化学肥料を全量代替し、有機栽培に取り組むことも可能ではあるが、施肥労力の負担は大きい(表)


表 施肥体系と肥料種類および施肥量
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 ここでは、負担増加を最小限に留めるため、ブロードキャスター等の乗用機械を利用できる基肥のみを高窒素鶏糞で代替し、穂肥は慣行通りに化学肥料を施肥する減化学肥料栽培(基肥鶏糞栽培)を推奨する 5、6)。この基肥鶏糞栽培の特徴は以下の通りである。


(1)特別栽培の肥料要件に準拠
 基肥鶏糞栽培では、基肥に使用する高窒素鶏糞の化学窒素成分が0kgであるため、特別栽培においても基肥の施肥量には制限がない。一方、穂肥は、例えば化学窒素成分の慣行基準が10a当たり6kgの地域では、化学肥料で窒素成分3kgまで施肥しても特別栽培の肥料要件を満たす。したがって、表のように、基肥鶏糞栽培における基肥と穂肥の窒素成分を3kg、2kg、と設計した事例では、追加穂肥が必要になった場合でも、化学肥料で窒素成分1kgまで追肥できる。


(2)軽労な穂肥作業
 背負式動力散布機による穂肥作業は夏場の重労働である。特に有機質100%肥料や有機質50%入肥料は化学肥料よりも施肥量が多くなるため、労力負担が大きい(表)。しかし、基肥鶏糞栽培では穂肥に化学肥料を使用するため、慣行栽培と同等の労力で施肥できる(表)
 尿素系肥料であれば無人航空機等による施肥も現実的な選択肢となるため、基肥鶏糞栽培による特別栽培では、穂肥多労性の課題を解決できると期待される。


(3)収量品質は慣行と同等
 基肥の化学肥料を高窒素鶏糞で代替した場合、水稲の初期生育はやや緩速になる 5)。しかし、慣行栽培と同基準の穂肥診断に基づいて化学肥料を穂肥することにより、中期以降の生育は慣行と同等に推移する。稈長は伸長傾向を示すが、収量および品質は慣行栽培と同等になる 5)


(4)肥料経費が安価
 基肥鶏糞栽培の肥料費合計は有機質50%入肥料体系の半額、慣行栽培と同等である。また、高窒素鶏糞を養鶏業者から直買いした場合、慣行栽培より安価となる。高窒素鶏糞に含まれる石灰や苦土、硫黄成分等の評価額加算や特別栽培としての付加価値加算を考慮すると、基肥鶏糞栽培の有利性はより高く評価される。


(5)作業上の注意点
 窒素成分の流亡を防止するため、春施肥後は速やかに耕起・湛水する。高窒素鶏糞のほとんどは「特殊肥料」であるため、成分含量の許容誤差範囲が±20%程度ある。形状は割高でもペレット状の方が施肥しやすい。多量施肥や強湿田への施肥はガス湧きの懸念がある等に留意し、作業計画を準備する。


■おわりに
 基肥鶏糞栽培を実践できれば、「みどりの食料システム戦略」における目標の一つである、化学肥料(輸入肥料)の使用量3割減を達成し、さらに5割減までの実現を見込むことができる。また、耕畜連携を土台とする有機質資源の地産地消の推進とともに、肥料経費の削減と安定化にも貢献できる。本技術が広く現場導入されることを期待する。


<引用文献>
1)農林水産省(2023)肥料をめぐる情勢.
2)農林水産省(2021)みどりの食料システム戦略.
3)農研機構(2014)循環型農業のための家畜糞堆肥を原料とした有機資材製造とその利用の手引き.
4)新潟県(2014)新潟県研究成果情報.
5)古川勇一郎ら(2023)新潟県農業総合研究所研究報告 20:1-8.
6)古川勇一郎(2024)北陸作物・育種研究 59:35-39.


▼参考
「みどりの食料システム戦略」技術カタログ(Ver.3.0)


執筆者
新潟県農業総合研究所作物研究センター
専門研究員
古川 勇一郎


●月刊「技術と普及」令和6年4月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載