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ぐるり農政【173】

2021年8月23日

地球温暖化と「後悔しない対策」

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 国連の専門家組織が、地球の気候危機について「厳戒警報」を出した。さまざまな対策を打っても、今後20年以内に地球の気温は1.5度上昇するというのだ。大規模な洪水や熱波の原因となって、人類の生存を脅かす。わが国の農業にも大きな影響を与えるのは必至で、軽視できない。以前から指摘されていたこととはいえ、改めて深刻にとらえて、「後悔しない対策」に取り組むべきである。


murata_colum173_1.jpg 国連の専門家組織とは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第1作業部会のことで、8月9日に報告書を公表した。
 今回の報告書では、第1に、地球温暖化の原因は、人類が排出した温室効果ガスであることに「疑う余地がない」と断言したことが特徴だ。第2に、対策をしても今後20年以内に世界の平均気温が1.5度上昇すると予測した。これまでの予測は「2030年から52年のうちに」だったから、予測の精度が高まった。第3に、産業革命前からの気温上昇を目標通り1.5度に抑えても10年に一度の豪雨は1.5倍になるなど、これまで経験したことのない猛暑や豪雨などに見舞われるリスクが高くなったことを科学的に示した。


 わが国では今年8月、九州など西日本地方を中心に「百年に一度」という豪雨に見舞われた。ところが、2年前や4年前に同じような豪雨で多数の死者を出している。「百年に一度」が数年おきに起きるのでは、今後は「百年に一度」と言えなくなる。素人である私は「地球温暖化が原因なのかな」と思っていたが、国連の機関がそうだとお墨つきを与えてくれた。


murata_colum173_2.jpg 菅総理は昨年10月、「2050年カーボンニュートラル」を宣言した。さらに今年4月に政府は「温室効果ガスを30年度に46%削減する」(13年度と比べて)という目標を掲げた。

 ところが、世の中には、「地球温暖化の原因は人類の出した温室効果ガス」という定説に異を唱える人たちがいる。米国の前大統領であるトランプ氏がその代表格だが、科学者と名乗る人たちの中にもいる。彼らはこう主張する。「温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)排出削減対策は、企業に不要なコストを課し、日本の産業競争力を引き下げる」。

 もちろん、国連の専門家組織の説を支持するが、そもそも私はそうした科学論争に加わる知見を持ち合わせていない。仮に懐疑派の説にわずかな根拠があったとしても、「温暖化対策はコストだ」という懐疑派の考え方は間違っていると思う。


 温暖化対策として、どんなことが思い浮かぶだろうか。たとえば、ガソリン車をやめて、ハイブリッド車や電気自動車を選択する。あるいは、石炭や石油を使った発電を減らすため、太陽光発電のパネルを自宅の屋根に乗せる。

 これらの温暖化対策は、私たちにとって「コスト」なのだろうか。電動を組み合わせたハイブリッド車や電気自動車は、従来型のガソリン車と比べて割高である。でもそれはコストなのだろうか。自動車購入時にはコスト高でも、ガソリンの消費量が劇的に下がるので、最終的には乗用車の維持費が節約される。もちろん、排気ガスの量が減るので、温暖化防止もさることながら、歩道を歩いていても排ガスで不快な思いをしないですむ。


murata_colum173_3.jpg 太陽光発電はどうだろう。一戸建ての個人の住宅に太陽光パネルを設置すると、やはりかなりのコストがかかる。しかし、発電した電力は自家用に使い、余った電力は電力会社に販売することで、設置費用を回収できる。以前、「10年ぐらいで元がとれる」という話を聞いたことがあるが、現在はどうなのか知らない。いずれにせよ、設置に際して初期費用はかかるが、どの程度かは別にして、回収できる。

 電気自動車も太陽光パネルも、金もうけのために導入するのでなく、地球温暖化を防ぐ対策として導入する。それは初期費用つまりコスト高になるが、仮に温室効果ガスの抑制が必要ない、あるいはその抑制効果が少ないとしても、無駄にはならない対策である。

 二酸化炭素の排出量を抑えるための省エネルギー対策は、温暖化対策としての効果とは別に、エネルギーを節約することで、地球上の資源の無駄づかいを減らしたり、家計や企業の負担するコストを削減したりすることができる。このことを「後悔しない対策」と環境経済学では呼ぶ。


 カーボンニュートラルが必要であるか否かといった「神学論争」に付き合っている時間的余裕はない。国連のIPCCによれば、今後、これまで通り化石燃料を使い続けると、今世紀末までに地球上の平均気温は4.4度上昇する。これは、人類はもちろん地球上の多くの生きものが生存し続けられるか、黄信号が灯る水準である。もちろん、農業生産にも大きな打撃を与え、世界中に食料不足をもたらし、飢餓問題を激化させてしまう。

 でも、わずかな望みはある。2050年ごろまでに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすれば(排出はしても、その同量以上を植林などで回収すれば)、上昇幅は1.4度に抑えることができる。わずかな希望だが、できないことではない。「後悔しない対策」に、今こそ取り組むときである。(2021年8月20日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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