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2016年11月22日
それでもTPP審議を尽くそう
ジャーナリスト 村田 泰夫
「TPP(環太平洋経済連携協定)の発効はなくなった」。米国で、「TPPから脱退する」と公約していたドナルド・トランプ氏が次期大統領に就任することになって、TPPの漂流が決定的となった。「米国抜きでもやろう」という意見が、メキシコなど参加国の一部から出ているが、米国抜きの自由貿易協定に魅力を感じる国は少なかろう。
「発効しないと見られている協定の国会承認を求める審議なんてナンセンス」「なぜ日本だけ国会承認を急ぐのか」という野党の意見はもっともである。でも、TPP協定の闇の一部でも明らかにできるのであれば、国会審議も無駄ではない。衆院で承認された協定は、参院での審議が始まった。時間を無駄にすることなく、中身の濃い論戦を、とくに野党にお願いしたい。
野党の国会戦術の一つに「日程闘争」というのがあるのをご存じだろうか。国会は法案を審議して、最後は多数決で成立か否決かを決める。現在の国会の勢力図をみると、自民党が衆参両院で過半数を占めている。連立政権を組む公明党を加えた与党という枠組で見れば、数の上で与党勢力は圧倒的である。議会の多数派が内閣を作り政権を握る議員内閣制の下では、政府の提出する法案のほとんどは、多数派を占める与党の賛成で成立する。
「数の上で成立は間違いないのだから、国会審議なんて意味がない」と言ってしまえば、身もふたもない。そこで日程闘争の登場である。今回のTPP国会承認案を、審議を通じて否決に持ち込むのは事実上無理である。であるのなら、野党としては国会審議の日程を狂わせることで、会期中に成立させない戦術が効果的である。これが「日程闘争」と呼ばれる国会戦術である。
今の臨時国会の会期は11月末まで。条約などは衆院通過から30日経過すれば、参院で可決しなくても、自然成立する。野党の民進党としては、自然成立を阻止するため、衆院通過を11月2日以降にずれ込ませる戦術を立て、衆院TPP特別委員会でさまざまな抵抗を試みた。
民進党には「幸い」? なことに、山本有二・農林水産大臣の失言が飛び出した。衆院での強行採決を予定しているような失言に続き、それを冗談だったと反省していないかのような2度目の失言も飛び出し、審議を空転させることができた。野党の日程闘争が功を奏して、衆院での国会承認は11月10日にずれ込んだ。米国大統領選の結果が出る前の8日の衆院通過をめざしていた与党には大誤算だった。国会の会期を延長しなければ自然成立は難しくなった。
議席で少数派の野党が日程闘争に走る気持ちは、わからなくもない。しかし、衆院のTPP特別委員会で、TPPの中身の質問ではなく、山本農水相のあげ足取りばかりしている野党議員の姿をテレビ中継で見ていた有権者は、失望したのではないか。
TPPに不安を抱く国民は多い。自由貿易の重要性について認識している国民の中にも、「まだ隠された合意があるのではないか」とか、「大丈夫だという政府の説明を信用していいのだろうか」といった疑いや不安がたくさんあるからである。野党には、そうした国民の不安を代弁して、政府に問いただしてほしかった。参院での審議が残っており、今からでも遅くはない。
たとえば、食の安全問題。日本で使用が禁止されている牛や豚への肥育ホルモンが、輸入肉に使われている。なぜ二重基準になっているのか、納得のいく答弁を引き出してほしい。政府は「健康に被害の出る食品の輸入は認めない」と言うだけで、具体的な対応策は示していない。遺伝子組み換え農産物の表示義務についても、政府は「規制強化は可能」と答弁するだけで、表示義務の拡大については言葉を濁す。
また、TPP対策にも疑問点がある。牛と豚を飼育している畜産農家を対象とした経営安定対策の施行日を「TPP発効日」としていていいのだろうか。赤字の補てん率を8割から9割に引き上げたり、畜産農家の負担を軽くしたりする内容が含まれている。こうした経営安定対策は、TPP対策と切り離して早期に実施すべき政策であろう。
TPPへの国民の関心は、農業への影響だけではない。音楽や小説などの著作権の保護期間が、現行の50年から70年に延長されることによるプラスとマイナスについても、衆院での審議では深まらなかった。ISDS(投資家・国家訴訟)条項への不安も払しょくされていない。投資先の国家の政策によって被害を受けた投資家が、国家を訴えることのできる規定だ。工場が没収されたときのことを考えると、必要な条項のように思われる半面、大国の多国籍企業による横暴を許すことにならないのか、野党にはもっと突っ込んでもらいたいところだ。
こうした国民の不安や疑問に政府がまともに答えられなければ、審議が紛糾するのは必至である。そうすれば、国民も黙っていない。いくら強引な政府でも、疑問に答えないまま強行採決することには抵抗があるだろう。議席の数でも負けていても、論戦で勝つことは可能である。野党の奮起を望みたい。(2016年11月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。