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心も体もぽかぽかあったまる。ショウガを通して農の楽しさを発信したい

2021年2月 4日

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松本綾子さん(長崎県島原市 (株)人作(松本農園))


 雲仙普賢岳を遠くに望む長崎県島原市長貫町の広大な畑作地帯、収穫期を迎えたショウガのハウスに松本綾子さんを訪ねた。
 「1株抜いてみましょうか?」
 次の瞬間、黒々とした土の中から、つややかでみずみずしい肌色の根っこが現れた。5代続く畑作農家に非農家から嫁いだ綾子さんの、ショウガをめぐる冒険。


古い産地ならではの流通に疑問を抱く
202101_yokogao_matsumoto1.jpg 長崎県島原半島は県を代表する農業地帯。農家戸数の24%、農業生産額の46%を占める。雲仙普賢岳(標高1359m)の裾野に広がる畑作地帯には、ダイコン、ニンジン、ショウガ、レタスなど露地野菜の産地が形成され、耕地利用率は140%にも達している。とりわけ火山灰を含むミネラル豊富な黒ボク土で育ったショウガは、繊維質が少なくキメが細かいと市場での評価も高い。
右 :雲仙普賢岳を望む(株)人作(松本農園)の圃場


 株式会社人作(松本農園)は家族を中心とする経営で、ショウガ、ホウレンソウ、ダイコン、ハクサイ、ニンジン、スイートコーン、レタスなどを四季折々に作っている。中でもショウガは2haを栽培。系統出荷であるかと訪ねると「ショウガは長いこと畑売りだったんです」と綾子さん。
 「畑売り」は通称「商人さん」ともいわれる売り方で、青果業者が10a当たりの値段を決めて畑ごと買い、収穫期に掘って持っていく。どんなに品質のいいショウガを作っても、値段は面積当たり一律、それも主産地の値段に左右されるというものだった。
 「これだと、いくらいいものを作っても報われない」と感じた綾子さんは、8年前、義父に「畑1枚だけ私に売らせてください」と頼み込んだ。しかし義父は反対。「余計な苦労をするのではないか、と案じてくれたようです」。
 それでもあきらめなかった綾子さんは、商談会や催事に出展するなどして営業に奔走し、1枚、2枚と自分で売る畑の面積を増やし、3年かかって全量を個人で販売するに至った。今ではお義父さんも、「うちのショウガは全部嫁が売ってくれる」と自慢してくれるようになった。


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左 :ショウガのハウス
右 :草丈は150cmほどにもなる


土に救われ、恩師にも恵まれた
 「畑売り」からの脱却に綾子さんがチャレンジできた陰には、平成23年から取り組んできた農産加工がある。「もともと加工は好きでした。うちのお義母さんは生活研究グループで熱心に活動している料理名人だし、さかのぼれば高校時代に栗木千代香先生との出会いがあって......。今でも悩んだ時は千代香先生に電話したり、泊まりがけで習いにいくこともあるんです」。


202101_yokogao_matsumoto10.jpg 若い頃、体が弱く入退院を繰り返していた綾子さんは、両親の勧めで長崎県立農業大学校付属千綿女子高等農学園に入学。そこで食物の授業を教わったのが栗木千代香さんだった。実は栗木さん、長崎県の生活改良普及員や専門技術員として数々の農家や農産加工グループを支援してきた、いわば長崎県では"伝説"の普及員。現在は退職して福岡在住だが、今でも地域の食育活動等に尽力しているという。
 「農業をまったく知らないまま入ったから何もかもが新鮮で、農家出身の友だちには『あんたの言うごと農業は楽しいことばっかりじゃないとよ』って怒られていました。でも、私がいまだに『楽しい、楽しい』って言ってるから、当時の同級生に『あんた、変わらんねー』と笑われています」。
 実際には、それは大変なこともある。でも、それは気持ちの持ちよう。食べものを作る仕事に誇りを持って、たくさんの人にその楽しさを伝えていくと、それが人の縁となって返ってくると綾子さんは言う。「外販や商談会やセミナーでいろいろな人に出会って、刺激をもらって、それが原動力になっています。県の普及指導員さんからもいろいろ情報をいただいたり、何かと助けてもらえる心強い存在です」。
右 :ショウガの根を処理する綾子さん


農産加工は、1台のオーブンから
 綾子さんはショウガの加工品開発に挑戦し続け、平成25年度には「うまかdeしょうが」を商標登録した。同シリーズは、ジャム、シロップ、惣菜、お菓子などさまざま。今では九州をはじめ、全国に販路を広げている。しかしその加工場は、多数の品目の割に小規模でつつましい。加工に携わる従業員も、綾子さんともう1名の2名だけだ。
 「今、スペインに料理修業に行っている次男が島原農業高校在学中に、一緒に開発した『プリンdeしょうが』が長崎県JA中央会主催のご当地スイーツコンテストで最優秀賞をいただきました。その後、オーブンを1台買って作り始めたのが出発点」だという。


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左 :ショウガの収穫期は9月~11月。掘り上げられたばかりの新ショウガ
中 :ショウガ加工品は、皮むきからひとつひとつ手作業で行っている
右 :乾燥中のショウガ


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左 :新聞社のお取り寄せ用「うまかdeしょうが」セット
右 :ヨーグルトやパンなどに合う「シロップdeしょうが」「ジャムdeしょうが」


 商品を増やすためにも、加工場は「少し儲かったら、建て増しの繰り返しです」と笑う綾子さん。
 加工品は自社製造だけでなく「農商工連携ファンド支援事業」なども取り入れて、雲仙市の老舗菓子メーカーと共同開発した「生姜ワッフル」もある。現在は長崎市内の醤油メーカーとともに新しい商品を開発中とのこと。
 「生産もしているので、やりたいこと、やれることを身の丈で。その時にありがたいのが、やっぱり仲間であり、人とのご縁なんですよね」。


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左 :健康ブームが追い風となり、東京のホテルからも注文が相次いでいる酢しょうが(右)。炭酸で割るだけで本格的なジンジャーエールが楽しめるジンジャーシロップ(左)は、冬はホットジンジャーで
中 :地元の伝統的な柑橘「じゃばら」と組み合わせた「じゃばらとしょうがぽん酢」
右 :雲仙市の老舗菓子メーカーとのコラボレーションで誕生した「島原百年生姜ワッフル」


ショウガ栽培を通じて農の楽しさを伝えたい
 現在「うまか deしょうが」シリーズなどショウガ加工品は13種類。「脇役と思われていたショウガを主役にしたい」という思いで作るうちに、どんどん増えた。商談会だけでなく、マルシェなどの外販にも積極的に顔を出すことで、大手量販店や小売店の目に留まり、販路も広がっている。それに伴って、綾子さんの名刺の肩書きもどんどん増え、野菜ソムリエプロ、冷凍生活アドバイザー、薬膳フードデザイナー、その他県のアドバイザーや国の委員なども入れると書き切れないほどだ。「営業に行くと、ショウガやその商品を説明しなくてはならないので、必要に迫られて取った資格です」と笑う綾子さんだが、その根底には農業の楽しさを伝え、ショウガの産地としての島原にも貢献したいという思いがある。

202101_yokogao_matsumoto5.jpg 社名の「人作」は、松本家初代の名前から命名した。平成28年には、松本家が長年かけて大事に育ててきた黄色いショウガを「島原百年生姜」として商標登録した。
右 :露地栽培のショウガ畑にて


 島原地区は、先人たちが県と一緒に畑地灌漑の基盤整備に取り組んだ結果、今も新たな後継者が育っている。最近では「どんどん売ってうちのショウガも使ってね」と地域で声がかかるようになった。
 将来の展望としては「長男が農業経営を、次男がレストランを、長女が海外展開のPRを担い、120年の歴史を受け継いでいきたい」とのこと。島原の若い世代に向けて、家族で営む農業の新しいモデル作りをめざす。(ライター 森千鶴子 令和元年9月24日取材 協力:長崎県島原振興局農林水産部島原地域普及課)
●月刊「技術と普及」令和2年1月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


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長崎県島原市長貫町1908-2
0957-63-4416

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