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2022年12月 8日
謎多き落ち葉の冬星――テントウムシ
寒いはずの冬に、テントウムシの幼虫を見る機会が増えている。
初めて見たときには、ポカポカ陽気に誘われて散歩でもしているのかなと思った。人間である自分がこうして出歩いているのだから、虫だってそういうこともあるのだろうと。
でも、よく考えてみたら、いまごろのテントウムシは成虫で冬越しをしているか、さなぎでじっとしているのが正しいあり方ではないのか? だとしたらコイツは、ちょっとおかしくないか?
そんなふうに思った。
右 :「寒いね」「ああ、寒いね」。そんな会話でもしているようなテントウムシの幼虫だった
注意していると、ナマコみたいな幼虫の姿でうろちょろしているものは意外に多い。
ナミテントウとナナホシテントウがよく目につく。ほかのテントウムシに比べると大柄だからということも、数が多いことも関係するのだと思うが、それにしても多すぎる。
葉の上にいるもの、石の上を歩いているものと、その行動スタイルもいろいろだ。
もちろん、木の皮の下に隠れたり木の名札の裏にとまったりして、きちんとした越冬態勢をとるものもいる。だが、それらとは別に、冬場の放浪虫が一定数いるということだ。
人間の世の中だけでなく、虫の世界もなんだかおかしい。
おおげさに騒ぐほどではないのだが、やはり気になる。ざっと見た感じ、圧倒的にナミテントウが多い。
ナミテントウは、背中の斑紋によって4種類に大別される。紅、二紋、四紋、まだら紋の4型だ。
いってみればナミテントウのファッションだから、見かけは異なれど中身は同じ、いずれもナミテントウである。だから斑紋が異なる同士で交尾をしてもちゃんと子孫が生まれるが、その斑紋型は一定しない。それで遺伝の実験に用いることがある。
左 :紅型の斑紋を持つナミテントウ。「ゴマダラテントウ」とでも呼びたくなる
右 :黄色の紋の中に黒目のような模様が見える二紋型ナミテントウ。なんとなく、人相(虫相?)が悪い
左 :黄玉4つの四紋型ナミテントウ。わが家のまわりでは珍しい
右 :斑紋型のナミテントウ。このタイプもわが家のまわりで見る機会は少ない
アレとコレを掛け合わせたら、どんな割合で現れるのか。そんな遊びにも似た飼育実験をしたこともあるが、狙いがあってしたことではないから、すぐに飽きてしまった。
だが、野外にいるナミテントウの斑紋を見るくらいなら、できそうだ。散歩がてらのウオッチングでいい。
「えーと、これは黒いところに黄みがかった丸い紋だから、二紋型だな」
黒地に赤いもの、丸い中に目玉みたいに黒い部分を持つものもいるが、いずれも二紋型に分類される。
「ほほう。おまえさんは赤地に黒い星か。だったら紅型と呼べばいいな」
そんな調子でながめるだけだから、簡単だ。
そんなことをたびたび、思い出したようにしてきた。
きちんとした統計をとればミニ研究っぽくなるのだが、なにしろ飽きっぽいから、すぐにほかのことに関心が移る。ミニとプチのどちらが上なのか知らないが、プチ生物研究家の実体はまあ、そんなものだ。
テントウムシは世界で6000種、日本では180種知られると聞けば、それだけでびっくりする。それなのにナミテントウという種のからだの斑紋が4型に分かれ、しかもそれぞれにまた個体差があって斑紋は結局、200種類にも分かれるというから、うっかりすると別種なのに「ああ。また、ナミテントウか」と見のがしていたかもしれない。
左 :松とみれば最近は、クリサキテントウを探すのが習慣になってきた。でも、いまだに発見ならず。難易度が高い
右 :クリサキテントウの標本。生きていたときのつやはないが、それにしてもナミテントウにそっくりだ
いつか生きているものをと願って探しながら、まだ見ていないテントウムシがある。松林にいて、松につくマツオオアブラムシしか食べないといわれるクリサキテントウだ。
そのテントウムシがナミテントウにそっくりで、ナミテントウも松で見つかることがあるという。ナミテントウに比べると、はねの先がとがった感じらしいが、生きている状態で見たことがない。
さらに困ったことに、クリサキテントウにもナミテントウと同じ4つの斑紋型があるそうだ。
そんなことも知れば、なおさら見てみたくなる。そっくりさんだから、そこにいても区別できるという自信はまったくないのだが、興味はわく。だから松林に行けば、マツタケよりもクリサキテントウを探すのだが、チャンスはいまだに訪れない。
それにしても180種もいるテントウムシだ。ナナホシテントウ、ナミテントウ、キイロテントウぐらいはよく目にするが、そのほかとなると、運がものをいう。
体長5mmもないような小型種になるとなおさらだ。最近おもしろいと思ったのは、ムツボシテントウである。体長は3mmほどだが、カメラのレンズを通して見るとつやつやしていて、それなりの存在感がある。紋というのか、いわゆる星の数は6個だから「ムツボシ」となったのだろう。
だが、それで終わったら、このテントウムシの魅力は伝わらない。
驚くことに、日本ではまだオスのムツボシテントウが見つかっていないのというのだ。それなのに絶えることなく、種として存在するし、存続している。ということは単為生殖をしているのではないかという見方がもっぱらだ。
そう聞くと、とたんに興味のグレードが上がる。閑散期に泊まろうとしたリゾートホテルで、「きょうはアップグレードしておきました」とフロントで言われたぐらいのヨロコビを感じる。
右 :ムツボシテントウ。体長は3mmほどしかない小さなテントウムシだが、いままでに見つかったのはメスばかりだとか。それで単為生殖性だとみられている
昆虫の世界は広いから、不思議な生態を持つものは多かろう。しかし身近で見る虫に限れば、さっと頭に浮かぶ単為生殖もする種類はアブラムシ、アリ、ミツバチあたりで、一部のナナフシではメスだけで繁殖することを自分でも確かめている。
ナナフシでもっとも一般的なナナフシモドキは、メスしか見たことがない。それでも飼っていれば卵を産むし、ちゃんとふ化して育っていく。ではオスがいないかというとそうでもなくて、たまに見つかって話題になる。
単為生殖とみられるテントウムシで一般に知られるのは、ムツボシテントウぐらいではないか。ちょっと変わった生き物が好きなので、オスが見つかっていないというだけでムツボシテントウ愛は高まるのだ。
左 :手のひらサイズにまで育つナナフシモドキのメス。まれにオスも見つかるが、基本的にはメスだけで単為生殖しているようだ
ついでにいえば、ムツボシテントウはトホシテントウに似ていると思う。
と話したら、友人に言われた。
「ムツボシは星が6個だろ。トホシといえば10個だから、間違えようがないだろ」
お説ごもっとも。しかもトホシテントウの体長は成虫・幼虫ともに1cm近いから、ムツボシテントウに比べたら3倍にもなる巨大種だ。それを間違えるなんてことはあるまいと言われた。
星の数はともかく、雰囲気はそっくりだとぼくは思う。
トホシテントウはいわゆる草食性のテントウムシで、農家の人たちが「テントウムシダマシ」と呼んで嫌うオオニジュウヤホシテントウやニジュウヤホシテントウに似て、からだは細かい毛で覆われている。その点でもつるつるのムツボシテントウと間違えようがないだろうと言われるのだが、背中の星を見ているとどちらもピエロの顔のように見えてきて、頭の中でごちゃごちゃになるのだ。
学生時代は柿やトマトの果実表面の汚れや斑点から個々を見分ける研究をして、卒業論文を書いた。いわゆるAとBの間違い探しなのだが、いまにして思えば、よくまあそんな識別能力でパスしたものだ。でもやっぱり、この2種のテントウムシの雰囲気はよく似ている。
トホシテントウは幼虫で冬を越す虫として知られる。秋の終わりにはカラスウリの葉に何匹もとまって葉を食べていたが、いまごろはおそらく、周辺の木の幹やコンクリートの壁などにくっついて寒さをしのいでいるのだろう。
その幼虫をハリネズミにたとえる人がいる。よく言えばそうかもしれないが、もっと似ていると思うのは「ひっつき虫」ことオナモミの実だ。それはムツボシテントウがトホシテントウに似るというよりも多くの賛同が得られるように思うのだが、どうだろう。
右 :トホシテントウの幼虫。ハリネズミにたとえる人もいるが、それよりはオナモミの実に似ているように思う
冬場のテントウムシの幼虫を見ているうちに、あれこれ気になるテントウムシの話に飛んでしまった。
で、またここにひとつの疑問が残る。
しばらくすれば、葉が落ちる。それに、さなぎなら冬を越せるだろうが、たいていは成虫越冬だとされている。
となると、寒さから身を守る術がないようにみえる幼虫の運命やいかに――。
そう思って葉が落ちた場所に出かけてみると、なんとまあ、落ち葉がきれいに掃除されていて、捜索できるような環境ではなくなっていた。
こうしてまたぼくは、解けない問題を抱えて冬を過ごすことになる。
左 :もうすぐ冬だというころ、さなぎになっていないテントウムシの幼虫がよく目につくようになった。葉が落ちたらどうなるのだろう
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。