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先進キノコ生産者が取り組む6次産業化

2014年3月24日

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古田学さん、ひろ子さん (長野県飯田市  有限会社臼井農園)


 長野県飯田市の有限会社臼井農園は、ぶなしめじを年間300t生産するキノコ生産法人だ。生食キノコに加えてキノコ加工品を手がけ、農業体験型農家民宿も運営する。キノコを軸にした多角的な取り組みで、高収益化を図る。


収益モデルの転換
 長野県は、ぶなしめじ、エノキダケ生産で国内有数の産地である。県内の年間生産量が10万tを超えるぶなしめじは、全国シェアの約43%を占めている。飯田市の臼井農園は、国内で初めて専業農家としてぶなしめじ栽培に取り組んだ先駆的な生産者だ。1978年に畜産と果樹から転換し、ぶなしめじ栽培のノウハウを積み重ねた。1993年には施設と体制を拡充し、それまでの10倍の生産量に拡大し有限会社に改組。現在はぶなしめじとともに、雪姫茸(ゆきひめたけ、バイリング)5tを生産する。


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伊那谷の眺望。かつて盛んだった養蚕のための桑畑は、果樹や野菜の栽培へ。宅地転用も多い


 規模拡大をした当初、生食キノコの売り上げは順調に推移していた。しかし90年代後半からの景気後退で、他の農産物と同様に市場価格は伸び悩む。また大手の進出があって、キノコ全体の出荷価格は値下がり傾向にある。栽培技術の普及、消費者の嗜好や購買動向も移り変わりが早くなっている。

 「新品種も高値で取引できるのはわずかの間。すぐに単価が下がり、横並びになってしまうのが現状」と古田さんはいう。安定的な生産出荷が可能になっても、新品種導入による収益面の優位性は、長くは見込めないのが実情だ。予測される今後の市場の変化をふまえたうえで、古田さんは長年計画をあたためていた加工分野への進出を決断した。


201403yokogao_usuinoen_11.jpg 加工品は、キノコに比較して利益率が高い。競合商品があっても、生産者が加工するという特色を打ち出せれば差別化も可能である。また農産物の市場出荷と違って、「自分で価格を決められる」というメリットも大きい。
 2007年に農産物加工所「ふるた」を開設し、キノコと自家栽培農産物を原料にした炊き込みご飯の素の4商品でスタートした。夫人のひろ子さんが商品化のために何度も試作を重ね、ぶなしめじ本来のおいしさを引き出したレシピが基になっている。
右 :定番商品の佃煮や炊き込みごはんの素


 「原材料はすべて自家栽培したもので、添加物を加えない手作りです。南信州飯田では『しおけのご飯』といって、炊き込みご飯が好まれてきました。味加減のもとになっているのは、この地元の家庭の味ですね」とひろ子さんは話す。
 受注量や売れ行きをみながら、少量ずつ手間を惜しまず製造していることも、こだわりのポイントだ。家庭でふだんに使われる加工品であるからこそ、安心して食べられることを大切にしている。


地域に根ざした商品開発
 主力商品は炊き込みご飯の素と、佃煮、甘露煮、ピリ辛煮など。季節商品も加えると30アイテム以上になる。パックと瓶詰めで保存性が高いので、ネット通販等で販売圏もより広い設定が可能だ。

 主要な販売先は地元の直売所とイベントでの直接販売と、インターネット通販。古田さんは取引先を広げるため、名古屋や首都圏の商談会等へ足を運んで営業活動をする。大量生産とは異なる加工品の持ち味をアピールするために、生産者による地域ぐるみの取り組みにも参加している。


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 :加工作業
 :直売所の販売コーナー。農産物直売所は重要な販売拠点。高速バス発着所を併設する直売所で、お土産品としての利用も多い


 「南信州は農産物加工が盛んで、加工によって保存性を高めるとともに、おいしい食材にする技と伝統があります。多数ある地域の加工業者やグループがまとまって、南信州特産加工開発連絡会を20年前に創設。『農産物加工発祥の地』として加工所マップをつくり、地域として連携して販促活動をしています」。

 こうした営業宣伝活動と並行して、新規購買層の掘り起こしにつながる魅力ある新商品の開発にも力を入れている。定番商品に加え、キノコのピクルス等の珍しい商品もラインアップしている。多様な商品構成は、原料を自家栽培できる生産者だからこそ可能だ。
 加工部門の売り上げは現在のところ、全体の約10%。割合としてはまだ少ないが、生食キノコとは異なる領域に販路を築いている。


高品質と調理のしやすさを追求
 高品質なキノコを生産するために、臼井農園では生育環境の管理を適正に保っている。菌床には、長野県内を中心に国産のおがくず、米ぬか、豆皮、トウモロコシの芯等を使用。加圧殺菌された培地を入れるプラボトルは、850mlサイズだ。キノコ生産では使用電力量が多いため、LED照明で照度管理を行うなど栽培の各段階で省エネ努力がはらわれている。


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生産施設()と育成状態を確認する古田さん(


 効率化が進んだ生産工程のなかで、手間のかかるのは出荷前の調製作業だ。計量、パッキングの大半は機械化されているが、目視によるチェックは欠かせない。またキノコは物理的な衝撃で劣化するので、箱詰め、搬送にも注意が必要だ。


 臼井農園が出荷する生食キノコの包装形態は多種ある。ぶなしめじは1株の袋入り商品の他に、石突き部分を切りとって1本1本にばらしてから袋詰めにした商品もある。可食部分だけになっているので、必要な時に使いたい分だけ手軽に使えるのが特色だ。また機械カットは家庭の包丁で切るよりきれいな断面なので、保管中の傷みも少ない。カット野菜やカットフルーツと同様に、調理や保存、ゴミ廃棄にかかる手間を省力化したいというニーズは根強い。店頭販売は首都圏のスーパー等で販売され、売れ行きも好調だ。このカットマシンは臼井農園が開発に関わり、特許申請している。


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ぶなしめじのカット作業()と「カットぶなしめじ」(


 臼井農園のもう一つのキノコ品種は、高級食材として人気の高い雪姫茸だ。国内の流通量はまだ限られているが、雪のような白さと、加熱しても形が崩れないコリコリした食感が持ち味である。


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「山のアワビ」といわれる雪姫茸は、マッシュルーム大のものから直径が8cm以上もある大きさまで多様。用途とサイズ別で、レストランやホテルに納品される 


 他のキノコより生育期間が長く、1本を大きくするには芽をかく作業が必要だ。臼井農園では専属の担当者が育成と出荷を管理し、品質保持を図っている。需要が安定していて消費量が多いぶなしめじと、固定のニーズがある少量生産の雪姫茸の組み合わせは、収益面にバランスをもたらし、次の展開の布石にもなっている。


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自家製有機肥料()とニンニクの新芽() 


 自家栽培するのは、ニンニク、トウガラシ、タマネギ、ローリエなど加工品用原料のほか、大豆、米など。「植え付けたニンニクの芽が出てきたところ」と古田さんが案内してくれた畑の土には、培地などを利用した自家製有機肥料が使われている。「いろいろやりたいが手が回らない」という古田さんのことばが示す通り、農園内ではさまざまな試みが進行中だ。(君成田智子 平成24年10月31日取材 協力:長野県下伊那農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」平成25年2月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


▼有限会社臼井農園 ホームページ
長野県飯田市三日市場964
TEL 0265-25-7256
FAX 0265-25-5450

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