提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


農業のポータルサイト みんなの農業広場

MENU

注目の農業技術



豚の遺伝的な抗病性の改良(豚の抗病性改良DNAマーカー)

2025年06月04日

はじめに
 細菌やウイルスによる感染症、特に肺炎や下痢などの慢性感染症は、養豚において生産性低下をもたらす大きな原因であり、経営上のリスク要因となっている。
 農研機構においては、病原体に由来するさまざまな物質に対する応答に関わる豚の免疫系の遺伝子を中心に、そのDNA配列の違いが免疫応答に与える影響、さらには豚の感染症への抵抗性(抗病性)に与える影響を検討してきた。検出された抗病性に影響を与えるDNA配列の違いを目印、すなわち「抗病性改良DNAマーカー」として、豚の抗病性を向上させる手法を開発したので、本稿で概説する。


豚における遺伝的な抗病性の改善
 国内で広範囲な感染が見られ、養豚経営に大きな影響を与えている豚の感染症にはさまざまなものがあり、例えば豚繁殖・呼吸障害症候群や、マイコプラズマ性肺炎、あるいは豚胸膜肺炎などが知られている。これらの感染症は、複合感染で重篤化することが多く、豚サーコウイルス2型(PCV2)感染による免疫抑制と他の細菌などによる感染症の重症化などの例も知られている。
 感染症対策としてワクチンや抗菌剤の活用が挙げられるが、病原体の変異・強毒化によるワクチン効果の減弱や、抗菌剤使用による薬剤耐性菌出現の懸念があり、「第三のアプローチ」としての豚の遺伝的な抗病性の向上が期待されている。豚自身の抗病性を改善することにより、農場への感染症侵入時の損失を抑制することが可能となると想定され、生産性の改善につながることが期待される。


豚のDNA配列と感染症抵抗性との関連
 豚の遺伝的な抗病性の改善に当たっては、豚群において抗病性の指標となるDNA配列の違いを検出し、それを目印(マーカー)として選抜を行うこととなる。農研機構では、病原体認識に関わる免疫系の遺伝子の中の配列の違いが、病原体の認識能力や、豚の抗病性と関連しているかどうかの探索を行った。

 パターン認識受容体と呼ばれる、特に感染初期に病原体由来の物質を認識する免疫系の分子をコードする遺伝子の中から、豚群の中でDNAの配列が異なる箇所(一塩基多型:SNP)を多数検出した。それらの多くはコードしているアミノ酸配列にも影響を及ぼしているが、さらにその中のいくつかは病原体の認識に影響を与えていることを細胞レベルの研究で発見した。
 このようなSNPでの配列の違いは、豚の感染症の重篤度と関連していることが明らかとなり、抗病性改良のためのマーカーとして使えることが判明した(図1)。そのほかに、感染症が侵入し損害を受けた豚群において、症状の重篤さと関連を示すゲノム領域を探索することでもマーカーの開発を行った。


midori202505pig_DNA_1.jpg
図1 豚の抗病性改良DNAマーカーの開発


開発した抗病性改良DNA
 マーカーと期待される効果これまでに開発した抗病性改良DNAマーカーをに示す。細菌由来の物質などに反応する各種の分子をコードする遺伝子中にマーカーを開発しており、感染症が侵入した集団での生存率などとの関連を観察している(図2)


表 これまでに開発し、利用可能となっている豚の抗病性改良DNAマーカー
midori202505pig_DNA_h1.jpg


midori202505pig_DNA_z2.jpg
図2 豚の抗病性改良DNAマーカーの感染症への影響の例
NOD2遺伝子のマーカーの豚サーコウイルス2型(PCV2)感染下での生存率との関連性を示す。PCV2で斃死が多発した集団で、父母両方から受け継いだNOD2遺伝子の両方が抗病性型(2197C)の場合、両方がA型のものと比べて20%以上の生存率の向上が確認された


 そのほかに、PCV2感染で斃死が多発した豚群で、関連性を示すゲノム領域の探索を行い、第13染色体上に斃死状況と有意に相関を示す領域が存在することを発見しており(特許第7674635号 )、EIRと命名している。


マーカーの利用方法と活用状況および活用の注意点
 に示した抗病性改良DNAマーカーについては、一般社団法人家畜改良事業団において、肉片や血液などのゲノムDNAが抽出可能なサンプルを用いて遺伝型の判定を行う有償の受託解析を実施している。また、岐阜県畜産研究所において、筋肉内脂肪が多く肉質に優れた種豚集団「ボーノブラウン」の、豚熱の侵入により被害を受けた後の集団再構築に当たり、マーカーの一部(EIRおよびNOD2)を活用し、慢性感染症への抵抗性の向上を図っているところである(写真)


midori202505pig_DNA_2.jpg
写真 抗病性改良DNAマーカーを導入したデュロック種の種豚(ボーノブラウン)(岐阜県畜産研究所より提供)


 これらの抗病性改良DNAマーカーは、豚の品種ごとに遺伝型の分布が異なっていることが判明している。
例えば、TLR5でべん毛タンパク質の認識に影響を与えることが判明している1205T型は、ランドレース種では比較的高頻度(最大で染色体の50%程度)で観察されるが、他の国内の品種ではほとんど見られない。改良対象の集団の遺伝型分布の特徴に合わせた活用が望まれる。


おわりに
 農研機構では、に掲げた抗病性改良DNAマーカー以外にも、さまざまな豚群で利用可能なマーカーを順次開発しているところである。
 なお、本稿で示した豚の抗病性改良DNAマーカーの開発は、イノベーション創出強化研究推進事業(生研支援センター)および日本中央競馬会畜産振興事業の支援を受け、岐阜県畜産研究所や東北大学、一般社団法人家畜改良事業団等、諸機関との協力の下に行った。養豚業の経営改善に向けて、本情報が有益なものとなれば幸いである。


〈参考文献〉
1 上西博英 (2024) 農研機構技報 15:18-21.
2 Suzuki et al. (2021) Genes 12:1424.
3 Suzuki et al. (2022) Animals 12:3163.


執筆者
農研機構 生物機能利用研究部門 生物素材開発研究領域
研究領域長
上西 博英


●月刊「技術と普及」令和7年3月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載