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注目の農業技術



温水を用いた果樹白紋羽病の治療技術

2024年05月13日

 白紋羽病は、ナシやリンゴ、ビワ等果樹の難防除土壌病害として、果樹産地に大きな被害をもたらしている。白紋羽病菌は、土壌に生息する糸状菌(カビ)であり、果樹の根に寄生して樹を衰弱させ、最終的に枯死させる。昨今、果樹産地では老木樹から苗木への改植が進められているが、白紋羽病による若木の生育不良や枯死が散見されている(図1)


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図1 改植後に白紋羽病により枯死したナシの若木


 白紋羽病の対策技術は、罹病根を取り除く耕種的防除のほか、化学合成農薬フルアジナム水和剤の土壌灌注が有効である。ただし、化学合成農薬の防除効果は長期間持続しないことから、隔年での処理が必要となる。そのため、栽培現場ではその労力やコストが課題であるとともに、環境への影響も危惧されている。そのような中、化学合成農薬に頼らない環境低負荷型の対策技術である温水を用いた治療技術が開発された。


技術の特徴
(1)白紋羽病菌は熱に弱く、温水中では35℃で3日間、40℃で5時間、45℃では10~30分で死滅する。
(2)一方、ナシの根は、45℃程度までの温水であれば障害が発生しない。
(3)50℃の温水を白紋羽病罹病樹の株元に点滴処理し、地下30cmの地温が35℃に、もしくは地下10cmの地温が45 ℃に達するまで処理を行う。白紋羽病菌が死滅する35℃以上、かつナシの根が耐えられる45℃以下の地温を1~2日間維持することで、白紋羽病を治療することができる。
(4)点滴に用いる温水は、ナシ、リンゴ、ブドウは50℃とし、熱耐性の低いビワ、オウトウ(サクランボ)、モモには45℃の温水を用いる。


温水治療技術の処理手順
 温水治療技術は農研機構、長野県などが参画した「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」により実用化され、白紋羽病治療用温水点滴処理機(EB-1000、エムケー精工株式会社)として製品化された。
 白紋羽病治療用温水点滴処理機一式は、温水処理機(給湯器)、点滴チューブ(1セット)、二輪運搬車付き灯油タンクの3点で構成される(図2)。なお、処理には水源と電源が必要である。圃場に水道等がない場合は、スピードスプレーヤやローリータンク、動力噴霧器等を、圃場に商用電源がない場合は、発電機やポータブル電源等を使用する。
 同機を用いた温水治療の処理手順は下記の通りである。


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図2 白紋羽病治療用温水点滴処理機を用いてジョイント栽培のナシ樹(計7樹)に同時に温水治療を行う様子


(1)罹病樹の主幹を中心に点滴チューブ(処理面積:1・5m×1・5m)を設置する。
(2)保温のため、点滴チューブの上に被覆資材(農業用の透明マルチフィルムやブルーシート等)をかける。
(3)温水処理機の温度を50℃(熱耐性の低いビワ等は45℃)に設定し、点滴チューブから温水を点滴する。
(4)温水点滴中は、点滴チューブが配置されている範囲の中から3カ所を選び、地下10cmおよび30cmの地温を計測する。
(5)温水の点滴は、地下30cmの地温が3カ所全て35℃に到達するまで、もしくは地下10cmの地温が1カ所だけでも45℃(熱耐性の低いビワ等は43℃)に到達するまで実施する。
(6)保温のため、被覆資材は処理翌日までそのままにしておく。


温水治療技術の留意点
(1)地温が比較的高い6~10月に処理を行うことで、効率良く実施できる。地温の低い冬期でも治療は可能だが、地温が上がるまでに多くの時間と水が必要となる。
(2)6~10月に処理を行った場合、1樹当たり約4~6時間(水量600~900L)を要する。その場合のコスト(水道代、電気代、灯油代)は約500円である。
(3) 白紋羽病により樹が著しく衰弱している場合は、処理することで白紋羽病菌を殺菌できるが、樹勢は回復せず枯死することがある。治療を成功させるためには、感染初期の樹、あるいは軽症樹を処理の対象とする。
(4)軽症樹を早期に発見するためには、枝挿入法が有効である。枝挿入法では、約30cmのナシ等の枝を、樹の主幹から10cm以内の距離に、約10cm間隔で深さ25cm程度まで挿入する。
20~30日後に枝を抜き取り、枝表面への白紋羽病菌の菌糸の付着の有無により、発病を診断できる。
(5)樹勢の維持と回復のため、治療対象樹の樹勢に応じて、できるだけ摘果を行う。


圃場土壌の拮抗菌も温水治療効果に関与
 近年の研究により、温水治療の効果には温水熱だけではなく、圃場土壌中のトリコデルマ属菌等の拮抗菌が関与していることが明らかになった。土壌の拮抗菌の強さ(以下、土壌の白紋羽病抑止性)が高い圃場では、温水と拮抗菌との相乗作用により、温水で殺菌された範囲以上に根部の白紋羽病菌を殺菌できる可能性が示された。
 一方、著しく低い場合には、温水で一度殺菌できても、地温が上がらなかった深部や処理範囲外から白紋羽病が再発しやすい可能性がある。
 なお、土壌の白紋羽病抑止性が低い圃場では、市販のトリコデルマ資材(トリコデソイル、アリスタライフサイエンス(株)を事前に施用することで、土壌の白紋羽病抑止性が向上し治療効果も向上することが、ビワ白紋羽病に対する45℃の温水を用いた圃場試験で明らかになっている。


今後の普及に向けて
 歴史ある果樹産地において、白紋羽病は以前よりも大きな問題となっている。昨今、改植時にジョイント栽培等の密植栽培を導入する生産者が増えているが、白紋羽病により隣接する樹がまとまって衰弱・枯死する事例が散見され、対策が急務となっている。十分な水圧がある水源が圃場にあれば、点滴チューブを増設して4~8カ所の同時処理が可能で(図2)、効率的に温水治療を進めることができる。また温水点滴処理機は、60℃の高温水を用いた改植前の発病跡地消毒にも使用できる。
 温水点滴処理機一式は約160万円と高価だが、白紋羽病が毎年発生する園では導入するメリットが十分にあるだろう。千葉県内のナシ産地では、生産者グループでの共同購入のほか、個人でも導入する事例が見られるようになった。

 温水治療技術の詳細は、「白紋羽病温水治療マニュアル改訂版(2013年)」「白紋羽病温水治療Q&A集」および「白紋羽病温水治療マニュアル2018年速報版」として、また、土壌の白紋羽病抑止性を評価する方法と分析受託は「土壌診断法-白紋羽病に対する抑止性を調べる-」にあるので参照されたい。


執筆者
千葉県農林水産部担い手支援課 専門普及指導室
上席普及指導員 髙橋 真秀


●月刊「技術と普及」令和4年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載