MENU
2020年10月 5日
「さぁ、乗ってください。園内を案内します」。園主の松木実さんに促されて乗り込んだのは、軽トラックを改造した屋根なしの運搬車。広々とした果樹園を風を切って走り、ブドウ棚の下から、モモの畑へ。畑を抜けた丘の上にはレストランも見えてきた。春・夏・秋・冬、四季折々のフルーツを求めて、遠方からも訪れる人が絶えない松木果樹園の人気の秘密は、このワクワク感と爽快感にありそうだ。
一から農園を造成。直売主体の家族経営
みやこ町は福岡県北東部に位置し、北は北九州市、南は大分県中津市に接する南北に長い町である。中でも松木果樹園のある犀川(さいがわ)地区(旧犀川町)は、南北を急峻な山々に囲まれた中山間地域。北九州市から車で約1時間、福岡市内からは1時間半かかる。決して近くはないが、「モモの時期は駐車場に入る車が大行列していることもあるよ」と評判だ。
「父親の代は、昭和30年から北九州市でナシとブドウを作っていましたが、高度経済成長期の宅地造成で、みるみる畑はなくなり、ついにぽつんと1軒だけ残ってしまった。防除などがなかなかできない環境になったので、昭和57年にここに移ってきて、一から造成したんです」
右 :果樹園全景
実さんはJAの営農指導員だったが、移転を機に兄夫婦とともに父親の後を継ぎ、昭和58年にナシ、モモ、ブドウ2.9haを植え果樹園を拓いた。以降は直売主体の経営に移行し、イチジク、カキなどを新たに導入し、4.8haまで規模を拡大した。
平成9年には直売所を新設し、有限会社を設立した。「家族が農業で生きていくために選んだ方法が、納得のいく果物を作って直売すること。北九州市時代からのお客さんも多いため、週一回の訪問販売にも行っていました。そこから徐々にクチコミが広がり、新しい農園でもお客さんがつき始めたんです」
現在は、実さんが社長、兄の正直さんが会長となり、家族、親族7名に加え、正社員10名、パート16名で、栽培から販売、加工まで一貫して取り組む経営を行っている。
9品目40品種を組み合わせ、観光、飲食にも着手
「とにかく0.5度でも糖度が高いように。直売で買ってくれる人に、スーパーよりおいしかったよ、と言ってもらえるように」という実さんは「育てる、親しむ、味わう」の「3つのこだわり」を掲げる。
左 :作業効率を考え、無袋栽培を行う農園が多い中、松木果樹園では今も、一つひとつ手間をかけて作物を育てている
右 :袋をかけ、しっかりと樹上で完熟させるモモは、甘いだけでなくコクのある味になる
「育てる」ことへのこだわりは、除草剤や化学肥料を使わず、伸びた雑草を刈り込んで肥料として土に返す「草生栽培」だ。さらに、一般的には、効率化のため果実に袋をかけない無袋栽培が増える中、人力と、手間をかけても一つひとつ袋かけする「有袋栽培」を行い、減農薬に努めている。完全に熟れてから収穫、出荷する「樹上完熟」にもこだわっている。
左 :さまざまな果物の収穫体験ができるので、2回、3回と訪れる家族やグループが多い
右 :軽トラックを改造した運搬車は5台。作業に、運搬に、観光案内にと大活躍
お客さんの「自分で収穫してみたい」という声に応えてはじめたのが、果物と「親しむ」フルーツ狩り。そこで活躍するのが、軽トラックを改造した運搬車だ。ふだんは果物を運ぶ車が、広い農場を案内するときにも役に立つ。「大人も子どもも、きゃあきゃあ言って喜んでくれる」ことを乗ってみて実感した。「虫取り網を持ってきて、一日中遊んで帰る家族も多いんです」と実さんは言うが、それも環境保全型の栽培を行っているからこそだ。
農園は生産の場でもあり観光の場でもある。その境はなく、誰もが作業風景を眺められる。収穫体験では、おいしい果実を収穫できるよう、従業員が収穫の仕方やコツを説明し、作り手の思いやこだわりも伝えているそうだ。結果として何度も訪れるお客さんが多いという。
「しっかりとしたコミュニケ−ションがとれるよう、大型の観光バスなどはお断りしています。団体は、子ども会などを中心に、20人くらいまでかなあ」と実さんはいう。
SNS効果で行列のできるレストランに
「せっかく遠くから来たから、ここで食事がしたい」「採れたての果物をその場で食べたい」という声に応えて、平成12年には「フルーツ工房えふ」をオープンした。農園を見下ろす丘の上に立つ古民家風の建物で、季節のフルーツを使ったスイーツと、イタリアンを中心にした料理を「味わう」場所を作った。樹上完熟だからこそ出てしまう熟れすぎた果実、甘いがキズのある果実を利用することで、味が良い上に、食品ロスも抑えられるのだ。
遠くからわざわざ足を運んでくれるお客さんに素人料理は出せないと、レストランにはイタリアンのシェフとパティシエを雇っている。持ち帰りのケーキなどもあり、直売所と両方でお土産を買っていく人も多い。
左 :レストランの名前"えふ"は、「お天気(Fine)の休日は、森と花(Forest Flower)に囲まれた果物畑(Fruit farm)で、 ご家族やお友達 (Family Friend)と楽しいひととき(Fine time)を、との思いから
右 :レストランのレジまわりには、もちかえりスイーツのウインドーも
レストランでは季節の果物を使ったメニューを提供しているが、特に人気があるのが、四季折々に変わるフルーツのパフェだ。モモやブドウ、イチジク、ナシなど、いつ切り替わるかは畑の都合しだい。若手のスタッフもインターネットを使った情報発信はしているが、食べに来てくれたお客さんがSNSでパフェの写真を拡散してくれることのほうが宣伝効果は大きいという。かくして、夏の「桃パフェ」の時期には、お客さんの車が長蛇の列をつくり、長い時は3時間待ちとなることもあるそうだ。
左 :店内は木材を多く使った落ちつく空間。奥には果樹園を眼下に見下ろす特等席もある
右 :ランチメニューの一つ、りんごカレー
左から 桃パフェ、巨峰パフェ、いちじくパフェ。四季折々に種類を変えて登場する大人気のパフェの中で、夏のモモパフェは一番人気
誇りを持って楽しくやれる農業を
自社の経営だけでなく、地域の果樹農業の振興にも取り組んできた実さん。県の指導農業士でもあり、普及センターからの依頼を受けて、農業高校、農業大学校等の生徒及び卒業生、農業インターンシップ、農林水産省の職員研修なども積極的に受け入れている。
左 :レストランの横に直売所も併設する
右 :旬のフルーツや加工品を買って帰ることができる
左 :加工所ではジャムも製造している
右 :農園のフルーツをふんだんにつかったカレーも開発
「直売や6次化は難しさもあるけれど、これからの農業を担う人たちの参考にしてもらえたら」との思いからだ。
農園では正社員の登用も積極的に行い、地域の人々の雇用の場ともなっている。「うちは、20年、30年来てくれているパートさんに支えられています。だからシフトは自由で、パートさんたちが出勤日を決めます。出産して一度現場を離れても、子供の手が離れたといって戻ってきてくれる人も多いんですよ」。
農家が人間らしい豊かな生き方をし、その豊かさを作物や体験を通じて伝えていくことで、後継者も育っていくのではないか。「次の目標は泊まれる農園(農家民宿)かな」と実さんは夢を語った。(ライター 森千鶴子 令和元年7月8日取材 協力:福岡県行橋農林事務所京築普及指導センター)
●月刊「技術と普及」令和元年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
有限会社松木果樹園 ホームページ
福岡県京都郡みやこ町犀川大坂280-11
TEL 0930-42-3125