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2022年3月22日
森谷ファームの概要
株式会社森谷ファームは、北海道北見市留辺蘂町にて100年以上農業を営んできた農業生産法人だ。初代の森谷藤蔵氏が1910年代に山形から入植し、当時、北見で盛んだった薄荷の栽培に着手。その後、薄荷需要の低迷を受けて稲作から畑作へと転換し、昭和30年代に2代目の森谷吉蔵氏が新たに導入した白花豆は近隣にも栽培が広がり、現在は留辺蘂町の特産品となっている。昭和40年代に入ってからはタマネギの栽培を開始。現在は48haの圃場で、基幹品目であるタマネギをはじめとしてビート(甜菜)、小麦、白花豆、紫花豆、大福豆を生産している。
1992年、3代目の森谷健吉氏が法人化し、農業生産法人有限会社森谷ファームを設立、2020年には改組して株式会社森谷ファームとなった。4代目の森谷裕美さんは短大を卒業後の1993年に就農、2020年に代表取締役に就任した。「よりよいライフスタイルを食材から」をモットーに、環境に負荷をかけない土づくりと働きやすい環境づくりに努めながら「環境と人にやさしい農業」を実践する森谷さんに、リモートでお話をうかがった。
WAP100を受賞するまで
森谷さんは就農後、家族や「出面さん」と呼ばれるベテランのパート従業員と農作業に携わる中で、さまざまな改革に着手していく。その一つが、女性が働きやすい職場環境づくりだった。森谷さんの取り組みはやがて、「農業の未来をつくる女性活躍経営体100選(WAP100)」の受賞(平成27年度)というかたちで結実する(取り組みの詳細はEK‐SYSTEM内、「技術と普及」バックナンバー、2017年9月号を参照)。とはいえ、森谷さんが「最初からとんとん拍子にうまくいったわけではありません」と言うとおり、ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。
左 :広大なタマネギ圃場
右 :森谷ファームのスタッフの皆さん
「私が就農した頃は出面さんが5~6人いらして、農作業に関しては私が指導を仰ぐ立場。私を後継経営者に育て上げたいと願う父の厳しさも相当なもので、意見のぶつかり合いも多々ありました。それでもやはり、私なりに『こうやりたい』『ああやりたい』という理想の農業像があります。機が熟すのを待って、いろいろかたちになってきたのはここ数年のことです」。
その理想とする農業像を実現するため、森谷さんが選んだのがGAPへの取り組みだった。
GAPに取り組む
森谷さんには就農当時から悩みがあった。「農作業をしようと思っても、道具が置かれているはずの場所に見当たらなかったり、在庫がないと思っていた消耗品が購入したあとで出てきたり、農薬を使いきれずに有効期限が切れてしまったり。また、父や私が出す指示が統一されておらず、スタッフが混乱して作業能率がよいとは言えませんでした。みんな、きちんとした説明があればモチベーションが上がって一生懸命やってくれるのに、説明に必要なマニュアルが整備されていなかったのです」。
右 :道具かけボード。道具を使うときに自分のネームタグをかける(スタッフ全員のネームタグあり)ことで誰が使用中か明確になるのがポイント
そうした中、GAPの講習会を受けた森谷さんは「これはぜひ取り組みたい!」と一念発起。約1年の準備期間を経て、2016年にGLOBALG.A.P.の認証を取得した。
「認証取得ができたのは、家族の支えがあったからこそ。農家の中には『GAP認証を取得することにどんな意味があるのか? 作った農作物が高く売れるのか?』とGAPに否定的な方もいると聞いていますが、幸いにも私の父はGAPに対する理解があり、協力的だったことは非常にありがたかった。スタッフからも不満の声は上がらず、一丸となって取り組んでくれました」。
そして4年後の2020年には、JGAPの認証も取得する。そもそもGLOBALG.A.P.の認証取得には、自社で栽培するタマネギの海外輸出を見据えての一面もあったのだが、意欲的に取り組んだものの2年で撤退。「もう、失敗は数多くしています」と森谷さん。
では、GAP認証取得の最大のメリットはどこにあるのだろう。
「第一に、問題点を解決するためのツールができたことです。GAPは認証を取得してもゴールではなく、そこからがスタート。だから自ずと次の改善点が見えてきます。スタッフには帳票類や農機の点検表などを作るようにお願いしていますが、みなさん意欲的に取り組んでくれています。各作業のマニュアルをスタッフ自らが作成することで、作業工程に対する理解がより深まってきた実感があります。現時点でもGAP認証取得によるメリットは大きいと感じていますが、今後、農薬や資材などの使用量を見直して経費削減につなげることができれば、より効果を実感できるのではと考えています」。
さらに森谷さんは、メリットとしてSDGsへの貢献を挙げる。
「弊社が現在、SDGsで8つの目標を達成できているのは、GAPに取り組んできた賜物です。そういった意味でもGAPはとても励みになるツールです。ただ、SDGs自体への取り組みについては、かなり幅広い内容を網羅していますので、最初から目標を高く設定せずに、できることからやっていきたい。例えば小さなことではありますが、弊社ではスタッフにマイボトルを配って脱ペットボトル化を進めています。
最近の学生などは、会社の規模や売上といったことより、いかに社会に貢献しているかを重視する傾向があります。ですから今後、よりよい人材を確保するためにも、地球環境に配慮した経営は不可欠になっていくのではないでしょうか」。
左 :農福連携による白花豆の竹抜き作業
森谷ファームではまた、2015年より農福連携の取り組みも始めている。森谷さんが北見市の農業委員を2期6年務めた際、事務局長の紹介で連携がスタート。白花豆栽培の「竹抜き」作業ではなくてはならない存在になっているという。
「障害を持った方に重労働である竹抜き作業をやっていただけるのか、当初は不安もありました。でも障害者の方々は本当に一生懸命やってくださって、弊社スタッフも毎年心待ちにしています。しかしながら、竹抜き作業は5日間と短期なので、お願いできる別の作業を模索中です」。
みどりの食料システム戦略への期待
森谷ファームは、メンバー全員がエコファーマーというECO玉葱部会(JAきたみらい)に所属している。化学肥料の使用量を北海道基準から50%以上削減、化学合成農薬を北海道基準の32%以上削減し、有機質肥料による地力向上に努めて生産されるタマネギは「ECOみらいたまねぎ」ブランドで出荷されている。
「みどりの食料システム戦略では、2050年までに化学合成農薬の使用量を50%、化学肥料の使用量を30%削減するとともに、有機農業に取り組む面積を100万haに拡大するなどの目標を掲げています。しかし弊社のタマネギのような、大産地のスケールメリットを活かした経営を考えた場合、有機栽培のハードルはかなり高いというのが本音です。まずは、化学合成農薬と化学肥料の使用量を減らすことを念頭に置いた栽培を目指したいと考えています。
また、みどりの食料システム戦略では、2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現も提示されています。今後、電化農作業機が登場し、化石資源に頼らない栽培が広がるとしても、農業生産においてCO2排出量をゼロすることはかなり難しいでしょう。
弊社に何ができるかと考えた時、代々受け継いできた森林にCO2吸収効果があることに思い当たりました。みどりの食料システム戦略の根幹にあるカーボンオフセットを、森林で無理なく達成する。この考えに行き着いていろいろ調べたところ、樹齢40年の木よりも若い木のほうがよりCO2を吸収し、定期的な森林の更新が寄与できることを知りました。国内木材の価格低迷から森林による利益はさほど期待できず、逆に維持管理にはかなりの経費がかかっている状態です。正直、一経営者として考えれば、会社が森林を所有するメリットはありません。ですが、『地球環境に負荷をかけない農業を次世代につないでいく』ための不可欠な財産として、5代目となる息子にもしっかりと引き継いでいきます」。
森谷さんは白花豆のPRと利活用の促進、地域の活性化を目的に、農業者だけでなく菓子店や観光業の方々で構成される「るべしべ白花豆くらぶ」の初代会長として積極的な取り組みを進めており、毎年、地元の小中学生、高校生を農作業体験に受け入れている。
「種蒔きから収穫までを子ども時代に体験することで、豊かな心とふるさとへの思いが育まれます。白花豆は作物としてだけでなく、立てた竹につるが巻きついた独特な景観が本当に美しい。貴重な地域資源として、今後は農観連携などにも取り組んでいきたいと思っています」。(佐々木優 令和3年7月7日取材 協力:北海道網走農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」令和3年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載