MENU
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2008年12月10日
搾り汁だけ使う大根おろし?!
榊田 みどり
今さら自己紹介でもないが、私は秋田県生まれである。その秋田の知人で、比内地鶏の里・大館市に住んでいるSさんから、「しぼり大根って知ってる?」と聞かれたのは、つい2か月ほど前のことだ。
「辛味大根の一種?」
「いや、確かに辛いけれど、これが、ものすごく辛い。大根をおろすと肌が負けるほど。しかも地元では、大根おろしを搾った汁だけ使うんだよね」
とSさん。なんと地元では、刺身のわさび代わりにも使うらしい。これは食べてみなければと、さっそく送ってもらった。
産地は、大館市のおとなりの鹿角市。しかも、同市松舘地区の10数人しか栽培していないという数量限定の伝統野菜だ。正式名称を「松舘しぼり大根」という。ちなみに、この大根の種を他の場所で栽培しても、独特の辛みは出ないのだそうだ。松舘地区の土壌あってこそ生まれた風土の味、というわけだ。
ぱっと見ると、大きなカブのようでもある。ところが、叩くとコンコンッと硬質の音がするくらい固い。さっそくすり金でおろしてみたが、水分が少ないため、すりおろすのに手こずった。鈍感肌の私の手は、辛み成分にこそ負けなかったが、けっこう腕力を消耗する大根である。
試しに、搾りたての汁をなめてみた。なるほど、目が覚めるほど辛い。各地の辛味大根をいろいろいただいてきたが、たしかにトップクラスの辛さだと思った。ところが、そばつゆに加えて、そばを食べると、辛さの中に大根の甘味も感じられて、実においしい。ちなみに、「搾ってから2~3分おいて酸化させたほうが、辛みが増しておいしくなる」とSさんが教えてくれた。
調べてみると、地元ではもともと「煮ても焼いても食えない」大根といわれ、もっぱら主役は葉の部分だったらしい。雪国の秋田にとって、冬の青菜はかつて貴重品。青菜の漬物として重宝されていたが、野菜の広域流通と施設栽培のおかげで、冬でもさまざまな葉ものが出回るようになってからは食べられなくなり、代わって、「煮ても焼いても食えない」といわれた根のほうが、食材として注目されるようになった。
そういえば、食べた経験はまだないが、同じような大根の話を、同じ東北の福島県会津地方で聞いたことがある。アザキ大根といい、やはりそばの薬味として人気上昇中という。「アザキ」は「あざける・あざむく」の意味で、「食用の大根のように見えて、食べてみると、実際には硬くて辛味が強く食用に向かない、ひとをあざむく大根」という意味から名前がついたといわれる。
山に囲まれた会津盆地では、そばつゆの出汁をとる鰹節がなかなか手に入らず、この大根の搾り汁を出汁代わりに、そばつゆを作った歴史があるという。やはり風土が生んだ味なのだ。
しぼり大根もアザキ大根も、昔のひとは、どうやって食べこなそうか、煮たり焼いたり試行錯誤を重ねたのだろうなと思う。今は品種改良が進んだが、在来種の野菜は、もともと人間に食べてもらうために生きているのではなく、自らの命を次の世代につなぐために花を咲かせ、実をつける生命活動をしているにすぎない。
その植物を、「これは根が食べられる」「葉がおいしい」と選び取り、人間は野菜として食べこなしてきた。伝統野菜とその調理法には、野菜と人間の、そんな昔ながらの“付き合い”や食べこなすまでのストーリーが垣間見えるようで、味わい深い。
写真
右上 :松舘しぼり大根 松舘しぼり大根は、地元でも葉を落として販売するそうで、我が家に届いたのも葉がなかったが、Sさんに頼んで、葉つき状態の大根の写真を送ってもらった。葉のほうがボリュームがある。
左下 :しぼり汁でそば! オーソドックスに、そばの薬味にしていただく。右手前が搾り汁、後ろが搾りカス。地元のひとは「捨てる」というが、もったいない気がして搾りカスも食べた。うーん…辛い!
(文中の画像をクリックすると大きく表示されます)
1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。