提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


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注目の農業技術



施設園芸におけるAI発病予測システムを利用した病害防除

2025年05月07日

 農作物の病害虫雑草対策においては総合的病害虫・雑草管理が推奨され、実践に当たっては予防、判断、防除を基本として、種々の方法・技術を利用して総合的に対処することが必要とされている1)。病害虫の発生予測技術はこれら三つの段階の全てにおいて有用な情報を提供する。
 近年、AI(人工知能)技術を用いた病害発生予測機能を持つ施設栽培の環境モニタリングシステム「プランテクト®」が開発された2)。ここでは、同システムの病害発生予測機能とこれを防除・対策を支援するツールとして利用した病害管理技術の開発について、平成31年度から実施したプロジェクト研究の成果を中心に紹介する(詳細はマニュアル3)参照)。同研究は生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」の支援を受けて実施した。


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1)改正植物防疫法に基づく総合防除の推進について(農水省HP・PDF


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2)プランテクト®(バイエルクロップサイエンス社HP


プランテクトの概要
 本システムでは、対象施設に気象観測装置(図1B)とデータ通信を行う装置(ワイヤレス)を設置する必要がある。気象データはインターネット上のクラウドに送られ、そこでAI技術を用いて各病害の日々の感染リスクが計算され、気象を観測した日の翌日早朝までに利用者のスマートフォンやPCに送られる(図1A)
 リスク計算はランダムフォレスト(機械学習の一つ)による分類(感染の有無)によって行われ、施設の所在地、耕種概要、栽培履歴あるいは病害の発生状況や防除に関する情報も利用される。感染リスクは低(20%以下)、中(同20~40%)、高(同40%以上)の3段階で表示され、中3回、高1回の発出での防除(薬剤散布)が目安とされている。
 対象病害はトマト灰色かび病・葉かび病・うどんこ病*・すすかび病*、キュウリべと病*・うどんこ病・褐斑病*、イチゴ灰色かび病・うどんこ病*の計9病害(令和7年1月現在)で、いずれも糸状菌による空気伝染性病害である。
*上記プロジェクト研究の実証試験対象病害


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図1 プランテクト®システムの概要(A)と温湿度センサー(B)


プランテクトを利用した病害防除
 本システムを利用した防除の実証試験3)は、慣行防除を対照として多くが自然発生条件下において、同システムが実用化された翌年(令和2年)から3年に渡って延べ19回実施された。ここでは防除効果及び農薬散布のタイミングと回数を主な検討課題とした。予測に基づく農薬散布は前述の目安に基本的に従ったが、2年目以降はより実用的かつ効果的な方法の開発に向けて知見を蓄積した。

 その結果、同システムを利用した防除区(予測防除区)では16例(84%)において、慣行防除区と同程度かそれ以下に病気の発生が抑制された(表)。残りの3例においても収穫量等への被害は慣行防除区と大差なかった。予測防除区の薬剤散布回数は11例で慣行防除区より少なかった。中には発病を慣行防除区と同程度に抑えながら散布回数を4~7割に削減できた例もあった(表、図2)


表 AI発病予測を利用した病害防除実証試験結果の概要
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図2 発生予測を利用したトマトうどんこ病防除の実証試験(2021、岩手農研セ)
   (慣行防除の株あたり累積発病小葉数の推移は「予測防除」と重なっている)


 慣行防除区より多かった4例のうち2例(トマトすすかび病)は減農薬栽培を対照(慣行防除区)としていた。
 以上の結果から、本システムは対象病害の防除に有効に利用できる発生予測精度があること、これを適切に利用することで被害を経済的に許容できる範囲内に抑制するとともに、結果的に農薬散布回数の低減(対慣行技術)を計ることが可能であることが明らかになった。

 実証試験を繰り返す間に、より効果的な防除を安定して行う上で留意すべき点がいくつか考えられた。例えば、それぞれの栽培における最初の発生の的確な予測はしばしば困難であった3)。過去の栽培における初発あるいはそれに影響がある伝染源やそこからの病原菌の飛散についてもリスク計算の中で考慮されているが、直接的なデータを利用していないことや開発直後の学習材料の不足などが要因として考えられた。このようなときには例年の発生を考慮するとともに圃場(作物の状態・病気の発生等)をよく観察し、慣行技術を参考にして対応する必要がある3)。また、果実に病気が発生するなど経済的損失が大きい場合にはより徹底した防除が欠かせないなど防除徹底の程度、あるいは農薬の残効期間について考慮することも必要であった。本システムは病害対策に必要な種々の判断を支援するツールとして、それぞれの地域や栽培・経営の実情にあわせて利用することが望まれる。


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3)AI発病予測を利用したトマト・キュウリ・イチゴ病害の防除(施設栽培)(秋田県立大学HP


おわりに
 AIを利用した病害発生予測システムが比較的短期間で実用的精度を持つようになったのは、AIの学習機能によるところが大きい。学習材料がさらに蓄積されていくことで、今後とも精度は向上していくものと考えられる。
 ここで紹介したプロジェクト研究では、本システムが開発されて間もないこともあり、複数の病害発生への対応技術については検討していない。複数病害が発生する場合には農薬選択や散布タイミングが1種類の病害が発生するときとは異なることが多い。このようなときには地域に蓄積された病害発生や対策について知見と経験を参考にすることが望まれる。
 本システムでは記録された気象や病気の発生状況を他者と共有することができる。これらの機能を利用し、慣行技術やその背景にある知識と経験を参考にすることでより効果的、効率的に本システムを使うことが可能である。そのような技術を蓄積することによって、それぞれの地域や圃場に最適化した高度な総合防除技術に発展していくことが強く期待される。


執筆者
秋田県立大学
名誉教授 古屋 廣光


●月刊「技術と普及」令和7年2月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載