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2020年11月30日
令和X年の農業者(その2)
中山間地域の農業経営者Bさんの場合(1)「中山間地域の農業の維持」
●Bさん:大学卒業後に県外に就職していたが、30歳で帰農して就農20年目となる。現在は水稲主体の基幹農業者
●先生 :Bさんの両親がニラを栽培していた関係から、彼とは旧知の普及員OB。
■はじめに
Bさんの集落は中山間地域に属しており、水稲以外に目立った農産物は生産されていない。かつて、JAの主導でニラ栽培が、集落の高齢者主体に営まれていたが、現在ではすっかり下火になっている。
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Bさん:「先生、中山間集落の農業を維持するのは難しいですね。最近、つくづく感じています。私の集落の水田は、台帳上は25haですが、沢田はすでに自己保全管理。現況は、ご多分にもれず耕作放棄地化しています。先人の米づくりにかける意欲は理解できますが、いかんせん、沢田で機械化は無理ですから、荒れ果てるのは当然だと思います。耕作放棄地と生産調整を一緒に論じる人がいますが、地域のことを理解していないと思います」
「残りの20haのうち、水条件や排水条件を加味すると、これからも耕作可能な水田は15haになります。この面積だと、水稲だけで経営するのは難しい規模です。集落には1経営体だけで、他は農業以外です。問題なのは1戸だけでいいのかということです」
「地域の水田は水路の保全管理が必要ですが、1戸だけでは難しい。多面的機能支払制度で、地域住民の参加をお願いして維持活動を進めてはいますが、年月が経つと、水路の維持のための共同活動に、非農家の参加は難しくなるのが実情です。かつて私の集落でも、中山間直接払の交付金を受けていましたが、参加者が激減するとこの制度自体、危ういものになっているのです。それでも、この支援施策で農村らしさを維持できていると、実感しています」
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先生:「米以外の作物は?」
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Bさん:「もう20年も前の話になりますが、先生もご存知のとおり、高齢者の手間稼ぎとしてニラの産地化を図ったことがありました。当初は結構うまくいきましたが、次第に衰退してしまいました。ニラ自体は数年サイクルの更新で良く、高齢者向けの園芸作物だったのですが、労働力不足は深刻で、その波には逆らえませんでした」
「今一番懸念しているのが離村です。離農で農地に対するしがらみが薄くなったら、次は離村となります。離農した農業者の次世代の多くは農外収入を得ています。この人達の離村のきっかけは、住宅の建て替えやジュニアの就職などです」
「住宅を建て替えるなら、利便性の良い地域と考えるでしょう。次世代がこの地域に留まり、農業で生活を維持する可能性が全くないなら、当然のことです。住宅関係の職人も同じです。この地域は住宅の新築やリフォームの現場がほとんどなく、遠距離の仕事しかないそうです。要するに、離農の次は離村の波が目前に迫っているといえます」
「現在も、私のような基幹農業者に農地を集積・集約する動きが進められていますが、私が暮らしているような中山間地域は、水田の耕作条件が極めて悪いこともあり、担う農業者の都合を優先すべきです。先生は推進側の人間になるのかな?」
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先生:「数年前から、農業者の負担なしで水田の基盤整備を実施できる制度が始まっているが、Bさんはこれを利用する気はないの?」
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Bさん:「農業経営の側面から考えれば、基盤整備をやりたいのはやまやまですが、住民の中には、これ以上便利になったら離農と離村に拍車がかかるから反対だ、という人がいます。彼らの考えに同意はできませんが、気持ちは分からないでもありません」
「水田15haくらいなら私一人でも耕作可能ですが、この規模では収益性は不安です。それよりも、アガサ・クリスティの有名な推理小説のように、農業者が『そして誰もいなくなった』という将来も不安です」
「集落から人がいなくなったらと考えると恐ろしいです。離村は、経済的な破綻による農地の処分や、高齢の後継者が他地域に定住するなど、以前はどちらかというと後ろ向きの理由が多かったように思います。手放された農地は、集落で何とかしていました。それだけ、『地域の農地は地域で守る』という機運が強かったように思います。しかし最近は、積極的に農地を処分したいという話が多いようです。農村は、良くも悪くも農業と生活が一体的に営まれているのが特徴です。生活と農業が分離されれば、この地域に居住する意味が薄れてくるのも理解できます。多くの住民が農業に関与していれば、また違った展開になるのですが」
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先生:「昭和40年代に一挙離村や挙家離村が進められたね。この話は知っている?」
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Bさん:「先生、私は生まれてもいませんよ。でも、同級生の親がそういう経験をしたことは聞いたことがあります」
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先生:「当時の離村は、自然災害や大規模開発などが要因だったと記憶している。Bさんの話を聞いていると、5年スパンで急激な変化が山里に起きそうだね。そういえば、20年前には、分校や小学校の統廃合には強固な反対論が地域にあり、相当難しい行政課題であったけれど、最近はそうでもなく、案外あっさりと地域の同意が得られると言われているね。当時、学校は地域の拠点施設で、精神的な砦だったのだと思う。時代が変遷し、若年人口の急激な減少と、必ずしも地域での生活基盤が磐石ではなくなったことが要因だと、自分なりに解釈している。米価の低下と栽培面積の現象や木材価格の低下など、地域の所得確保の機会が激減し、集落の大半の生活基盤は、すでに都市部にあって久しいということかな」
「他地域でも盛んに集落営農が進められたね。Bさんの集落では、この話は出なかったの?」
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Bさん「私の地域でも話はありましたが、懐疑的な声が多く、合意には至りませんでした。当時のリーダーは相当がんばり、役場からコーディネーターを派遣してもらい、ワークショップなどもありました。地域農業の課題を集落全体で共有し、解決を図ろうとしたものです。それに至らなかった理由を強いてあげるとすれば、最後の最後まで自分で営農するという高齢者が多かったことだと思います。『倒れるときは前向きに倒れる』と。あの話には圧倒されました」
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先生:「この期に及んでは、あまり選択肢はないように思えるね」
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Bさん:「最近面白い話を聞きました。この地域の多くの家では、屋敷内に庭木を植えています。冬は積雪が多いため、頑丈な雪囲いが必要になります。ある日、集落の高齢者が植木を切っていたので、どうしたのかとたずねたのです。その高齢者は、子供たちに迷惑をかけたくないから、自分の体が動くうちに処分するのだと言っていました。この話を聞いて思ったのですが、水田も、委託に出したいと希望する高齢者が多くなったような気がします。庭木の伐採と同じく、自分が元気なうちに店じまいしたいということかもしれません。しかし、私はそれを直ちに『はいそうですか』と受託することはできません。経営的に割に合わないからです。私もボランティア的な、地域への思いはありますが、共倒れは勘弁してほしいのです。これでは本当に『誰もいなくなった』ですね」
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先生:「それでは、Bさんはどう考えているの?」
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Bさん:「最初に、経済活動ができるような水田の基盤整備が基本です。同時に、地域の多くの人が農業に関わることができる仕組みづくりが必要だと思っています」
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先生:「集落営農のこと?」
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Bさん:「先生、先ほども話しましたが、私は、集落の合意が必要な集落営農や、集落ぐるみの農業法人は嫌いです。いろいろな生活スタイルの人の最大公約数のような意識を持った経営を余儀なくされるし、経営者の意思決定の責任とリターンが釣り合っていないからです。それに、合意に時間がかかりすぎる心配があり、これでは満足のいく経営ができそうにありません」
「知り合いに集落営農法人の代表者がいますが、いろいろ大変だとこぼしていました。法人なのに集落の機能をあわせ持っていて、何ごとも迅速に決められないと言っていました。このような話を聞けば聞くほど、農業経営にまで集落の掟なるものを入れてはならないと心に決めました」
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■集落の行く末は?
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先生:「今後、Bさんの集落はどうなって行くと思う?」
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Bさん:「たぶん、農地中間管理事業を活用した水田の基盤整備を、関係セクションに要望していくことになると思います。その際、水田を15ha、畑地を10ha整備してもらいたいと計画しています。集落の多くの人に、これからも農業に関与してもらいたいからです」
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先生:「その話はBさんにお願いしたい。これまでの区画整理は、経営規模で5、6haを想定した30a区画が多かったが、現在は、平場で1~2haの大区画が一般的になっている。この集落のような、中山間地域の傾斜地の水田だと、大区画の整備は難しい。そこで、必ずしも長方形に整備する必要はないのではと、議論してもらいたい。農業機械のスペックが高くなっているので、不整形な田型でも対応できるのではないかと。また、農道はこれまでとは違って、生活道路として利用する可能性が低いので、かさ上げしない設計、要するに、水田の枕地を極力減らす工夫をしてもらうのが視点になるだろうか。同じような考えから、用水・排水は管路化、地中化だが、これらの方式も検討すべき。明きょの場合、水路の管理労力も多くは期待できないと思うからだ」
「Bさんの話の中で、畑地整備の話があったね。畑地整備も法面の構造と一体的に検討してみてはどうだろうか」
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Bさん:「良い話を聞きました。可能な限りのコスト低減と、傾斜地の法面管理を考慮した基盤整備ですね」
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先生:「同時進行で議論すると話していた園芸産地だが、少し前に、農業競争力強化支援法が施行されたのを知っているかな? これは従来の青果市場の再編とも関係が深いのかもしれないが、JAの野菜産地に対する考えた方を大きく変えるきっかけになるかもしれないと思っている。すでに、花き分野では、受注に応じた切り花や鉢物の商品を生産している農業法人が多くなっている。供給側のキーワードは"農場提携"だろうか」
「野菜生産の分野でも、この傾向がますます強まるのではないだろうか。特定の野菜品目では、農業法人の資本の提携も促進されるのではないかと感じている。この流れを主導していく力が一番あるのはJAだと思う。このような動きを先取りするJAが出てくるのではないだろうか。BさんのところのJAはどうだろう」
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Bさん:「具体的にはどんな動きになるのですか」
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先生:「全国の気象条件の異なる複数の農場が提携して、契約先に生産物を供給する動きだ。消費量が増加しているブロッコリーの、800haの農場の資本提携の話題を聞いたことはないかな? 長期間、一定量を納品する体制づくりもできる。農業生産は気象条件と向き合わなければならないので、全国展開が必要ということだ。製造業は製造拠点さえあれば地域性は直接関係ないからね」
「これから産地づくりをするのであれば、FCPシートがないと事業者と具体的な商談がしづらいよ。早めに作成しておいた方が良いと思う」
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Bさん:「野菜も可能性があるのですね」
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先生:「その通り。人手不足は全国どこでも同じだから。この地域でも有効求人倍率によって様相は常に変化しているが、手間のかかる野菜は高値安定。これが最近の傾向かな」
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Bさん:「人口減少はマイナスだけではなく、チャンスがあるということですね。早速FCPシートを作ります」
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先生:「寂しいことだが、中山間地域の農地は急激に耕作を止めざるを得ない状況になると思う。稲作の分野でも、いずれ需給が締まってくるかもしれない。この地域に起きていることは全国共通の問題だからだ。そうなると、少しでも長く稲作を続けられる選択肢を確保することは、必ずしも消極的な選択肢ではないね。むしろ積極的な選択肢とも言えそうだ」
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Bさん:「少し前に、テレビでコンパクトシティの番組を見ました。個々の自立した経済視点を持たないこの構想は、一定の生活費を稼ぐ選択が割合容易にできる、都市部だけの都合のように感じました。都市周辺の農村集落は、都市のサテライトにはなれそうにありません。移動手段と重点的な都市機能に焦点を当てた社会的経費の再配分の一面的な構想にほかならないと、番組が進むにつれて暗澹たる気持ちになりました。もちろん、人口減少社会の急激な進展は理解できるし、都市機能が充実することで農村機能も恩恵を受けることは分かります。この構想は、東京と地域で起きている構図を、地方都市と周辺集落に移しかえることなのではないかと感じたからです」
「話が変な方向に行きましたが、地方都市の住宅街に移住した人達は、寂しそうです。都市居住者も、定年後は寂しいと聞いています。単純に、生活の利便性だけが幸せの証とはならないようです。この地域の雪の中で暮らす半年間は大変ですが、地域にとって、根源的な議論が不足しているのかもしれません。哲学的な議論を言っているのではありませんが」
「私は、農村で暮らすという選択肢を、もう少しの間、引き伸ばしたいと思います。20、30年後のことは、あまり考えていません。むしろ考えないようにしているのかもしれません。生きるということは当然、経済活動が基本になりますから、私は、私の経営を最優先に取り組みたいと考えています。高齢者にも、不足する生活費は自ら稼いでもらうのが自然です」
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先生:「具体的な視点が整理されてきたね。多くの地域で課題になるのが収益源の拡大だ。集落営農というと、収益の再配分は構想しやすい反面、拡大となると、多くの課題が待ち構えているね。高齢者を含めた担い手不足が深刻化していて、選択肢はそれほど多くないというのが現状のようだ。Bさんの集落はどのように考えているのかな」
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Bさん:「おそらく私は集落の水田のすべて、15haを担うことになると思います。集落の方々は、10haの畑地で園芸作物を作ればいい。現実には、集落内の各自の経営のすべて、例えば流通や販売まで担うのは難しいと思います。JAがもっと活躍してくれたら実現性が高くなると思いますが、私の構想どおりに物事が進むとも思えません。しかし、地域の農業を、農業法人とはいえオンリーワンで担うのは、危険この上ないことだとも感じています」
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先生:「確かにBさんの言うとおりかもしれない。Bさんの法人経営も集落の方々の経営も、地域にとってサービスだと仮定すれば、競争することによって、より良いものになっていくのだろう。現状容認の「待ち」の考えが地域を席巻するからね。単純に結論を出すには、いささか問題がある。いくら超高齢化地域だからといって、行政がすべてを担えるはずはないし」
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Bさん「だから、私は自分の将来は自分で考えるのが重要で、その際の選択肢を多く用意することが大切だと感じています。誰かのおしきせではなく」
「この地域を離れる人もいると思います。この場合は社会的減少ですが、自然減とともに人口減少社会を容認するしかないのです。この地域に最後まで残った住民で、地域社会を再構築するしかないと考えることにしています。先生はどのように思いますか?」
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先生:「Bさんの、現状を受け入れるところから地域振興を考えるという視点には、強く共感するが、『この地域に居住できる住民は、体力と気力と知力のある人間に限られるのか?』という批判が出るかもしれないね。しかし、無理してこの地域に留まる意味がないケースもある。一般論になるが、福祉の要素が入る場合と違って、残るも移るも、幸福感は個人的な主観が大きく左右するから、可能性はどちらも同じかもしれないね」
「この地域の急激な人口減少を容認せざるを得ないのなら、住民自らが将来を決定しやすいよう、残りやすくする、移りやすくするというように選択肢を増やすBさんの考え方は、多くの住民に対して説得力がありそうだ。社会的課題への対応として、生産場面で新しい変化が生じてきていることを話したが、この流れを具体的に形にしていくのは、次世代の担い手になるかもしれないね。そういう意味で、集落の将来を現時点の議論だけで決めつけないで、次世代の担い手へ選択肢を多く残すという考えは、非常に合理的で夢がある」
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(注:これは架空の話です)
●写真上から 水田の畦畔で花咲くツルボ、水田の畦畔にはアジサイが植栽されることもある、中山間地域では鳥獣被害のためスイートコーン(雌ずい)が少なくなった
昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。