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きょうも田畑でムシ話【111】

2022年6月10日

ホウネンエビ――年々菜々雑虫多草豊年AB  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 庭で野菜づくりのまねごとをするようになって、二十数年。栽培の腕はなかなか上がらぬが、わかってきたことがある。
 野菜を育てようとすれば、どこからか虫がやってくる。野外に出かけて見る虫とは異なり、当然といえば当然なのだが、野菜をねらう虫たちだ。そして、草もよく育つ。
 ぼくはそれを、「雑虫多草」と名づけた。年々歳々花相似たりというが、わが家では年々菜々雑虫多草ということである。


tanimoto111_1.jpg なかでも手を焼くのが、ホオズキカメムシだ。記憶をたどると、このカメムシの名前の由来にもつながる食用ホオズキを育てたことが始まりである。それがきっかけになったのか、食用ホオズキの栽培をしなくなってもホオズキカメムシの襲撃は毎年、続いている。

 標的になるのはおもに、ナス科の野菜だ。ここ数年でいえば、まず逃げ切ることができないのがピーマンである。苗を植えてしばらくすると、どこからともなくやってくる。それからナス、ジャガイモ、年によりトマト、ヤマノイモといったあんばいである。
 針のような口吻で吸汁されるのが野菜にとってもぼくにとっても痛いところだが、それ以上に憎らしいのが悪臭だ。取り除こうとして数匹捕まえると、猛烈な勢いで噴射する。
右 :毎年忘れずにやってきてくれるホオズキカメムシ。義理堅い虫ではあるが、集団で来られるとさすがに困る


tanimoto111_2.jpg アブラナ科野菜ではナガメの姿が目につくが、同じカメムシといってもナガメを臭いと感じたことはない。それなのに、ホオズキカメムシの臭さといったら、ありゃしない。
 素手でとると手ににおいが残るため、粘着テープでペタペタとハリツケの刑にしたことがある。それでもまた、どこからかすぐにやってくる。それならと今度は木酢液をカメムシに負けず噴射するのだが、しばらくその場から消えても、別のところに現れたり戻ってきたりするから始末が悪い。
左 :すっかり見慣れたナガメ。このカメムシも毎年、当たり前に現れるが、臭くないし比較的きれいなので、「ああ、そこにいるんだね」で終わる。無難なカメムシのひとつだ


 一計を案じて、おとり用のジャガイモを育てている。ジャガイモを調理するとき、芽の部分を欠き落とす。ソラニンやチャコニンという天然毒素を取り除くためだが、その際少し多めに剥ぎ取り、それを庭の菜園に植えておくのだ。
 しばらくすると茎を伸ばし葉を広げ、そこへホオズキカメムシがやってくる。「アホな園主が薬をまき忘れているぞ。ヤレホレ、あっちに引っ越しだ」とばかりの猿知恵ならぬ虫知恵といったところだろうか。
 ジャガイモは葉を食べる野菜ではなく、地下部にある芋を食べるものだ。したがって地上部がいくら攻撃されても、地下部に栄養が行き渡らなくても、無事に収穫できる――というわけにはいかないが、もともと収穫するつもりはないのだから、その点は気にならない。
 うまくすれば地上部が枯れるころには地下に小さな芋ができているから、それを次作の種芋にすることもできる。まあ、そんなおまけもあることでジャガイモのダミー栽培は今年も試みている。


tanimoto111_5.jpg  tanimoto111_3.jpg
左 :ほぼ葉だけのジャガイモに引き寄せられたホオズキカメムシ。調理したときに欠く芽から伸びたものだから、実害はない
右 :葉を丸くかみ切り、苦みが抜けたところで食事を始めるクロウリハムシ。なかなかの知恵者だ 


 キュウリを植えれば、ウリハムシがやってくる。トレンチ行動といって、葉を食べる前にキュウリが出すいやーな物質の通路を断ち切るのか、ミステリーサークルのように丸く切り込みを入れる習性がある。その行動自体は興味深いのだが、その結果、苗をダメにすることもあるから、油断はできない。
 そのほかにもコナガやウワバ類、ハモグリバエ、ニジュウヤホシテントウ、タバコガ、スズメガといろいろやってくる。
 年によって、顔ぶれが変わる。だから虫好きにとっては楽しい面もあるのだが、被害が大きいとやはり困る。全収穫という欲はないものの、できればいくらかは自分の口に入れたい。


tanimoto111_4.jpg いろいろやってくる害虫の中でとくに厄介なのは、数にものを言わせるアブラムシだ。ソラマメを栽培すれば必ず現れる。その探査能力には脱帽だ。
 それでも何回かはアブラムシの攻撃に耐え、小さいながらもソラマメが収穫できた。とはいえアブラムシのあまりの多さに閉口し、最近は育てていない。
 アブラムシが単為生殖をすることはよく知られる。卵を産むのではなく、お尻から自分そっくりの姿をした幼虫を産むのだ。口を突き刺して汁を吸いながら、お尻からは出産する。なんだかオートメーションの工場で、次から次へと商品をつくりだす生産ラインを見ているような気分になってくる。
 アブラムシが多い年は、いくらか被害はあっても最終的には収穫量が多くなる。
 ――といった有益なことわざでもあれば良いのだが、もちろんそんなものはない。アブラムシが多ければ多いほど、作物へのダメージは大きい。
右 :ソラマメのアブラムシ。なんともびっしり張り付いたものである


 「まいったなあ。今年もアブラムシがわんさかいるぞ」
 そんな愚痴をこぼしながら、もう一つの大きな敵であるヤブ蚊の増殖を阻止しようと考える。雨水をためた植木鉢の受け皿や、あちこちに置きっぱなしにした水槽のたまり水を捨てるだけでずいぶん変わる。
 わが家の庭には一年中、空き水槽がいくつも置いてある。その時々で見つけた虫を飼い、その住民がいなくなった後は雨水をためて少しでも水道代を節約しようというケチな魂胆から放置しているのである。
 だがそれも置きっぱなしにすると、蚊の思うツボである。それで時々点検しては、たまった水を野菜におすそ分けする。


tanimoto111_8.jpg そんな毎度の水ひっくり返し作業をしていた時である。軒下に置いたままである小さな水槽が目に入った。
 よほどでないと雨が当たらない場所なので、水がたまることはめったにない。
 ところが数日前、何度かに分けて降った横なぐりの雨のせいで、半分ぐらい水がたまっていた。

 「ああ、ここにもあったか」
 そんな軽い気持ちで水槽を見る。
 と――。
 いたのである。ホウネンエビが!
 カブトエビの相棒とでも呼びたいくらい、田んぼで一緒にいることが多い。そして困ったことに、そのどちらの生き物も好きなのである。
 どちらもそのフォルムが美しい。
 と、ぼくは思う。そしてどちらも、いるところにしかいないという、当たり前にも思えるけれど、選ばれた田んぼでしか見られないという不可思議な習性に心ひかれるのである。
左 :軒下に放置してあった水槽で、ホウネンエビが数年ぶりの眠りからさめた。突然、という感じがうれしい


 その水槽でホウネンエビを飼ったのはいつのことか。
 もはや覚えていない。少なくとも5年は前のことだというおぼろげな記憶はあるが、きちんとした記録がない。
 水槽の底を見ると、ほんの少しの土しか見えない。百円ショップで売っているいちばん小さな水槽の底をやっとこさ覆うことができるほどでしかない。厚さというなら、2mmあるかどうか。
 それなのにその土に卵があったのだろう。雨水がたまったことが引き金になってふ化したとおぼしきホウネンエビが2匹、泳いでいた。


tanimoto111_6.jpg すっかり見慣れた背泳ぎである。何本ものえらのようなあしをしきりに動かし、腹側を上にしてあっちへ行ったり、こっちへ来たり。まっすぐ泳いでいたかと思うと、急に向きを変える。
 しかもおしりには、オレンジ色の尾が2本。江戸時代に「田金魚」と呼ばれたと聞けば納得するしかない美しさだ。
 その仲間が「シーモンキー」として売られ、昭和の少年たちの心を揺さぶった。ぼくももちろん、そのひとりだ。
 わんさかいると、名前も付けられない。しかし今回は、奇跡といっていい2匹だけである。とっさに頭に浮かんだのは、ホウネンエビAとBだった。
 そのあたりがいかにもオヤジっぽいが、「ホウネンエビAB」という発想がすっかり気に入ってしまった。
右 :証拠写真ぐらいの写りだが、これがホウネンエビA・Bだ。腰の卵がより白く見える方がAだが、外見はほとんど同じだ


 外見は雌雄で異なる。目の前にいるAとBは、どちらも同じように、イカ瓶を腰にぶら下げている。イカ瓶というのはコーヒー豆や標本用の種子を入れるガラス瓶のようなカプセルだ。ホウネンエビは、その中に自分の卵をストックする。
 その瓶をどちらも携えている。ということは、AとBはどちらもメスということになる。
 「メスが2匹か。だったら、卵を産んでも育たないなあ」
 がっかりである。


tanimoto111_9.jpg だが、いつの間にか飼育を放棄したように、知識も情報もその時点でストップしている。
 見たところ、卵はしっかり詰まっている。アブラムシのように、雌雄がいるときには交尾をして繁殖するが、そうでない時期にメスだけでふえる単為生殖性があれば、子孫を残せる。
 念のため調べてみると、なんとまあ、メスだけでも繁殖するといった記述が見つかったではないか。
 となれば決まっている。このまま飼育して産卵させ、そのあと土を乾燥させて水をため、ふ化するかどうかを確かめればいいのだ。
左 :卵の色がぼんやりした感じで白い。オスがいなくて、通常の受精をしていないからだろうか


 ちょっとだけ気になるのは、それまでに何度も見たホウネンエビのおかみさんの卵とちがって、色が白く、どことなく輝きが鈍い。これから充実していくのか、オスがいないからなのか、初めてのことなのでわからない。
 当のカブトエビAとBにしても初のことだろうけれど、不安でもあり、楽しみでもあり。ギャラリーとしては楽しみが増す。
 その答えが出るのはまだ先だ。こんどは忘れないように注意していよう。
 といつも思うのだが、そのうちほかのことに関心が移る。
 さて、こんどこそは、ほんとうに――。
 それにしても、思ってもみなかった生き物が偶然見つかるというのは、なにはともあれ、うれしいものである。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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