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2015年9月29日
行き過ぎた米価への介入
ジャーナリスト 村田 泰夫
新米の値段が上がりそうだ。農林水産省や農協が全力を挙げて取り組んできた主食用米から飼料用米への転作が進んでいるためだ。主食用米の供給過剰がなくなり、コメの値段が上がるというのだ。消費者には困った話だが、米価の下落に悩んでいた稲作農家にとっては、ほっと一息つける朗報といえる。しかし、政治や行政当局の行き過ぎた米価引き上げ策には無理があり、限界があるように思える。
農水省の飼料用米増産キャーンペーンは、尋常ではなかった。まず4月から「飼料用米推進キャラバン」を組んだ。本省の部課長級の幹部が全国の産地に直接出向き、県知事や地域農協の組合長らに飼料用米の増産を説得して回った。説得のポイントは「飼料用米はもうかる」だった。
飼料用米を転作として作付ければ、収量に応じて10aにつき5.5~10.5万円の補助金を支給する。さらに、多収穫専用品種を作付ければ1.2万円、飼料用米のわらを家畜の飼料に利用すれば1.3万円を追加して支給する。主食用米を作付けた場合の10a当たりの収益は10万円程度といわれるから、飼料用米をただ同然で販売しても主食用米を作付けた場合と同程度の収益が得られることになる。
それにもかかわらず、飼料用米への転換が計画通りに進んでいないと見た農水省は5月下旬、都道府県別の「中間的な取組状況」(5月15日現在)を公表した。生産数量目標(つまり減反目標)と比較することができる、〇×△の評価を載せた一覧表も添付されていた。中間集計を公表したのは今年が初めて。どの県の取組みが遅れているかわかるようにし、都道府県の尻をたたいたのである。
飼料用米などの転作に取り組む場合、事前に農水省の地域センターなどに届けないと農家は補助金をもらえない。例年だと6月末が計画書の届け出期限だが、今年は田植えの終わった7月末まで1カ月延長した。主食用米を作るつもりで田植えをした農家に対して、心変わりをするように促したのである。
こうした努力の成果が出たのだろう。農水省が8月下旬に集計したところ、平成27年産の主食用米の生産調整(減反)は超過達成できる見通しとなった。主食用米の作付面積は141万2000haで、27年度の生産数量目標の面積換算値142万haより8000ha少ない。超過達成は、生産調整の仕組みを数量配分方式に変えた平成16年以降、初めてのことである。超過達成の主因は、麦や大豆などへの転作もあるが、飼料用米への転作が大きく増えたことにある。飼料用米の作付面積は、前年度の2.3倍に当たる7万9000haにのぼる。
この結果、27年産の主食用米の生産数量は、平年作だとすると、前年産より41万t少ない747万tとなり、需要見込み量770万tを23万t下回る。米価水準に大きな影響を与える6月末の民間在庫は、今年の230万tから来年は207万tに減る。200万tが適正水準といわれているから、米価安定に近づく在庫水準といえる。
減反強化に取り組んだ結果、27年産の米価は上昇基調にある。農協が収穫時期に農家に支払う概算金は、代表的な銘柄である「新潟コシヒカリ」が1俵(60kg)につき、前年産より800円高い1万2800円になっている。昨年1万円を割って話題となった「秋田県産あきたこまち」は1700円高い1万200円となった。農家に支払う概算金を上げた農協は、卸業者に売り渡す相対取引価格(いわば定価)を引き上げた。「新潟コシヒカリ」は、前年より500円(3%)高い1万5500円で取引されている。
農水省が主食用米の減産に懸命に取り組み、農協が概算金を引き上げたのは、前年の26年産米価が大幅に下落したことが影響している。全農が示した26年産米の概算金は、「新潟コシヒカリ」など一部の有名銘柄は1万円台を維持したものの、「秋田県産あきたこまち」や関東産コシヒカリなど軒並み1万円を割る大幅下落となった。
危機感を抱いたのは与党・自民党である。米価の下落が政権批判につながり、選挙に悪影響を与えた先例がある。自民党農林族は昨年秋、全農に「概算金を下げたのはけしからん」とかみつき、農水省には減反を強化しろと迫った。
政治の圧力に抗しきれない農水省は、昨年暮れに設けた「米の安定取引研究会」で概算金のあり方を議論。今年3月「5中3平均など透明性の高い方法で概算金を決めるべし」という報告書をまとめた。「5中3平均」とは、過去5年間のうち、最高と最低を除いた3年間の平均という意味である。全農は、この農水省の意向に沿う形で、27年度産米の概算金を決めたもので、需給を反映したものではなかった。
政治の圧力で、農水省は主食用米から飼料用米への転換を強力に推し進め、農協は政治と農水省の顔色をうかがいつつ概算金の水準を決める。27年度産米の価格は、政治や行政の介入価格ということもできる。しかし、コメの価格は市場の需給関係で決まる。人為的に決められた価格は、いずれ市場からのしっぺ返しをくうことになる。(2015年9月28日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。