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差別化を経営戦略のカギにして「ここにしかないもの」を提供

2020年4月 3日

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矢萩 美智さん(山形県天童市 農業生産法人株式会社やまがたさくらんぼファーム)


 仙台市と山形市を結ぶ国道48号線沿いにある「王将果樹園」。農園ではサクランボのほか、モモ、ブドウ、リンゴなどのもぎ取り体験ができ、直営の「オウショウカフェ」やショップも併設されている。5月中旬から11月下旬のシーズン中に訪れるのは約6万人。果樹園を運営する株式会社やまがたさくらんぼファーム代表取締役の矢萩美智さんは、「日本一のサクランボ観光果樹園をつくること」を目標に掲げて、経営の舵取りをしている。


50年続くサクランボ農家の3代目。20代で経営を取り仕切る
202003_yokogao_yamagata_20.jpg 祖父の代にサクランボの栽培を始めて50年。観光果樹園を始めたのは父で、3代目の矢萩さんは家業を継ぐつもりで育ってきた。大学で観光について学び、卒業後すぐに就農。しかし、社長だった父と意見が合わず大げんかをし、その年の暮れに実家を飛び出してしまう。埼玉県でサラリーマンをしていた矢萩さんは、祖父の説得で2年後に山形へ戻った。
 「自分の思うようにやらせてもらえるなら戻ると言ったんです。それは無理だろうと思っていましたが、父は本当に文句を一切言わなくなりました」。

 矢萩さんが社長になるのは10年後の2011年だが、「その時に経営を任されたようなもの」と話す。最初に着手したのは、農業経営を学ぶことだった。剪定技術は地域の先輩からも教えてもらい、人脈づくりのために、さまざまな勉強会や異業種交流会に参加した。
右 :サクランボは約20品種を栽培。佐藤錦が7割、紅秀峰が2割、その他品種が1割


生の果実を売ることが大前提。加工は果実の有効活用手段
 「6次産業化は、まったく考えていませんでした」。
 生の果実を売ることを大前提にしてきた矢萩さんが加工事業に乗り出すことになったのは、2014年12月に農林水産省の総合化事業計画に認定されたのがきっかけだった。知人から情報を得て、この6次産業化の認定制度を知った矢萩さんは、自社の課題を解決するために申請を決意した。計画内容は、サクランボを冷凍や果汁にした上で、それを原料とした加工商品をつくるというもの。観光果樹園は予約が入っている限り、最後までサクランボを残しておかなければならず、収穫しきれない分は廃棄となる。東日本大震災の年には来園者が激減し、大量のサクランボを廃棄せざるを得なかった。これらの経験から、加工も必要と考えた。
 事業計画の作成は思っていたより難しく、何回も書き直しをしたが「今になって思えば、あれが良かった。売上目標など数字を予測しないまま加工を始めていたら、失敗していたかもしれません」と矢萩さんは振り返る。


 翌年には30万円ほどの中古のプレハブを購入してカフェにした。サクランボ果汁を加えたソフトクリームと、リンゴやブドウ、ラ・フランスのジュースを果樹園の敷地内で販売したところ、ソフトクリームは半年間で6000個も売れた。
 2016年には新社屋を建設し、新たにカフェも併設した。社屋の1階はショップになっていて、地元の酒造会社や菓子店と共同開発した商品や、県内で生産・製造された「他ではあまり扱っていないセレクト商品」を揃えている。


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左 :2016年春に完成した社屋
右 :ショップではオリジナルギフトのほか、山形県内で生産・製造された品物を中心に、ここでしか出会えない品物が並ぶ


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左 :2階のカフェには地元企業「天童木工」の椅子とテーブルを配置。無料Wi-Fiも完備
右 :カフェからは果樹園を見渡すことができる


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左 :果樹園のサクランボ果汁が入った「さくらんぼソフト」
中 :カフェメニューの中でも好評な「さくらんぼパフェ」。平成30年には1万2000個を販売
右 :彩りにも工夫を凝らした「西洋ナシとりんごパフェ」


 矢萩さんには、加工に取り組む上で重視していることがいくつかある。その一つは、商品の価値を伝えるストーリーや、手に取りたくなるパッケージデザインであること。SNSで情報発信されれば、新たな話題を生むことも期待できる。そして、何より大切なのは、信頼できるパートナーを見つけ、委託加工によりクオリティの高い商品を作り、小ロット生産から始めるということ。加工のための設備投資を極力抑えることが、リスク回避につながる。


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左 :自家栽培の果物を使ってつくったフルーツソース
中 :矢萩さんの祖父・光芳さんの名前をつけた「さくらんぼリキュール」
右 :パッケージデザインはプロのデザイナーと一緒につくり上げている


職場環境を整えて働く仲間を大事にする
 従業員のほとんどは矢萩さんの元々の知り合いで、声をかけて仲間になってくれた人たちだ。人材採用で矢萩さんが判断基準にしているのは、経歴やスキルよりも、この仕事に向いているかどうか、社風になじんでくれるかどうか。
 カフェ部門をつくるにあたり雇ったのは、カフェ巡りや食べ歩きが趣味という女性。メニューの見せ方や手書きのポップに、そのセンスが生かされている。しかし、矢萩さんは「『これしかできない』という専門家をつくるつもりはありません。園地での作業も、販売も、カフェの仕事もできるオールラウンダーを育てたいと思っています」という。


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左 :カフェの窓際に貼られた手書きの「くだもの畑のお話」など、あちらこちらにぬくもりを感じさせる演出
右 :従業員はすべての仕事がこなせるオールラウンドプレーヤー


 従業員が個性や特技を発揮し、気持ちよく働いてもらうため、職場環境の整備には力を入れている。柔軟な勤務体制の導入や、作業改善に向けた取り組みのほか、年1回は研修旅行を実施し、先進地視察を行っている。この研修旅行には従業員の家族や協力業者なども同行し、日頃の頑張りをねぎらう。去年は沖縄、今年は北海道、これまでに大阪、九州、京都など国内各地へ出かけている。


独自の経営を支えるアイデアとチャレンジ精神
 矢萩さんは社長になったタイミングで、それまでの「有限会社王将観光果樹園」から現在の社名に変更した。「当社の売上の6~7割は、サクランボによるものです。『サクランボといえば、あの会社だね』と言われたくて、その願いを社名に込めました」。

 就農後、露地栽培のほか温室栽培や晩生種を増やし、1カ月間だったサクランボの収穫期間を2カ月間に延ばした。矢萩さんはこれをもっと延ばしたいと考えている。収穫期を長くするだけでなく、サクランボ狩りのプランもいろいろ取り揃え、細かなニーズに応えている。例えば「VIPこだわり佐藤錦狩り」は、剪定の仕方や芽かきなど栽培方法を工夫した園地で、大きくて味の良いサクランボを摘み取ってもらうというもの。また「朝摘みさくらんぼプラン」では、早朝の涼しい園地で、朝摘みの身の引き締まったおいしいサクランボが味わえる。早朝に従業員を配置するのはたいへんではと想像するが「5時ぐらいには収穫作業が始まっていますから、1人か2人がお客様の対応に回るだけです。その時間帯に営業しているところは、ほかにはないので、戦わなくていい状況をつくるという点でメリットは大きいです」と矢萩さん。
 ニーズに合えば、通常のサクランボ狩りより値段が高くても予約は入る。
 「サクランボ狩りの7~8割がインターネット予約です。さまざまなプランを用意して、お客様の反応を見ながら取捨選択をしています。『今まで通りでいいんじゃない?』ではなく『こんなものをやってみたらどうかな』という姿勢が大事。その方が楽しいし、ほかの会社との差別化になります」。


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左 :サクランボの収穫の様子
右 :矢萩さんと仲間たち


 やりたいことはまだまだある。現在、サクランボの園地は10カ所ほどに点在していて、ほかの果物も含めると15~16カ所になる。これを集積したいという。
 「園地をまとめれば、いろいろな果物を一度に収穫できるプランがつくれるし、世界各国のサクランボを植えて博物館のような感じで見せたり、食べ比べしたり、いろいろおもしろいことができると思います」。
 独創的なアイデアと、それを実現させるチャレンジ精神が、独自の経営を支えている。
(ライター 橋本佑子 平成31年1月9日取材 取材協力:山形県村山総合支庁農業技術普及課、山形県農業総合研究センター)
●月刊「技術と普及」平成31年4月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


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