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この世にはあきらめてはならないこと、失ってはならないものがある。(2)

2012年10月22日

-民俗研究家結城登美雄さんに聞く、「鳴子の米プロジェクト」に学ぶ地域の再生-
●第2回 絆の再発見と広がる「つなぎ手」の輪


結城登美雄さん

▼第1回「地域の農を守り支える作り手と食べ手の絆 」はこちらから


めざすは地域ブランドの創造 
 「鳴子の米プロジェクト」は、農政の大転換により継続の危機にさらされている中山間地農業を、食べ手と作り手が直接支え合う試みとして、活動当初から話題を集めてきた。平成18年から2年間は行政主導で運営してきたが、持続可能な取り組みにするため、3年目の平成20年10月、NPO法人化して新たなスタートを切った。

 30aから始まった米作りは、7年目を迎えた今では約20ha、作り手38人に広がった。栽培品種は、プロジェクトのシンボルである「ゆきむすび」のほか「やまのしずく」、もち米「もちむすめ」。プロジェクトがめざすのはブランド米をつくることではなく、地域ブランドの創造である。その活動は地元に浸透し、支え手のネットワークは全国に広がっている。


「あの人のために米をつくる」農業 
 プロジェクト始動以来、田植えや稲刈りの時期になると、鳴子には多くの支え手がかけつける。農作業の合間に、おかあさんたちがつくるおむすびや手料理を囲み語らう「小昼(こびる)」も、参加者たちの大きな楽しみだ。また、重労働である杭がけ作業に力を貸してくれる若者を求め、平成21年からは「杭がけ・脱穀応援隊」も募集している。

 支え手との信頼関係が深まれば深まるほど、つくり手の意識も高くなっていく。プロジェクト3年目、そんなつくり手の思いに触れるできごとがあったと、結城さんは語る。
 「鳴子では1反歩当たり7俵の米がとれますが、ある農家が9俵とれたというんです。話を聞いたら、毎日田んぼに行き、冷たい水が田んぼに直接入らないように『あっため水』をしたんだって言っていました。『待っててくれてるんだもん、いい米を届けなければならないと思って』という言葉を聞いた時は、うれしかったですよ」
 食べ手は「私はあの人の米を買っているんだ」と、つくり手の顔を思い浮かべ、つくり手は「あの人が待っているから、いい米をつくろう」とがんばる。これこそが農業のめざすべき姿ではないかと、結城さんは問いかける。


大人の姿に学ぶ中学生たち 
 平成21年12月には、国道47号沿いにおむすびの店「むすびや」を開店。観光客や地元の人にも「ゆきむすび」を味わってもらえるようになった。10種類ほどのおむすびと、小昼をイメージしたランチを出しているが、土日曜の日中3時間のみの営業にもかかわらず、たくさんの人が足を運んでいる。

 また、「鳴子の米プロジェクト」では、地域の大人たちの姿を、子どもたちに伝えることも大切と考えている。平成19年9月、結城さんが鳴子中学校で食育講演を行った際には、「鳴子は小さいところなのに、鳴子ができることをしていてすごいと思った」「お米がこんなに安い値段だとは知らなかった」「私たちができることをしたい」などたくさんの感想が寄せられ、中学生たちはその後、稲刈りの手伝いにきたという。そのお礼として、結城さんはその場でまた中学生たちに授業を行った。新聞紙1枚分、12株の稲を残し、これが「日本人1人が1日に食べるご飯の量」だと教えたところ、一人の男子生徒がその稲に向かって頭を下げ、「ありがたくいただきます」と手を合わせた。すると、ほかの生徒もそれに続いた。「稲を見て感謝の心を持った中学生に、大人が学ばされました」と結城さん。それ以後、刈り残した12株の稲に手を合わせ、収穫に感謝することが、「鳴子の米プロジェクト」の稲刈りの儀式になった。


ゆきむすびの駅弁が新たな「つなぎ手」に 
 平成20年9月、NHK仙台放送局の開局80周年記念ドラマ「お米のなみだ」が、東北地域で放映された。「鳴子の米プロジェクト」の活動をモチーフにしたドラマである。反響は大きく、全国放送も何度かされた。そして、ドラマに感激したという県内の大手食品製造会社から、「ゆきむすび」の駅弁をつくりたいと声が掛かった。これまでも大手企業からの取引の申し出はあったが、応じることはなかった。「私たちは、予約してくれている約900人に米を届けなければなりませんから、取引できる数量が限られます。それに、企業は『100俵買うから、1俵2万円にまけてくれないか』という話をしてくる。鳴子の米プロジェクトの目的は、米を売ることではなく、人のつながりをつくることですから、安売りはしません」と、結城さんは断言する。

 交渉の末、食品会社がこれらの条件を受け入れ、「ゆきむすび」の駅弁が誕生した。お弁当の帯には、つくり手たちの写真と「鳴子の米プロジェクト」のこれまでの歩みが綴られている。食べ手とつくり手の間に「つなぎ手」が加わり、プロジェクトはさらに前進している。


地域の価値を見つめ直すことが地域再生の出発点 
 平成12年に389万人いた日本の農業者人口は、平成21年には289万人に減少した。「たくさんの耕地が荒れて原野になっていくようすを、私は目の当たりにしてきました」と嘆く結城さん。「いま、私たちの隣人が苦しんでいるのです。そして、私たちの食べるものはつくらないといって辞めていく。農業の問題は、他人事ではないのです。ところが、うまいかうまくないか、原産地はどこか、安全なのか、栄養はどうか、そんなことばかりが話題になる」と続ける。

 私たちの明日の食を失わないために、結城さんは3つの方法を挙げる。1つは、ロシアのダーチャを例とする自給。ダーチャとは郊外にある農園付きのセカンドハウスで、都会に住むロシア人の多くは、休日にそこで農業をやる。社会体制の激変でこの国の経済が混乱した際、人々が飢えることなく乗り切れたのは、食料を我が手で得る手段を身につけていたからという。そして2つめは、CSA(Community Supported Agriculture・地域で支え合う農業)。近年、アメリカで盛んになってきた運動で、農業と消費者とが契約し、1年分の農作物の金額を前払いし、週1回、収穫した作物が消費者の手に届く仕組み。自然が相手の農業にはリスクがつきものだが、CSAは消費者もその責任を負うという考え方から、不作でも返金はしない。「鳴子でやっていることも、これと同様の動きです」と説明する。3つめは、省庁再編。農業を産業論でとらえるのはやめて、国民の食料の安定を基本にした省庁(食料省)を創設するべきと訴える。

 「私たちは食べなければ生きていけない。食べものをつくってくれる人、そしてその仕事は大切なもの。大切と思う心を、みんながもてるようにしていかないといけない」と結城さん。こうした価値観の見直しが、地域再生の出発点となる。(完)(橋本佑子 平成24年5月14日取材)


画像 上から
●「鳴子の米プロジェクト」の稲刈り交流会では、12株の稲の前にお供え物をし、参加者は手を合わせる。この稲から1日に食べる量の米(3食分)がとれる。

●おむすびの店「むすびや」は、平成21年12月にオープン。「ゆきむすび」のおいしさを観光客や地元の人に知ってもらう場となっている。

●宮城県内の大手業者が開発した「ゆきむすび」の駅弁。JR仙台駅の売店で販売されている。帯の裏には「鳴子の米プロジェクト」の物語が記されている。

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