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2024年8月 8日
夏の虫――飛んで火に入ってほしいけれど
今年のわが菜園は、異変ばかり起きている。いつもなら難なくできる苗づくりでつまずいたのに始まり、その後の生育も尋常ではない。
年数こそ重ねているが、いつまでたってもミニトマトひとつ満足に育てられない万年素人だ。せっかく自分で育てるのだから、無農薬の完熟ものを食べたい。だが、それが叶うのは最初の数個だけで、あとは酸味の強いでき損ないばかりとなる。
いや、そう言ってはミニトマトに申し訳ない。非は、われにある。堆肥を施し、肥料も水もマジメに与えているつもりなのに、地力がない。家庭菜園のたくみな友人に、そう診断された。
虫の出方からして、今年はおかしい。カメムシが大発生して農家の人たちは苦労されているようだが、わが家も同じだ。もっとも同じカメムシでもわが家の場合には基本的に、ホオズキカメムシである。
だからこれまでもたびたび、話題として取り上げた。むかしはカメムシを「ホウ」と呼んだから、ホオズキカメムシはカメムシの中のカメムシ、本家本元のカメムシなのだといったことを書いたりした。
左 :比較的うまく育ったミニトマト。だが、あとに続く良果がない
右 :茎に針のようなくちを刺して汁を吸うホオズキカメムシ。こんなにもすごい針だったのかとおどろくばかりだ
しかし幸いなことに、ここ数年は鳴りをひそめていた。いても、たいした被害はなかった。それなのに今年はどうだ。わがなけなしの狭い菜園で猛暑にめげず、もしかしたら暑さを利用しているのか、暴れまくっている。
これまでの経験だと、多くの場合はピーマンがやられ、運が悪いとナスにも害が及ぶ。ところが今年は、ミニトマトの被害がとくに目立つのだ。
実ができ始めた当初は、いつもは見かけないオオタバコガと思われる幼虫がしきりに食い荒らした。実の中に入っていたり、デカくなると外側からかじる方が手っ取り早いと考えるのか、この園主が近づいても平然とむしゃぶりついていたりした。
そうなったら、ふだんは心やさしい園主も黙っていない。果軸からポキッと折ってポトンと落とし、パソコンでいえば、デリートだ。そうしたオオタバコガに食害される実があまりにも多く、閉口していた。
左 :これはナス。けっこうとげとげしい株なのに、ホオズキカメムシは意に介しない
右 :できたばかりの青い実を食べるオオタバコガの幼虫とおぼしきイモムシ。ことしはやたらと目につく
それなのに菜園の不幸は続いた。伏兵として現れたのがホオズキカメムシだ。
最初は、たまに目につく程度だった。食用ホオズキを育てなくなってから、以前のように大発生することはなく、宝石のような卵を見る機会もぐんと減った。嗚呼、それなのに......ホオズキカメムシの大家族が居すわり、いまでは手がつけられなくなっている。酢と焼酎、唐辛子を混ぜて惜しげもなく振る舞うのだが、もっとよこせと催促するかのようで、効果はない。
野菜作りも毎年同じでは、能がない。そう思って今年は、数品種を植えた。常連の「アイコ」だけはわかるが、品種名を書いた札もどこかへ消えたいまとなっては、どれがどれだかわからない。
ひとつだけはっきりしているのは、「アイコ」ではない品種、なんとなくサクランボを思わせる品種が集中的に襲われているということだ。初めて育てて初めて食べ、気に入った。手にした感じはサクランボそのもので、とても甘く、やわらかい。嗚呼、それなのに......なのである。
非力の園主はいつかは去ってくれるだろうとかすかな期待をこめて自家製の撃退薬をシュッシュと散布するのだが、平和な時がいつ訪れるかは神のみぞ知るといったところだ。
右 :品種名は忘れたが、サクランボみたいに甘くてお気に入りのわが家の新作ミニトマト。それなのに、ホオズキカメムシ軍団にも目をつけられてしまった
そこへ、アオドウガネが参戦した。
まずは何年たっても実のならないポポーにやってきた。実はならずとも、枝を切るだけで甘い香りが漂う。
だからというわけではないのだが、アオドウガネのような鼻がきく連中にはもっともっと芳醇な香りとして認識されているのだろう。仲間をどこからか呼び寄せ、葉という葉に、穴あき模様をこしらえていく。
そのうちモロッコインゲンがつるを伸ばし、実をつけ始めた。すると「こっちの豆もイケますぜ!」とばかりに、モロッコインゲンへと移動した。
ヤツらの許せない行動のひとつは、葉を食い荒らすだけでなく、糞をやたらとばらまくことだ。
いや、実際にはまいていないのだが、マナーなんてあったものではなく、汚しまくる。だから、たまらん。
左 :アオドウガネに食害されて毎年ぼろぼろの葉になるポポーの木
右 :カップルのようにみえるアオドウガネ。ポポーの木から始まり、手あたり次第に葉をかじり、糞で汚すようになる
オオタバコガに始まり、ホオズキカメムシ、アオドウガネとわが菜園は災難続きである。
だが、それでおわりではないのが、今年の特徴だ。
何年ぶりなのか記憶にないくらい久しぶりに、スイートコーンを植えた。珍しい品種だからと、友人がタネを数粒くれたからだ。最初は頼りない感じだったが、何回かの雨を経て勢いを増し、つややかでふさふさとした絹糸を見せてくれた。
俗にいう「ひげ」だ。懐かしく、うれしくて、食べられるのはいつだろうと思いながら、暑さの中、水を毎日やった。
ところがアオドウガネは、それにも目をつけたのである。
茎の下の方の実がふっくらとしてきたので、雄穂をカットした。かつての経験から、そうすればアワヨトウの被害が防げると考えたのだ。それなのにアオドウガネは、「だったら、ワレワレがイタダコウ」とばかりに再び集結した。
いまになって思えば、スイートコーンの茎をモロッコインゲンの支柱にしようとしたのがよくなかった。われながら良い考えだと思っていた自信作ならぬ〝自信支柱〟となるはずたったのに、うまくいかないものである。
アオドウガネの横暴、許すまじ!
見つけてはアチラの世界に行ってもらい、どうにか姿を見なくなった。スイートコーンに飽きたなら、幸いなことだ。
実にしがみついていたのは見たのだが、ヤツらはどうも絹糸までもズタズタぼろぼろにしていたようである。いくら暑いからといって、スイートコーンの絹糸までショートカットにすることはなかっただろうに、あとの祭りである。中身の充実にまで害が及ばなければいいのだが......。
左 :丸刈りにされたスイートコーンの絹糸。現場をおさえてはいないが、犯人はおそらくアオドウガネだ
右 :ふくらみを増したスイートコーンの実にやってきたカメムシ。クサギカメムシの幼虫と思われる
それでもアオドウガネは消えた。これでひと安心だ。
と思ったら、なんということだ。こんどは新手のカメムシがやわなスイートコーンの実に張り付いている。
まだ幼虫だが、あしに白い帯がある。おそらく、クサギカメムシだろう。数匹しか見えないが、この先どうなるのか。異変続きの菜園の運命やいかに――。
庭に出ればとにかく、虫の悪口が言いたくなる。ふだんは虫好きと称しているのが恥ずかしい。
そんな園主がなにげなく目にしたのは、これまたなぜか久しぶりに花を咲かせたウマノスズクサだ。
もはや恒例になっているのだが、そのウマノスズクサの葉を食草にするジャコウアゲハが大量に発生し、つるも含めて地上部が見えなくなるまで食べていく。それなのに今年は、ジャコウアゲハが寄ってこない。それでウマノスズクサが開花にまでこぎつけたようである。
うれしくなって花の写真を撮ろうとしたら、ハエがとまっていた。ウマノスズクサの花は、食虫植物として有名なウツボカズラに似ている。さては花が、ハエをえじきにしようとしているのか?
花はいくつも咲いている。そこでいくつか丸いふくらみをカットして中をのぞいてみると、かなりの確率でハエが飛びだしてきた。
ひと花に数匹入っていることもあったが、カットされて出口が現れたと悟ったのか、パッと飛び立ち、どこかへ消えた。
左 :ウマノスズクサの花にとまるハエ。人間には悪臭でも、ハエは芳香と感じるのだろうか
右 :筒のようになったウマノスズクサの先には丸い部屋がある。その中にハエがいた。筒の内側には外に戻れないように、逆向きの毛が生えている
食虫植物の場合にはハエを、そのまま自分の栄養にしてしまう。だが、ウマノスズクサはそうではないようだ。
ウマノスズクサには雌性先熟という性質があり、咲き始めの雌期には内側の毛が逆向きに生えていて、においに誘われて侵入したハエは逃げられない。そのハエに花粉がついていれば、閉じ込められたことで受粉できる。
ところが雄期になると毛が縮み、花粉をつけたハエは侵入しても抜け出せる。そして身につけた花粉とともに雌期の花の中に突入する。
花が雌期であろうと雄期であろうと、結局はウマノスズクサに利用される。いやはや、なんともたくみな受粉方法だ。
そんなことも知らなかった園主はそこで、ハタと気づいた。
うまくいけば、いまだ見ぬ実を目にすることも可能ではないのか。だとしたら今年は、なんとも良い年ではないか。
ハエさん、ありがとう!
虫にほんろうされたような夏だが、害ばかりではなく、益もどこかに隠れている。
かくして、にわかハエ好きがここに生まれたのだった。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。