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2019年1月 9日
藤田一雄さん (新潟県新潟市西蒲区 (有)ワイエスアグリプラント)
広大な新潟平野に、信濃川の分流である西川と中ノ口川が流れる新潟県新潟市西蒲区。豊かな大地と水に恵まれた一大稲作地帯であるこの地で、農業を営んでいるのが(有)ワイエスアグリプラント。代表取締役の藤田一雄さんは、水稲・大豆などの土地利用型作物を中心に経営する一方、平成28年に直売所、カフェレストランなどを備えた一体型施設「そら野テラス」をオープン。その反響は大きく、地元に大きな経済効果を生み出している。
減反に負けず特別栽培米と餅の販売を開始
藤田さんは昭和46年に地元の高校を卒業し、就職。あわせて、家業を手伝う形で農業を始めた。「当時はとにかく増収を競う時代でした。しかし高校卒業時に減反政策が始まり、農家が非常に困惑した。それまでの技術が活かせなくなり、周りのモチベーションも下がっていました」。このまま減反が進めば米だけでは食べていけなくなると、兼業農家が増えてきた時代。藤田さんも自動車の整備工や灯油の販売など、さまざまな職に就いた。このときの兼業経験が後に活きることになる。
右 :収穫を間近に控えた「そら野ファーム」の田んぼ
大きな転機が訪れたのは平成5年、大凶作による米不足のときである。勤め先の顧客から、「農家をやっているならお米も売ってほしい」と頼まれたのだ。当時はまだ食糧管理法の時代だったが、手続きを踏んだ特別栽培米なら、制限付きながら販売が可能と知った藤田さんは、平成6年産の米を直接販売するため営業活動を開始。布団店の営業として働いた経験を活かし、次々に直接契約を結んでいった。「関係各所からは翌年(平成6年)の新しい食糧法を待ってはどうかと言われましたが、『私たちは、お客さまとの約束の中で動いている。今欲しがっている方々を待たせるわけにはいかないので、このタイミングでやらなければ意味がない』と説得しました」。
藤田さんの特別栽培米は、おいしいと口コミで評判が広がっていき、契約数は右肩上がり。そうすると、今度は正月用の餅を用意してほしいとの依頼が舞い込み、餅製造をスタート。はじめは失敗も多かったが、当時最新の餅つき機を導入し、改善を重ねて次第に人気を得ていった。「『餅がこんなにおいしいのだから、米もおいしいよね』と、注文が増えたのがうれしかったです」。米と餅の相乗効果で売り上げは飛躍的に伸びていった。
自分たちが作ったものを、顧客の顔が直接見えるところで売り、喜んでもらう。これが藤田さんの6次産業化の原点となる。
左 :そら野マルシェでは、新潟県の新ブランド米「新之助」も販売
右 :西蒲区だけでなく、県内外からも農産物が集まる
集落への想いから生まれた「ワイエスアグリプラント」
平成7年には専業農家として本腰を入れ、規模拡大を進めていくことに。そんな中でも、周りへの配慮は忘れなかった。「自分のやりたい農業を進める上で、集落に迷惑はかけられない。減反は100%達成しながら、足りない米は仲間から仕入れて、という形で協力して進めていきました」。
そんなある日、ライスセンターの工事を手伝いに行く機会があった。「その地域の組合長と話す機会があったのですが、非常に進んだ考え方で農業を行っていて衝撃を受けました。地域で協力して国からの支援を受け、自分たちの施設をつくったり、農業機械の共同利用を進めている。地元の旧西川町では当時そのような団体はなく、減反ばかりが進む一方。このままではいけないと痛切に感じました」。
藤田さんは一念発起して大豆の生産組合設立を決意し、現在会長を務める小出さんとともに仲間を募りはじめた。調整水田や青刈りなどの減反作業ばかりに専念して、苦しむ地元農家の田を預かって、大豆を生産、販売する。地域を思う気持ちのもと、平成10年に「YS生産組合」が発足した。その後、稲なども含めた組織に再編成し、平成13年、「(有)ワイエスアグリプラント」を設立。「ワイエスには、この地域である"鎧郷(よろいごう)地区"に一つだけの"生産組合"という意味を込めているんです」。
直売所、カフェ、観光農園などをひとつにした「そら野テラス」
ワイエスアグリプラントが順調な成長を遂げるなか、藤田さんは新たなジャンルにも挑戦する。平成16年のこと、小さなハウスが1棟余っており、思いつきでイチゴを育ててみた。最初はハダニで大打撃を受けたが、わずかに残った葉から成長し、実がなっていた。「イチゴの生命力はすごい、私たちにもできるかもしれないと思いました」。新潟県が行っている「越後姫」の栽培研修を1年間受講し、直売所で売り始めると徐々にそのおいしさが評判になり、ハウスが足りなくなる状況に。現在では8棟32a、1万4800株を作付けするまでに拡大している。
左 :そら野ファームでつくられた「越後姫」は、すぐに売り切れる人気商品
右 :イチゴのハウスでは、来年に向けての苗づくりが行われていた
イチゴの好調な伸びを受けて、藤田さんは観光農園の構想を練りはじめた。「お客さまが休憩できる場所も必要だと考えた時、レストランの構想も持っていたので、それなら一緒に進めようと。以前から運営していた直売所も含めて、さまざまな要素を一つにした、新しい施設をつくりたいと考えるようになりました」。
こうして事業計画を立て始めたと同時に、新潟市が国家戦略特区に指定され、規制緩和による事業などを活用しやすくなった。6次産業化プランナー事業等も活用し、商品・会社のブランディングや経営戦略の策定を進める一方で、息子の友和さんとともに全国を回り、レストランなどを視察。新施設のイメージをふくらませていった。
左 :トネリコの大窓からはそら野ファームが一望でき、田園風景を楽しみながら食事ができる
右 :屋外のテーブル席は広々としており、家族連れにもうれしい
平成26年に総合化事業計画が認定され、平成28年5月に一体型施設「そら野テラス」が完成。米を中心に、西蒲の野菜や果物がそろう直売所「そら野マルシェ」、注文を受けてから握るおにぎりや、コシヒカリの米粉で作ったお団子などのスイーツが楽しめるテイクアウトコーナー「そら野デリカ」、野菜ソムリエによる旬の野菜を使った料理が人気のカフェ「トネリコ」、春季はイチゴ狩り、併設の田んぼでは田植えや稲刈り体験が行える観光農園「そら野ファーム」を備えた複合施設だ。来場者はオープンから1年間で約13万人と大盛況。西蒲区の食と農業を発信するスポットの一つとして、大きな話題を集めている。
「オープンからここまで、本当にあっという間でした。この1年半を通じて、着実にステップアップしながら、日々新商品開発やサービスの勉強などに努めています」。
左 :そら野デリカのお総菜。地元の恵みがたっぷり詰まっている
右 :自家製のコシヒカリ米粉で作った、団子やケーキなどのスイーツも並ぶ
左 :窯で焼いた米粉のマルゲリータ「トネリコピザ」は人気メニューの一つ
右 :旬の地元野菜を生かした「トネリコランチ」
これからも地域のために
米の平成30年問題が取りざたされる昨今だが、「私たちは水稲と大豆でやってきた会社です」と、藤田さんの見据える先は変わらない。ワイエスアグリプラントの大きな柱である水稲と大豆はさらに規模拡大をめざす一方で、基盤整備にも着手して効率化を図っていく。「人材育成も進めていきたい。どんなにIT化が進んでも、農業は人間がやる作業が残ると思うのです」。
「そら野テラス」は、年間売上2億円、来場者数20万人を目標に、日々奮闘している。「そら野マルシェ」は"ちょっと違った直売所"をめざして、贈答用アイテムなどに力を入れる。レストラン「トネリコ」はリピーターが多いので、今後も評判を落とさずにメニューの充実を図るなど、アイデアは尽きない。
右 :そら野ファームでの田植え体験会
「周りの田畑を預かって仕事をする中で、さまざまなモノ・コトを組み合わせた結果が6次産業化につながりました。少しずつ雇用も生み出せて、地域の受け皿になるという当初の目標が、形になってきたと感じています。これからも西蒲の仲間やスタッフとともにがんばっていきたいです」。(編集部 平成29年8月23日取材 協力:新潟県新潟地域振興局巻農業振興部企画振興課)
●月刊「技術と普及」平成29年12月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
(有)ワイエスアグリプラント ホームページ
新潟県新潟市西蒲区下山1318
電話 0256‐88‐3400