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2017年10月27日
外国人の農業就労が解禁
ジャーナリスト 村田 泰夫
比較的規模の大きな農家を訪ねると、決まって聞くのが労働力不足だ。規模の大きな農家は、たいてい後継者がいて跡継ぎに心配はない。深刻なのは、働いてくれる労働者がいないことだ。近所のお母さんたちを雇ったり、学生アルバイトを募集したりしているが、十分な労働力を確保できないでいる。「もっと人手がいれば、規模を拡大できるのに」。農業経営者たちの共通した悩みである。
今からもう10年以上前のことだ。米国のカリフォルニア州の有機野菜農家を訪ねた時、目を見張ったのは、メキシコ人労働者がたくさん働いていたことだ。その農家は、シェラネバダ山脈の西に広がるセントラルバレーと呼ばれる農業地帯にあった。30haの畑に、年間50種類以上もの野菜を生産している。50歳代の農場主には妻と子供3人がいて、いわゆる家族経営である。
30haという野菜農家の規模の大きさに驚いていたら、「このあたりでは200haが当たり前だから、うちなんか零細規模だよ」と農場主に言われて、また驚いた。野菜の栽培は手間がかかる。しかも有機栽培となれば、なおさらである。夫婦だけではやりきれないから、労働者を雇っているのだが、その数が半端ではない。
常時、メキシコ人労働者を50人雇っている。夏野菜の収穫時期には、臨時雇いを合わせて100人になることもあるという。農場の一角には、バラック小屋が何棟も建っていた。メキシコ人労働者たちが家族連れで働きに来ていて、子供たちが走り回っていた。
米国では、ごく普通の家族農家でも外国人労働者を雇っている。中には不法移民もいるかもしれない。米国農業は外国人に支えられていると思い知った。
わが国でも、そんな姿に近づいているのではないか、と思うのである。冒頭に記したように、農村では今、労働力不足が一番の問題である。長野県川上村の高原野菜の産地では、かなり前から外国人技能実習生が戦力になっている。愛媛県などの果樹地帯では、収穫作業を学生アルバイトに頼り切っている。
その労力集めも限界に近づいてきたところに、国家戦略特区の指定地域という制限付きながら、農業に外国人労働者を就労させてもよいという特例を、政府が打ち出した。これまでは、技能実習生に限って外国人を雇えたが、特区内での外国人就農は、そうした制約がない。
本来、技能実習生は研修生であって、不足する労働力を補う単純労働者として雇用してはならないことになっている。技能実習制度は、わが国で優れた技術を身につけて、本国に帰って経済発展に役立てるというのが本来の趣旨で、1993年からスタートした。ところが制度の趣旨は半ば形骸化していて、実際は単純労働者と変わらない。2016年6月現在、中国や東南アジア諸国から21万人の技能実習生がいるが、そのうち約2万4000人が農業分野で働いている。
今回、解禁される外国人農業就農制度の対象は、技能実習を終えた外国人を想定している。技能実習を終えた外国人で、引き続き日本に残りたい人は、派遣事業者と雇用契約を結べば、農業生産法人に派遣されて働くことができる。農業生産者との直接雇用は認められないが、地域の農協が派遣事業者になれるので、農協が積極的ならば、生産者は比較的スムーズに外国人労働者にアプローチできるかもしれない。
在留期間は合計3年間だが、期間中の一時帰国が認められるから、農繁期の半年だけ働くとすれば、6年間働くことができる。家族を本国に残し、農繁期だけ日本で働く外国人が出てくることだろう。また、いわば派遣労働者として農業生産法人などで働くことになろうが、派遣事業者の指示で複数の農業生産法人で働くことができる。受け入れる農業生産法人にとっては、周年雇用をしないですむ。「外国人の出稼ぎ労働者を受け入れる」イメージに近くなる。
深刻な労働力不足に悩んでいる農業法人には、極めて魅力的な制度かもしれない。ただ、国家戦略特区に指定された区域内という制限がある。現在指定済みの区域は、秋田県仙北市、仙台市、新潟市、関東圏(東京都、神奈川県、千葉市、千葉県成田市)、愛知県、関西圏(大阪府、兵庫県、京都府)、兵庫県養父市、広島県・愛媛県今治市、福岡市・福岡県北九州市、沖縄県の10区域。このほかにも、長野県、茨城県、熊本県、長崎県などが外国人就労の解禁を認める区域指定を求めている。
懸念もある。外国人農業就農者も技能実習生と同じように、安い賃金と劣悪な労働環境で雇える「安い労働力」として利用されかねない。このため政府は「報酬は日本人と同等以上を義務づける」としている。
技能実習を終えた外国人が就農すると、技能実習の期間(これまでは3年、今後は5年に延長)を加え日本での在留期間は10年近くになる。わが国は移民や難民の受入れを厳しく制限しているが、外国人の就農解禁は事実上の移民受入れと変わらないとする見方が出てくるだろう。(2017年10月26日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。