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2009年8月21日
市場開放と国内農業保護
明治大学客員教授 村田 泰夫
選挙も大詰めである。今回の総選挙を見ていて思うのは、マニフェスト(政権公約)が定着してきたことだ。むかしから「公約」はあった。しかし、それをつくる政党はもちろん、有権者の側もはなから信じていなかった。どうせ「選挙目当ての美辞麗句」だと思っていて、そういうものだと許される雰囲気が、かつてはあった。
ところが、今回は違う。民主党の鳩山由紀夫党首は「有権者と政党との契約である」と断言している。そして、もしマニフェストを実現できなかったら、政権の座から降りてもいいという趣旨のことまで言っている。対抗する自民党もマニフェストを重視するようになっていて、結構なことだ。
農業問題での争点は、民主党の掲げる「戸別所得補償制度」の是非である。ところが、民主党の発表したマニフェストの当初案に「日米FTA(自由貿易協定)の締結」という言葉が入っていて、このことが、にわかに争点になりかけた。全国農協中央会など農業団体は「米国とFTAを結べば、安い米国産農産物が国内市場にどっと流入してきて、日本農業は壊滅してしまう」として、絶対反対の決起集会まで開いた。「敵失」とみた自民党も、ここぞとばかり民主党を責め立てた。
あわてた民主党は、マニフェストの最終案から「締結」の言葉を削除し、「促進する」にトーンを下げた。FTAについては自民党も推進する立場を示しているから、争点でなくなってしまった。
「自由化促進論者だ」と有権者に宣伝されては選挙戦に不利だと、民主党は判断したのだろう。しかし、市場開放と国内農業保護との関係について、じっくり国民に問いかけてほしかった。
国内産業をつぶしてまで自由化すべきだという論者は、どの国にもいない。多国間で自由貿易を進めるWTO(世界貿易機関)交渉や、二国間での貿易促進条約であるFTA交渉が大切なのは、どの国も市場を開放することがお互いの利益になると考えているからである。どの国も自由化は進めたいのだが、問題は競争力のない自国の弱い産業をどのように守るかにある。
かつて、日本ですら自動車やコンピューターなどの戦略的産業を育てるために、関税を高くするなどして国内産業を保護してきた。いまでこそ国際競争力もついてきて、そうした保護策は撤廃されたが、自国産業を守るのは当然のことである。
農業も同じだ。市場を開放するために、お互いに関税を下げていかざるを得ないが、かといって、国内農業が壊滅的打撃をこうむっては困る。そこで、欧米先進国は、関税は下げて海外にも市場を開放するが、国内農業が打撃を受けないように、国内生産者の所得を直接補填する「直接支払い」という政策手法を採用している。市場開放と国内農業の保護を両立させているのである。
自由化の是非が争点になって「自由化反対」が国是になってしまうと、海外から反発を招くだけでなく、自由化を進めたい国内の産業界との間で悲しい「国論の二分」を招く。仮に関税を下げたとしても、国内の農業者がちゃんとやっていけるようにすればいいのである。だから、国内農業の保護をどういう政策手段で実現するかが争点になるべきなのである。
「米の自由化反対」を国是にして、「一粒たりとも輸入しない」というかたくな態度を貫き通したがゆえに、わが国は要りもしない大量のミニマムアクセス(MA)米を押しつけられてしまった。みずから自給率を下げてしまった苦い経験を教訓にして、同じ失敗を繰り返してはならない。(2009年08月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。