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2022年3月23日
コロナ禍と農業生産
ジャーナリスト 村田 泰夫
コロナ禍の第6波も下火になってきて、3月21日には新型コロナウイルス対策の「まん延防止等重点措置」が全面解除された。これまではコロナ対策を優先し経済社会活動を自粛してきたが、ワクチン接種が進んだこともあり、これからは「ウイズコロナ」、つまりコロナと付き合いながら経済社会を回していくことになるのだろうか。
農業者にとって一番気がかりなのは、ウイズコロナの時代になって、農産物の需要がどのような影響を受けるかであろう。「どんな事態になっても、人は食べるものが必要なのだから、大きな影響は受けない」などと、楽観的なことをいう人もいる。たしかに、人の口が減らない限り、食べものの需要は減らない。
しかしながら、2年余りのコロナ禍で、私たちは多くの経験を積んだ。どのような食べ方をするかは、大きく変わった。国民の食に関する行動変容は激しく、農産物を生産する農業者は大きな影響を受けた。農業者は今後、これまで以上に市場の動きを注意深く見て、機敏に対応しなければならないだろう。
コロナ禍で業務上、大きな打撃を受けたのは、観光・旅行業界と飲食業、なかでも外食産業であろう。感染症対策は、多くの人が集まるところに行かず、家でじっとしていたらいいというわけか、「外に出かける」産業が打撃を受け、逆に「家にこもる」産業が恩恵を受け、まさに明暗を分けた。
2021年6月に刊行された「2020年度版・農業白書」に、そのあたりのことが詳しい。なんといっても、食料消費が大きく変わった。おもだった項目を挙げてみると、こうだ。▽外食への支出額が大きく減少した半面、生鮮食品への支出額は増加し高止まり。▽2020年の外食産業全体の売上高は前年比15%減となり、1994年の調査開始以来最大の下げ幅。▽テイクアウト、デリバリー需要に支えられたファストフードは踏みとどまったが、多くの人が集まって飲むパブ、居酒屋は大きなダメージ。▽コロナ禍に関連した倒産件数(2021年3月末時点)は、飲食店が最も多く食品卸も上位に。
さらに消費者の行動変容が鮮明になった。▽長期保存が可能なコメ、パスタ、小麦粉、バター、冷凍調理食品などの加工食品や、生鮮肉などの生鮮品への支出が増加。▽「自宅での食事機会が増えた」、「料理機会が増えた」と回答した消費者が増えた。▽外食事業者のなかに、テイクアウトやフードデリバリーを展開する者が増えた。▽販売先に国産志向が高まり、食品産業のなかに国産産地との取引を増やしたいとする業者が増えた。
外食が減り、その代わり家庭での「巣ごもり」需要が増えたとはいえ、食材の需要がプラスマイナス・ゼロだということではない。外食で食べる食材と、家庭で食べる食材には違いがある。大人数での宴会が激減してしまったから、アルコール飲料は純減した。また、企業による接待なども減って、牛肉やフグなど高級食材の需要そのものも減ってしまった。
居酒屋や高級レストラン・料理屋に食材を生産したり、販売したりしていた農業者や卸売業者は、大きな打撃を受けた。20年度農業白書は、そうした20年度の動きを分析し報告しているが、その後も、外食産業をめぐる動きは激変を極めた。
おもな外食産業の21年12月期の決算を見ると、そのあたりのことがよくわかる。外食産業のなかでも、テイクアウト(持ち帰り)やデリバリー(宅配)に対応した日本マクドナルドの売上高が、前年比10%も増えたうえ、直営店とフランチャイズ店を合わせた売上高は過去最高となった。日本ケンタッキーフライドチキンも売上高を9%も伸ばした。
一方、酒類の提供を主体とする居酒屋やファミリーレストランは、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などによる営業時間短縮がもろに響き、利益を減らすところが多かった。外食大手のワタミは、全国で展開する居酒屋約270店舗のうち、採算の好転が見込めない約40店舗を年内に閉鎖するそうだ。さらに、一部の店は需要の硬い焼肉店に業態転換したり宅配事業を強化したりするという。
そうした居酒屋やファミリーレストランで使われている食材の需要は激減したはずである。農業者のなかには、影響を受けた人も少なくない。一方で、農産物の需要をしっかり増やしている農業者もいる。
どんな奇策をとっているのだろうか。取材してみると、「奇策」ではなく、極めてまっとうな経営をしていることがわかった。長野県のある野菜・果樹農業者は、農協や卸売業者への出荷は一切せず、スーパーや外食産業への直接販売に徹している。需要先の要望や変化にきめ細かく対応できるし、中間マージンを節約でき収益をアップできる。
直接販売で出荷先の声をじかに聞くということは、究極のマーケットインに通じる。ウイズコロナの時代とは、需要の動向が目まぐるしく変わる時代でもある。お客さまの行動変容をいち早くつかむことで、野菜や果物の生産や出荷の形態を変え、時代の流れに乗ることができる。コロナ禍は農業者に、マーケット(市場)を見て経営することの大切さを改めて教えてくれた。(2022年3月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。