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2011年9月 2日
森サチ子さん (JAさがみどり、塩田町女性機械士レモンズ会長)
農家の嫁は、家の中でも肩身が狭く、ましてや女だてらに大型のトラクターを乗りこなすなんて...と言われていた15年前、佐賀県の南西部旧塩田町(現・嬉野市塩田町)に、小さな女性グループが誕生した。その名もLEMONS(レモンズ)。
かわいらしい名前に「農産加工グループですか?」と尋ねると「女性機械士の仲間ですよ」という答えが返ってきた。
平成8年から会長としてメンバーをまとめてきた森サチ子さんに、これまでの活動を聞かせてもらった。
兼業農家の女性の声に応えて結成
LEMONS(レモンズ)の頭文字には意味がある。
L :Lady 女性
E :Excellent 優れた
M :Machine 機械
O :Operator オペレータ
N :Nokyo 農協
S :Siota 塩田
レモンのようにさわやかで力強い塩田町の女性のやさしさと近代化農業に情熱を燃やす新しい女性像が表されているという。
グループのある佐賀県嬉野市塩田町は、平野部には水田が広がり、米、麦、タマネギ、キュウリ、イチゴをはじめ、近年はインゲンやニガウリなどの小物野菜など、多様な農産物が生産されている。しかし、農家の経営規模1戸平均72aと零細で、農業の担い手は高齢者や女性。兼業農家が多い。
右 :レモンズ発足式の懐かしい写真。今はメンバーは地域や家庭、それぞれの場所で農業をしている
そのため、男性が中心に行ってきた大型の農業機械を扱う作業は、勤めに出ている男性陣が作業できる休日にどうしても集中する。よって休日に悪天候が続くと、作業が大幅に遅れることもしばしばだった。米、麦の出荷は、共同乾燥施設の混雑を避けるために、日時が割り当てられると、やむを得ず、一家の主が勤めを休んで行うしかない。大きな投資をして購入した機械はあるのに操作する人がいないというのが、兼業農家の悩みだった。
森さんは、平成3年に夫の実家にUターンした。農家の経験はまったくなかった。レモンズが結成された15年前は45歳。当時夫は勤めに出ており、70歳を過ぎた夫の父親のもと、麦、タマネギなどを作っていた。
「見よう見まねでやってきた農業でしたが、作業が遅れると、ああ、私に機械が扱えたらなあと思うこともしばしばでした。どうしても今日しておかないとと、トラクターに乗って作業をしたこともあります。自分は家の役に立ったつもりだったけれど、ロータリーを回したまま、道を走って帰ってきてしまい、主人にすごい勢いで怒られたこともありました」
やはり、機械の操作法や安全のための基礎をしっかり勉強しないといけないと実感したのだという。そう感じていたのは、森さんだけではなかった。きちんと講習を受ければ女性でもできないはずはない。男性に頼るだけではなく、自分たちも農業機械の操作を覚え、安全に自由に農業ができるようになりたい。そんな声がJA塩田町農機具センター(限JA佐賀みどり塩田農機事業所)に届き、JA、塩田町、そして農機メーカーの協力のもと、「本格的に農業機械の勉強をしたい」という女性が12人集まり、平成8年12月13日にレモンズが結成されることとなった。
大型特殊免許、2級農業機械士の資格を全員が取得
「まず、そろいの青いつなぎに帽子、赤いジャンパー(冬用)を作ったんです。みんなの結束とやる気を高めるためでした。同じ塩田町でもはじめて顔を合わせる人ばかりだったし、それまでは兼業農家の女性同士のネットワークもなかったんですよね」と森さん。最初の目標は「大型特殊免許と2級農業機械士の資格を今年中に全員習得する」ことだった。
佐賀県農業大学校で開催された農業機械化研修に参加し、全員、大型特殊免許を取得することができた。その後、技能認定を受け、2級農業機械士の資格も全員取得した。
左 :この赤いジャンパーもおそろいの制服
それでも圃場での運転は難しかった。安全操作・点検・整備等が一日も早くできるようにと、あらゆる所から圃場を借り、使用頻度の高いトラクター、田植機、コンバインを使って基礎をみっちり研修した。田植えや麦刈り、稲刈りは1回しか体験できないため、どんな遠くまでも出かけて作業をさせてもらった。
結成の翌年には視察にもでかけた。視察先は富山県の女性機械士会アムロン。専業農家で組織され、メンバーは男性と同じように機械を自在に使いこなしていた。聞けば、自分たちよりわずかに2年早く結成されたとのこと。2年間でここまでできるのかと大いに刺激になり、女性同士で交流も深め合った。アムロンは現在は解散しているが、今でも交流は続いている。
右 :視察に行った富山県のアムロンのみなさんと
専用の研修田を借りて、全国農業機械士会にも参加
より実践的に研修したいと、平成10年には専用の研修田を25a借り、田植え、稲刈りの他、防除や草刈り等の管理作業などを行った。米の他、麦、タマネギも栽培し、作業に使用する畝立て機、タマネギ定植機、管理機も上手に使えるようになってきた。ここで栽培した米、麦、タマネギの販売代金を元手に、新潟で行われた全国機械士会に参加することもできた。「実際に、自分たちの責任で作物を栽培することで、病害虫、土づくりなどの新しい栽培技術の研修もできて、まさに一石三鳥でした」
左 :タマネギの防除を行っているところ
佐賀県のトラクター競技大会で特別賞をもらったり、さまざまな賞を受賞して注目を集めたことで、活動が少しずつ地域内でも理解され、作業委託の注文が入るようになった。平成11年度、稲刈り作業の20aだけだった受諾作業は、12年度には2haになった。稲だけでなく、麦など受託作業は少しずつ増え、個人の機械をレンタルして対応した。
農機具メーカーに女性の視点を伝える
「農村というところは、どこかで男尊女卑の考え方が根強く残っているところがある。レモンズの発足当初は『女がトラクターやら乗って何ができるか』と言われたり、好奇の目もありました。でもみんなで頑張って、基礎から学び、これまで無事故でやれたからこそ、会が続いたんだと思います」
農業機械が扱えるようになって、自分たちの意識も変わった。夫任せにしていた農業経営に、自ら考えを持って共同経営者として取り組むようになった。さらに自分のペースで、計画的な農業ができ、生活全体にゆとりがでてきて、農業が楽しくなったとメンバーは語る。
右 :麦の土入れと、土踏みを、県知事が視察
レモンズでは、農業機械フェアなどにも積極的に参加し、最新の農業機器についての理解を深めたり、安全面での知識を身につけることを続けてきた。
男性中心だった農業機械の世界に女性の視点を届けることも大事な役割と、農機具メーカーに、女性ユーザーの声を届けてきた。また、森さんは農林水産省生産局の農業資材審議会の委員にもなり、女性農業士としての現場の声を伝えている。
「農業機械の進歩によって、女性やお年寄りでも楽に作業ができるということは喜ばしこと。しかし、農機具の開発は長年男社会で行われてきたということもあり、見た目の良さを重視した小さなモデルチェンジ、マニアックな改良が多かった。女性の視点で見ると、横文字もいらないし、小難しいことはいらない。お年寄りでもわかるような単純な操作性や、大きな表示などが、求められています」
後継者の育成はもちろん大切だが、現実には、地域の農業はまだまだ女性と高齢者が担っている。女性や高齢者が使いやすい農業機械を開発してもらうことが、農業事故を防ぐことにもつながり、作業効率を上げることになると森さんは考えている。
「メーカーによって違う操作ボタンや部品の位置を統一してもらったり、操作手順を番号でも示したりという工夫もしてほしい。背の低い女性やお年寄り用に、ステップの位置を考えたり、予備ステップをつけたり...。いすの調節もできるといい。さらに、センサーで危険を感知して、ブザーや画面で知らせる装置もあったらいい。使っているといろんな注文が出てくるんですよ」
結成から15年。レモンズのメンバーのそれぞれの事情も変わってきた。年月が経つに連れ、当時は外で働いていた夫が引退して、一緒に農業をやってくれるようになったという人も多い。女性機械士が地域の中でも認められ、メンバーは、それぞれの家庭や地域の働き手として、大事な役割を担うようになった。そこで、森さんは研修用に借りた圃場の契約が21年度で終了するタイミングで、レモンズを休会とする決断をし、現在に至っている。
左 :今は、定年したご主人とふたりで農業をしている森さん。青いつなぎが似合っている
「12人が一緒に作業することはなくなりましたが、みんなそれぞれの場所で頑張っています」
森さん自身も、今は定年退職した夫とふたりで農業をしている。農業機械の運転を学びたい研修生の受け入れを行ったり、佐賀県の女性農村アドバイザーとして、助言指導も行う。
佐賀県で開催される女性向けの農業機械研修会は、募集と同時に定員が埋まることも多い。農業大学校でも女性の姿が多い。レモンズは、佐賀の母ちゃん農業、女たちの農業の開拓者だった。そしてその力は、少しずつ若い世代に受け継がれている。(森 千鶴子 平成23年8月1日取材 協力:佐賀県藤津農業改良普及センター)