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かわいらしいパッケージとユニークな商品がSNSで人気。自ら販路を開拓しチャンスをつかむ

2019年4月 1日

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菱沼 健一さん (福島県福島市 (株)菱沼農園)


 「のむもも」「りんご蜜」。SNSや女性誌などで話題を集めている商品である。福島県オリジナル品種の「はつひめ」や「ふくあかり」など12品種のモモをそれぞれジュースにした「のむもも」、リンゴの果実をまるごと搾って煮詰めた「りんご蜜」は、果実そのままの自然な甘さとパッケージのかわいらしさから人気を呼んでいる。これらの商品を手がけるのが「菱沼農園」だ。直売店舗は持っていないが、高速道路のサービスエリアやインターネット、東京の百貨店の催事販売で多くの消費者に親しまれている。こうしたヒット作が生まれた背景には、代表取締役の菱沼健一さんのピンチをチャンスに変える斬新なアイデアと行動力があった。


山の畑を開墾しモモやリンゴの栽培をスタート
 福島県の北部、福島交通飯坂線福島駅から電車で20分ほど揺られ、終着駅にあるのが「飯坂温泉」である。東北地方に古くからある名泉で、奥州三名湯の一つに数えられている。その飯坂温泉からほど近い山で戦後、菱沼さんの父がモモとリンゴの畑を開墾したのが「菱沼農園」の始まりだった。

201903_yokogao_hishinuma_2.jpg 農業に興味があった菱沼さんは農業関係の学校を卒業後、20歳ごろから農園で仕事を始めた。ところが就農早々、大きな壁にぶつかる。山の畑での栽培が困難を極めたのである。
 「雪は降るしウサギやサルが畑を荒らす。風も強いので、手をかけて育てても全体の3割から4割しか売り物にならなかった」。

 菱沼さんは、山の畑から平坦部の栽培に転換することを決断した。動物や自然条件を相手に対策を打つことには限界があると考えたからだ。農地を手放す農家がいるという情報を得ては交渉に出向き、農地を借り受けることで面積を徐々に増やしていった。「借りた畑は、荒れ果てていて誰も借りたくないような状況だった。開墾し直して一から畑を作った」。最悪の条件でも借りたのは、山での経験があったから。「サルや雪に比べたら大変なことはなかった。私からしてみたら平坦部は天国でした」と笑顔を見せる。
右 :菱沼農園が大事に育てているリンゴ


 本格的に農園を広げたのには、ある販売戦略があった。菱沼さんが注目したのが当時、温泉ブームで多くの観光客が訪れていた飯坂温泉だった。旅館を一軒一軒訪ね、直売できないかと交渉した。「当時は、直売がなかったころで、販路は限られていた。多くの人が集まる旅館ならば販売のチャンスがあるのではないかと考え、お願いしに行きました」。旅館のフロントでの直売が始まると、お土産として観光客から人気を集めた。


201903_yokogao_hishinuma_3.jpg しかし、温泉ブームが去るとともに売り上げは減退。再びピンチが訪れたが、「足で稼ぐしかない」と、持ち前の行動力で県内をはじめ、千葉や東京などで、ギフト用のモモ、リンゴを販売した。少しでも手に取ってもらえるように、箱の中にはリンゴやモモの形に切った紙にメッセージを添えた。すると、口コミで人気が広がり、注文数が増加した。


 販売の安定と同時に農地も増やした。2haで始めた農園は9haにまで成長。さらなる販売の拡大をめざし、貯蔵庫を建設した直後、東日本大震災が襲った。売り上げは一気に半分に落ち込んだ。それでも、負けないのが菱沼さんである。「お出かけする気分で」と東京に出向き、商品をPRした。都内の販売会などで販売のチャンスをつかみ、一時落ち込んでいた売り上げは、震災前と同じまでに戻った。
左 :22品種の桃を栽培している


目玉となる商品を開発しオンラインショップで販売
201903_yokogao_hishinuma_10.jpg もう一つ、チャンスをつかむ。「菱沼農園のホームページを作ってほしい」という顧客の要望をきっかけに、専門の会社に依頼してホームページを開設した。ブログやSNSの担当を作り、多い時では年間に400回以上も記事をアップした。農園を知らないインターネットユーザーへもPRとなり、広く知られるようになった。
右 :オンラインショップもある菱沼農園のホームページ。生果も加工品も買うことができる


 最初は、栽培方法や農園の概要だけを載せていたが、通信販売のページも新たに作った。モモやリンゴ、そしてサクランボを販売しているが、それ以上に目玉商品となっているのが加工品である。規格外商品を使って、モモやリンゴのジュース、ジャムを販売。生産増加に伴い、加工所も建設した。


 人気を集めた要因は、味はもちろんだが、思わずSNSに上げたくなるようなパッケージにある。プロのデザイナーにフォトジェニックなデザインを依頼。モモやリンゴの枝をパッケージに添えるなどの工夫も凝らした。それがマスコミの目に留まり、雑誌やテレビなどでも取り上げられた。

 また、ユニークな商品も開発した。現在、菱沼農園では22品種のモモを栽培しているが、その中の12品種それぞれをしぼり、12種類のジュースを作った「のむもも」シリーズである。品種ごとの味が楽しめるとあって話題を集め、年間3万本を出荷している。


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左 :かわいらしいパッケージが贈答品としても人気の「ジュレもも」
中 :12種類の味を飲み比べることができる桃ジュース「のむもも」
右 :フレッシュなりんごの味が人気の「りんごゼリー」


生産者であることを核に顧客ニーズに応える
 たくさんのピンチをチャンスに変えてきた菱沼さんであるが、その原動力となっているのは、少年のころから抱いている「農業が好き」という気持ちだ。そして「人がやらないことを常に考え、どんなときでも楽しく仕事をすること」を念頭に、仕事に励んでいる。

 消費者目線で考え、顧客のニーズに応えることも重要であるという。「お客さんから1kgのサクランボがほしいと注文が来れば、すぐに用意する。出荷が間に合わなければ、対応するスタッフの数を増やしてでも間に合わせるようにしています」。「ノー」と言わないことが信頼にもつながっている。そして、忘れてはいけないのが、菱沼農園の核は、モモやリンゴ、サクランボの生産であること。「我々は加工業でも販売業でもありません。栽培技術を常に高めようとする努力を怠ってはいけない」と強調する。


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左 :商品のラベル貼りにも心をこめて。全て手作業で行われている
右 :果実本来の甘さが楽しめる「ジュース」と「りんご蜜」


会社組織の強化が今後の課題
201903_yokogao_hishinuma_11.jpg パワフルな菱沼さんの周りには多くの人材が集まってくる。栽培技術を支える長男、販売を担当する長女をはじめ、正社員、パート従業員など多くの優秀な人材が菱沼農園を支えている。人手不足に悩む農家が多い中、しっかりと人材を確保している。「募集チラシを作ったり、PRをしたりするなど人集めの方法もいろいろ試しました」。悩まず、とにかく行動する。人手不足も持ち前のバイタリティーで解消した。
右 :産地直送でお客様の元に届けられている


 生産拡大に伴い、現在も少しずつ農地を増やしている。目下の課題は、「組織の強化」である。「倉庫や加工所などハード面はそろっているので、今後は人材の育成などに力を注ぎたい。法人として、より強固な組織づくりをめざしたいです」。
 代表取締役であり、生産農家であり、プロデューサーである菱沼さん。次はどんなアイデアで消費者を驚かせ、笑顔にさせてくれるだろうか。(ライター 杉本実季 29年11月9日取材 取材協力:福島県県北農林事務所農業振興普及部経営支援課)
●月刊「技術と普及」平成30年3月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


(株)菱沼農園 ホームページ
福島県福島市飯坂町湯野字窪田8
TEL 024-542-5015