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「野菜ソムリエ」の元気を作るおいしい食卓【36】

2016年12月20日

冬の江戸東京野菜めぐり    

野菜ソムリエ・アスリートフードマイスター 田代由紀子   


 冬野菜の出そろうこの季節、伝統野菜として近年脚光を浴びている「江戸東京野菜」も、さまざまな品種の冬野菜が収穫時期を迎えています。今年はダイコンを中心に伝統野菜ゆかりの地を訪ねてみることにしました。


■粋な江戸っ子が好んだ「亀戸ダイコン」
 江戸の末期、亀戸の香取神社周辺で栽培が始まったとされる亀戸ダイコン。その香取神社を訪ねました。

 スタート地点は、京橋の大根河岸青物市場跡。水運が盛んだった江戸時代に、各地の青物、とくにダイコンが多く集まる京橋川に市場が設けられ、そのようすから大根河岸と呼ばれたのがこの地です。昭和10年に築地に市場が移るまで、庶民の台所を支える市場として栄えたとのこと。ここから隅田川、小名木川、中川をさかのぼり、香取神社をめざします。途中の橋のたもとには参勤交代の「入り鉄砲に出女」を取り締まっていた番所跡の碑が残り、川が物資や人を運ぶ重要な水路だったことがうかがえました。


 香取神社には、亀戸ダイコン栽培の中心地であったことを示す「亀戸ダイコンの碑」が建てられています。亀戸ダイコンは、春先の青菜が少ない時期に葉ごと食べられるダイコンを「われ先に」と競って食べたと言われるダイコンです。突然変異で生まれたという茎まで白い姿も、江戸っ子に好まれたようです。


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 明治以降、水運の便のよかったことから農地が工業地に変わってしまったため近隣に産地が移り、現在は生産者が数軒になってしまいましたが、地元の小学校や商店会が亀戸ダイコンを栽培し、町おこしを行っています。


■百年続く漬物用ダイコン「東光寺ダイコン」
 東京都の西部、日野市で100年もの間、絶やすことなく種をとり続け栽培を行っている東光寺ダイコン。その圃場と、漬物用として出荷するための「干し」作業を見学してきました。


 整然と並ぶダイコンをテンポよく抜き、並べていくさまは、見ていて気持ちがいい。そう思う間もなく、60cmを超える長いダイコンを抜く生産者の奥住さんの額に汗が光ってきました。1日に500本ものダイコンを一人で収穫するというこの時期は、話しかけるのもためらわれるほど忙しいのに、収穫のようすや東光寺ダイコンの特徴について話を聞かせてくれました。圃場を変えずに連作していること、土壌消毒もしていないこと、ダイコンを抜くと細い根の「プチッ」という音がすること、今年は雨が多く土が重いためとくに収穫が大変なことなど、現地へ行かないと知り得ない話が聞けました。


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 「干し」作業はご両親が行っています。きれいに洗ったダイコンの大きさをそろえて紐をかけ、束ねていきます。太いもの細いもの、お得意様の好みに合わせて出荷するとのこと。すでに干してあるダイコンも含め、収穫したダイコンはすべて「予約済み」ということから、根強いファンがいることがわかります。私もご夫妻の優しい指導を受けて紐かけを体験させてもらいました。ダイコンに紐をかけるまではよかったのですが、束ねたダイコンの重いこと! 持ち上げるのにひと苦労でした。


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 東光寺ダイコンは水分が少なくほのかに苦みがあるので、ほぼすべてが漬物として加工されます。食育の一環として、地元の小学校では児童が東光寺ダイコンを育て、ダイコン漬けを作り、学校給食で食べているそうです。

 今回訪ねたふたつのダイコンゆかりの地。どちらも地元の子どもたちが復活に関わっていると知り、うれしい気持ちになりました。

たしろ ゆきこ

野菜ソムリエ・アスリートフードマイスター。「楽しく、美味しく、健康な生活を!」をコンセプトに野菜についてのコラム執筆、セミナー開催、レシピ考案などを行っている。ブログ「最近みつけた、美味しいコト。。。」で日々の食事メニューを発信中。

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