MENU
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2008年5月 9日
バイオ燃料ブームに冷水
明治大学客員教授 村田 泰夫
「地球を救う」はずだったバイオ燃料ブームに、冷水をかける言動が世界中で起きている。
トウモロコシやサトウキビなど生物資源である「バイオマス」を発酵させてエタノールなどの燃料とするバイオマス・エネルギーは、カーボン・ニュートラルであることから、地球温暖化を防ぐ切り札として世界各国が推進してきた。
植物は大気中のCO2を光合成で固定して生長する。植物を原料としたバイオ燃料を燃やせばCO2が発生するが、もともとCO2から作られたのだから、CO2の収支は「いってこい」の関係となって、いわば中立。だから「ニュートラル」といわれるわけだ。
地球温暖化を防ぐという大義ばかりではない。国家戦略として大増産計画を推進している米国は、2001年の「9・11」以来、中東産油国(アラブ世界)への依存度を下げることに、バイオ燃料の意義を見出している。日本政府も農山村の生物資源を活用することで地域社会を元気づけるとして、バイオ燃料の生産を奨励している。
「それ行けどんどん」であったバイオ燃料ブームに、最近急速にブレーキがかかっている。穀物価格が高騰し、貧しい途上国の人たちが食料を手に入れにくくなって、飢餓を拡大しているからである。
これまで、おもに家畜の飼料として使われてきたトウモロコシが、バイオエタノールの原料として引っ張りだこになって価格が高騰した。米国中西部の農業経営者は、大豆や小麦の作付けを減らしてトウモロコシの増産に走ったため、今度は品薄となった大豆や小麦の価格が高騰。その相場の足の速さに目をつけた投機資金(ファンド)が穀物市場にどっと流入し、相場を押し上げた。
いわば、食料と燃料とが穀物を奪い合う構図が出現したのである。大豆、小麦の高騰は、米の国際価格の高騰にも波及した。
困ったのは、貧しい途上国である。
価格の高騰で必要な量を輸入できなくなった途上国では、「食料をよこせ」の暴動が続発した。
カリブ海のハイチでは、食料暴動が時の政権を倒した。米不足に陥ったフィリピンでは、米の略奪騒ぎが各地で相次いでいる。エチオピアなどアフリカ各地でも食糧暴動が伝えられている。国連の食料援助機関である世界食糧計画(WFP)は、必要な量を調達できなくなって先進諸国に援助の拡大を要請せざるを得なくなっている。
こうした事態に、バイオ燃料の生産奨励策をとってきたEU(欧州連合)の中に、異論を唱える人たちが増えてきた。
EUは2020年までに輸送用燃料の10%をバイオ燃料でまかなう目標を掲げているが、その目標の取り下げを訴える声が高まっている。中には「バイオ燃料の生産は、人道に対する罪だ」という発言まで飛び出している。
米国の環境学者、レスター・ブラウン氏の次の警告を、先進諸国の人々は改めてかみしめてみる必要がありそうだ。「8億人の豊かな先進国の人たちがドライブを楽しむために、20億人の貧しい国の人たちが飢えていいのだろうか」(2008・5・8)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。