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2009年5月21日
植物工場ブームを考える
明治大学客員教授 村田 泰夫
植物工場が話題になっている。いまは第3次ブームだそうだ。1980年代に、まず大手スーパーが手掛けて話題になり、ついで90年代後半には、水耕栽培技術の向上で参入企業も増えた。
いまは、「百年に一度」の大不況で、操業を停止した半導体製造工場を野菜工場に改装した事例などがマスコミに取り上げられ、話題を呼んでいる。遊休施設の活用と雇用の受け皿として、農業が見直されている一環なのだ。
植物工場とは、作物の生育環境を人工的に管理し、農業につきものの天候などの不確実性を排除した栽培施設をいう。ハウスや温室などの施設(工場)で水耕栽培方式を採用している。密閉された室内では、温度はもちろん光、二酸化炭素(CO2)、溶液中に溶け込ます肥料や農薬などをコンピューター管理している。
施設には、ビルの地下室で蛍光灯などの人工の光を使う密閉施設での「完全制御型」と、ガラスの温室などを利用した「太陽光利用型」の2種類がある。いずれも季節や天候などに左右されることが少ないから、1年に何回も作付け・収穫することができる「周年栽培」が特徴。
この結果、定時・定量・定質・定価の「4定」が可能となり、需要家である外食産業から引き合いがある。また、外部と遮断された施設で栽培されるため、農薬を使わない栽培も可能で、「無農薬」であることをウリにして、スーパーなどで比較的高く売られている。
屋内で農産物を安定生産できる植物工場は、「農商工連携」の目玉施設になるとして、経済産業省と農水省は助成措置を講じることにしている。麻生太郎首相も5月上旬、千葉県松戸市内の植物工場を視察し、「農業がこういう技術を使うと、成長産業になる可能性を秘めている」と語ったという。
いいことづくしの植物工場である。とくに天候など自然条件に左右される農業は、一般の工業製品と違い、増産や減産に臨機応変に対応できない。人気が出て売れ行きがよくても増産までに時間がかかる。電源スイッチを押して24時間操業で大増産したり、逆に半日操業で減産したりといったことは、製造業ではできても、農業ではできない。
お米なら1年、豚肉も1年、牛肉なら2年かかる。相場がよくなって、もうかりそうだというので豚の飼養頭数を増やしたとしても、豚が育って出荷するときには相場が下がって赤字になったという悲劇は、農業では日常茶飯事である。
1年に数回収穫できる野菜でも同じ。天候がよすぎて生長がはやく、出荷量が増えて暴落したり、逆に暴騰したりする。農業につきものの「弱点」を克服できる植物工場に、大いに期待が集まるゆえんである。
私もそれに異を唱えるつもりはない。だが、農作物は工場でつくれるものなのだろうか。何か心に引っかかるものがある。違和感といってもいい。
農作物は土と水と太陽の光でつくられる。土にはチッソ、リン酸、カリといった栄養素があって、植物はそれを吸収して育ち、葉っぱを茂らせ実をならす。私たち人間は植物のいのちをいただいて、生きるエネルギーにしているのである。
植物工場では土の代わりに水(溶液)の中にチッソ、リン酸、カリなどの肥料分を溶け込ませ、それを植物に吸収させている。科学に基づく栽培で、実際に立派な作物が育つ。
でも、土の中には肥料の3要素以外に、さまざまな微量栄養素がある。微生物をはじめとするさまざまな生きものが棲んでいて、それら生きものの生態系の中で農作物も栽培されている。そうした生きものの循環から切り離された「工場」内でつくられる農作物に、私はいのちを感じることができないのである。(2009年05月20日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。