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ぐるり農政【53】

2011年10月24日

「開国」に舵を切った韓国

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に参加した方がいいに決まっているのに、日本は決断を先延ばしにしている。これでは世界の国々から信頼されなくなる。日本経済は輸出依存度が低いというけれど、中小企業は、みずから輸出していなくても、輸出に頼っている大企業の下請けなのだから、事実上輸出に依存している。市場開放で弱い産業が衰弱するとの懸念が日本国内では強すぎる。韓国でもそうだったが、対チリFTA(自由貿易協定)で、当初心配していたほどの被害がなかったので、EU(欧州連合)や米国などとのFTAに発展させていった。日本はもっと戦略性が必要だ」

 韓国のソウル近郊の三星経済研究所を訪れた際、日韓経済を専門とする研究員に、こう言われてしまった。「日本ではTPP参加をめぐって、農業界を中心に強い反対運動が起きているが、どう思うか」という質問への答えである。


 WTO(世界貿易機関)など農産物の市場開放をめぐる国際交渉の場で、韓国は日本とほぼ同一歩調をとってきた。ウルグアイ・ラウンド(UR)農業交渉では、米の自由化に強く反対し、その反対運動は抗議自殺する者が出るなど、日本をしのぐ激烈なものだった。その韓国が、今年7月に対EU・FTAを発効させたうえ、対米FTAでも合意し、急ピッチで市場開放を進めている。この「開国戦略」は、前の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領時代から進められ、対米FTAを妥結させたのは、この前大統領時代だった。


 もちろん、韓国内にも、国内農業に大きな打撃を与えるのではないかという懸念はあった。「市場開放のリスクは十分承知しているが、開放しないリスクより、開放することによるリスクの方が少ないので、踏み切った」と三星経済研究所の研究員は解説する。1997年のアジア通貨危機が飛び火し、「朝鮮戦争以来の国難」といわれた「IMF危機」を経験した韓国としては、「内向き」になって再び国の経済を壊してしまうリスクをおかすより、「開国」して経済発展を遂げる道を、国として選択したのである。


 その代わり、EUや米国とのFTA締結交渉では、農業分野への影響をできるだけ抑えるように努めた。主食である米については「絶対譲れない」ということで、関税引き下げの対象外とした。牛肉や果実などについては、10年から15年かけて関税を少しずつ下げていくが、輸入が急増した時にはストップをかけられる「セーフガード」発動の条項を盛り込ませた。一方、やる気のある「担い手」を育成し、大規模化や販売力の向上、それに輸出市場の開拓などで、韓国農業の構造改革を進めるとしている。これで、韓国農業が生きのびられるかどうかは、対米FTAが発効していないので、なんともいえない。


 UR農業交渉時の自由化反対運動と比べると、今回の対EU・対米FTA問題に対する韓国農業界の反対運動は、格段と「おとなしい」のは確かである。私たち日本人は「なぜ?」と思う。昨年10月、当時農林水産副大臣だった篠原孝氏が韓国農業協同組合中央会を訪ねたとき、やはり「なぜか?」と聞いた。その時の答えがふるっている。「UR農業交渉の時に激しい反対運動をした農家は、20年近くたったいま、70~80歳代。デモをする体力がなくなっている」。こう答えた韓国農協中央会の幹部は、「もちろん冗談ですがね」とつけ加えたが、日本人が疑問に思うこと自体、彼らにとっては不思議なのである。


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 韓国農協中央会の幹部は、韓国農業界の基本的立場についてこう説明した。「韓国経済の貿易依存度(GDPに占める輸出入の割合)は90%台にのぼる。それに対し日本は30%台。韓国にとって、貿易の振興は経済の生命線。農業界が反対して市場開放にブレーキをかけたら、韓国経済そのものが衰退し、国民の暮らしをだめにしてしまう。といって、農業が被害を受けるのは確かなので、原則として農産物は関税撤廃・引き下げの例外とし、それがむずかしければ時間をかけるなり、被害に対しては補償をするように、政府に働きかけてきた」


 少しものわかりがよすぎる気もするが、韓国農業界も開国を容認しているのである。なのに「なぜ反対運動を盛り上げないのか」と日本人に迫られて、いささかうっとうしく思っているのかもしれない。(2011年10月21日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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