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自社を核に協力農家を束ねて全国展開を目指す! 若き社長の新しい農業経営

2022年4月22日

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八幡原 圭さん(広島県東広島市 株式会社ねぎらいふぁーむ)


 ネギ専門の会社を起ち上げて頑張っている若い社長がいると聞いて、東広島市へ出かけた。コロナ禍により都会生活をやめ、就農する若者が少しずつ増えていると聞いていたので、若くして会社を設立した人がどんな人物なのか、興味津々だった。「株式会社ねぎらいふぁーむ」という、いかにも心優しい若者が名づけた社名である。代表取締役の八幡原圭(やはたばら けい)さんが明るい笑顔で迎えてくれた。


農業で稼ぐことができるんだ!
 「福岡で過ごした大学時代、京都から来たある人物と知り合ったのがきっかけで、京都で就職したのですが、二転三転して京都南部の久御山(くみやま)町のネギ農園で働くことになったのが、ネギとの出会いです」。ゆったりとした口調で、笑顔で話す八幡原さん。広島県の共働きのサラリーマンの家に生まれ、農業と接点はなかった。「もともと飲食業をやりたかったんです。でも、その前に野菜の生産現場を見ておくのも大事だなと思って」と、軽い気持ちで働き始めた。「農業って、儲からない、休みがない、重労働というイメージがあった」が、就労先の園主が高級外車に乗って畑に登場するのを目撃した。「どういうこと?」と尋ねると、「農家はセカンドカーでいいクルマに乗れるんや」と言われて仰天したという。「農業って稼げるんだ!」と瞠目した八幡原さんは、普通なら5~6年かかるネギ生産技術を「1年間で教えて!」と頼み込む。「わかった。全力で取り組め!」と励まされ、懸命に習得。1年後、起業すべく故郷広島へ戻った。


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左 :東広島市志和町に広がるねぎらいふぁーむのハウス群
右 :サムライねぎ


26歳でようやく自分の畑を持つ
 父親の出身地である東広島市志和町は、京都の地形と共通する盆地で、寒暖の差が大きい地域。ここでなら京都ブランドである九条ねぎが育てられると、早速「畑を借りたい」と地主さんを回った。しかし、いくら父親の出身地とはいえ、見ず知らずの若者に畑を貸すような人はおらず、ひとまず近くの農業法人で研修することに。会社には「独立したいから、畑が見つかり次第辞めます」と伝え、仕事をしながら畑探しに取り組んだ。「その農業法人は、志和町の人なら誰でも知っていましたから、社名を出して『畑を貸してくれませんか?』と歩き回ったんです」。すると、35年間放置されていた畑を貸してくれるという人が現れた。「ここを開墾できたら、ほかの畑地も貸してあげる」と言われ、八幡原さんは俄然奮起。自分の背丈より高い雑草が生い茂る土地を半年がかりで開墾し、ようやく作業ができる畑を手に入れた。26歳の時である。


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左 :ねぎらいふぁーむのスタッフ
右 :収穫後の「サムライねぎ」


お客さんが名づけてくれた「サムライねぎ」
 「一枚の畑をきれいに整備すると、目立つんでしょうね。ほかの地主さんからも『うちの畑も貸してやろうか』と言われるようになった」と当時を振り返る。ネギはまず、30aの畑で栽培に着手したが、周囲の人からは「すでに広島県内のネギ市場は埋まっている」と言われた。だが、八幡原さんには秘策があった。それは「根のないネギ」の販売だった。「京都では業務用に根のないネギを作っていたのに、その頃の広島には皆無。『なんで根のないネギなんだ?』とよく言われました。でも、家で調理する時、根っこは切って捨てるでしょ? 京都のネギの師匠に、『広島でなら先駆者になれるぞ!』と言われていたので、自信はあったんです」。根なしネギは、収穫の際に根を土の中に残して刈り取る、京都独自の方法である。植え付けは3~9月で、収穫は通年。露地とハウスでの栽培は通年出荷するためで、「露地の方がストレスを与えることができるので、おいしくなる」という。品種は京野菜の九条ねぎと、広島で手に入る小ネギの「緑秀」だ。


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左 :広島の土地に合わせて改良された青ねぎ「サムライねぎ」
右 :根なしネギ収穫後の株


 取引先は、自ら飛び込みで飲食店などを回った。「お好み焼きを食べにいって、店の人に『今度、うちのネギを見てもらえますか?』と聞いて、持っていったんです。すると、その店から新しい取引先がどんどん広がっていきました」。そんなある日、取引先のある店で「君のところのネギは、侍が腰に差す刀のようにシャキッとしたネギだね」と言われたことから、商品名を「サムライねぎ」と命名し、早速商標登録した。決断したらすぐ行動という、八幡原さんのポジティブな性格がここにも表れている。


協力農家の全国展開が目標。そして夢は......
 耕作面積は徐々に増え、取引先も拡大しながら事業は順風満帆に進み、法人化するために登記をしたのは2018年7月3日のことだった。ところが、大きな災害が発生する。各地で河川の氾濫や土砂災害が発生した西日本豪雨である。これにより事務所の建設がストップし、1年間全く稼働できなかった。

 翌19年になって、ようやく事務所が完成。役員3名、社員2名、パート3名の8人体制でスタートした。経営資金に関しては、普及センターの協力を得て地元信用金庫から融資を受けることができ、社屋やハウスの建設に至った。社名は「ネギ農家」と「労いの気持ちを持つこと」、そして多くの人が日常的にネギのある生活「ネギライフ」を送ってほしいとの思いを合わせて「ねぎらいふぁーむ」とした。「1日3食のどこかで、うちのネギを食べてもらいたいな、という思いを込めました」と八幡原さんは笑う。


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左 :収穫された「サムライねぎ」が加工場に運ばれてくる
右 :調製作業


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業務用カットネギの加工は、厳格に管理されたクリーンルームで


 今は、ねぎらいふぁーむを中心として、ネギ生産の協力農家体制を構築している。これは、近隣農家にネギを生産してもらい、それらをまとめて販売していくもので、現在14戸の協力農家を八幡原さんがまとめあげている。耕作面積はトータル9.6ha。「いまでは広島県、山口県、福岡県、鳥取県などと取引がありますが、今後は近畿、四国、さらには全国展開を計画しています。販売だけでなく、生産者、つまり協力農家をいかに全国各地に増やしていくかが課題です」と八幡原さんは意気込む。


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左 :作業風景。密植栽培に比べ収量が多く、1年を通して生産調整、安定供給が可能
右 :刈り取り作業


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露地栽培(左)とハウス栽培(右)


 未来の夢として、八幡原さんが描いていることがある。「ネギのことがすべてわかるテーマパーク〈サムライ・パーク〉を作りたいんです。ネギの収穫体験ができる農園、ネギを使ったさまざまな料理を出すレストランがあって、ネギが苦手な人も好きになってくれたらと考えています」と目を輝かせる。実際、「サムライねぎ」は苦味が少なく、これまでネギが苦手だった人でも食べられるようになったという話も聞く。「子どもたちが〈サムライ・パーク〉に遊びにきて、ネギと親しむ食育が実現できれば」と語る八幡原さん。まだ31歳、夢は大きく広がっていく。(ライター 上野卓彦 令和3年1月14日取材 協力:広島県西部農業技術指導所)
●月刊「技術と普及」令和3年4月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


株式会社ねぎらいふぁーむ ホームページ
広島県東広島市志和町志和西10588番地20
TEL:082‐401‐3801

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