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2018年2月23日
目からウロコの外国人労働者問題
ジャーナリスト 村田 泰夫
外国人労働者について、私は誤った先入観にとらわれていたように思う。日本での賃金は高いはずなのに、なぜ勤め先からの逃亡が後を絶たないのか。外国人労働者とのトラブルが起きるのは、一部の悪徳経営者がいるからではないか。そんなふうに思っていた。
でもそれらの問題は、外国人労働者を受け入れるわが国の制度から派生した側面が強く、誤った認識であることがわかった。農政ジャーナリストの会が最近取り上げた外国人労働者問題についての研究会で、講師の話を聞いて、わが身の不明を恥じている。まさに「目からウロコ」が落ちた思いである。
いくつか、思い違いを挙げてみよう。まず、「技能実習生」という名目の外国人労働者に支払われる賃金は、日本人に適用される最低賃金が支払われていると思っていた。使用者が国の監理団体に届けている基本給は、月給11万円から13万円ぐらいが多いが、もちろん最低賃金以上の時給を支払っていることになっているからである。最低賃金法に基づき、使用者は国の定める最低賃金以上の賃金を労働者に支払わなければいけないが、外国から来た実習生にも適用される。平成29年度の場合、全国平均で時給848円だが、地域ごとに異なる。たとえば、宮城県は772円、茨城県は796円、東京都は958円、長野県は795円、熊本県は737円といった具合だ。
でも、監理団体に届けられる賃金は「支給予定賃金」であって、「実習生が実際に手にする賃金とはかけ離れている事例が少なくない」と、実習生の支援団体、移住者と連帯する全国ネットワーク代表理事の鳥井一平さんは指摘する。
こんな事例もあったという。一部屋に4、5人住まわせているのに、1人につき5万円もの家賃を取っていた。また、使用者がふとんのリース料6000円、テレビのリース料1800円、流しのリース料1000円(いずれも月額)を差し引いていた事例もあった。実質「時給300円」の安い労働者として暴利をむさぼっていた。逃亡したくなるはずである。
そんな使用者(経営者)は、きっと一部の不心得者に違いないと思っていた。実際はそうではないと鳥井さんは言う。「ごく普通の中小企業の経営者である場合がほとんど」。技能実習制度では転職することができず、不満であれば帰国ないしは強制帰国させられてしまう仕組みになっている。実習生は多額の支度金を借金して日本に来ているので、金をためないうちに帰国できないので、使用者の言いなりになるしかない。対等な労使関係を結べないことが経営者の思い違いを助長し、問題を引き起こしていると鳥井さんは指摘する。「モノ扱いが許される実習制度が、まっとうだった経営者を邪悪な欲望に走る『悪者』に変えてしまう」というのだ。
「難民申請者が増えているのに、難民と認めない日本政府は冷たい」というのも、実態は少し違うようだ。平成29年に政府が難民として認めた人数は、2万人近い申請者に対し、たったの20人に過ぎない。欧米の先進諸国が何万人とか何十万人単位の難民を受け入れているのと比べ、日本政府の後ろ向きな姿勢が際立つ。それは批判されることだと私は思うが、難民申請が増えている理由には別の要因もある。
法務省の発表によると、29年の難民申請者の数は、前年比80%増の1万9628人だった。7年連続で過去最多を更新したという。急増している理由のひとつに「難民申請から6カ月たてば、一律に誰でも日本で就労が認められる」という仕組みがあることは、あまり知られていない。難民申請中の日本での生活を維持できるようにとの配慮だったが、不法滞在者として摘発されることなく日本で働ける合法的な仕組みとして、活用されていたのである。
難民申請者の中には留学生や、より良い賃金を求めて逃走した技能実習生もいるというから驚きである。このため、政府は今年1月から、明らかに難民に該当しない申請者に対しては、在留資格も就労も認めないように運用を厳しくし、短期在留期限が来たら強制退去させることにした。1月以降の難民申請者は激減しているようだが、それで問題が解決するわけではない。
中小の製造業や外食産業、コンビニ業界などで、人手不足は深刻度を増している。留学生や実習生、不法滞在者を問わず、外国人労働者なしに日本の産業は成り立たない現実がある。農業も例外ではない。貴重な働き手として外国人労働者は不可欠なのである。
産業界の要望を受け、政府は技能実習制度を拡充しようとしている。さらに、農業分野で言えば、外国人の就農を認める制度を発足させる。特区という限定付きだが、全国各地から要望があるので、農水省では特区に限定せず、全国どこでも実施できないか検討し始めた。しかしながら、制度的に不備のある技能実習制度やその延長線上にある仕組みでは、外国人労働者と使用者との関係が対等にはならず、不祥事を防ぐことはできない。
わが国は「移民政策はとらない」(安倍首相)ことを国是としている。もはや世界は多民族共生社会に突入しており、その是非を議論すべきだ。しかし、議論に時間がかかるので、その問題を棚上げするとしても、現状のような人権侵害を内包した仕組みでお茶を濁すのは、もはや無理。外国人を一人の労働者として処遇する、きちんとした仕組みを打ち立てる時が来ている。たとえば、欧米のように就労ビザを発給するなどである。不安定な仕組みの延長線上では、産業界の労働力不足は解消されないと思う。(2018年2月22日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。