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2022年3月 8日
モンクチビルテントウ――謎多き小柄のニューフェイス
この冬はずいぶん、木の幹とにらめっこをした。田んぼや畑の近くにある雑木林のふちを歩くと、さまざまな樹木がぼくを呼び込むように感じたからである。それらは表面がささくれだっていたり、ジクソーパズルのピースのようになっていたりした。
樹皮の下で冬を越す虫たちとの出会いは、心地よい知的興奮へとつながる。だから飽きることがなく、場所を変えればそこに潜む住民もまたちがって、なんとも面白い。
暖かくなれば外に飛び出し、あるものは農業害虫となる。その一方でそれらをやっつける害虫ハンターもいて、農家の仕事を助けてくれる。
わくわくする樹皮観察のきっかけをくれたのはウズタカダニであり、赤いからだに水滴のような丸い粒つぶをいっぱい付けた奇妙なダニだった。そして小さなノミゾウムシやカメムシの仲間、いったん外に飛び出したら目につかないようなミニサイズのテントウムシでもあった。
右 :樹皮下にいた赤いダニ。水滴なのか、丸い粒がいくつもからだにくっついていた
なかでもぼくの気を引いたのがテントウムシだ。一般には、アブラムシを食べる天敵昆虫として知られている。
その有名どころは、ナナホシテントウとナミテントウだろう。冬場は樹木の名前を記す木札の裏側で見ることが多いが、わが家の周辺の樹皮下では脇役でしかない。
だからたまに見つけると、その小さいことにはっとする。主役とは天と地ほどの体格差がある。動物園で見る動物と巨大な恐竜くらいのちがいがあるのだ。
左 :アブラムシ一掃計画を実行する前に、増殖作戦を展開するナナホシテントウのカップル
右 :ふ化してすぐに卵の殻を食べるテントウムシ幼虫。共食いも珍しいことではなく、ごちゃごちゃして、何が何だかわからなくなっている
一般的な巨大テントウムシたちは、おそるべき食欲でアブラムシを捕食する。
卵からかえってすぐに自分が入っていたカプセルである卵の殻を食べ、それでも腹が満たされないと、きょうだいであるはずのふ化前の卵まで食べてしまう。それから、のそのそのっそりと、狩りの旅へと出発だ。
自然界はうまくできていて、えさになるアブラムシは驚くほどの繁殖力で次々に仲間を増やす。
卵から幼虫、さなぎ、成虫なんてまどろっこしい手順は踏まない。葉や茎の汁を吸いつつ、お尻からプリプリと幼虫を産みだしていく。
生まれ出た幼虫には、卵の時代がない。いってみれば飛び級だ。飛び級したアブラムシは親虫と同じように細いくちで汁を吸い、脱皮をしてさらに成長する。そしてしばらくすれば、今度は自分が親となって、子を産み始める。まさに産卵マシーンである。
右 :アブラムシとナナホシテントウの幼虫。ものすごい食欲だが、アブラムシも負けずに増え続ける
樹皮下にいたテントウムシでぼくが注目したのは、モンクチビルテントウだ。
体長は3mmあるかどうか。クチビルという名前が気になるが、テントウムシだから、人間のような唇があるわけではない。
だったら背中の模様かと思ってまじまじと見るのだが、これだと自信を持って言えるものが見当たらない。おそらくは紡錘状になった背中の模様の一部を唇に見立てた人がいて、それが名前になったのだろう。
手元の図鑑によると、このテントウムシの雌雄は頭の色で見分けるらしい。黄色がオスで、黒はメス。それを知ってから頭を見るようにしているのだが、頭の黒い個体しか出会っていない。オスがいても卵を産むことはできないから、黒い頭の多い方がいいかもしれない。
気になりだすと、モンクチビルテントウはかなりの割合で潜んでいることがわかってきた。
まれにはクモの網にかかって絶命したようなものも見るが、数としてはまあ多い方のテントウムシだろう。
去年までは、そんなに見た記憶がない。
調べてみると、モンクチビルテントウは外来種だとわかった。1998年に沖縄県に入り込み、それから北上してどんどん生息域を広げているという。
よく似た種に、ヨツボシテントウがいる。背中の模様もそっくり、居場所も同様の樹皮下とあってまぎらわしいのだが、モンクチビルテントウの方は黒い斑紋が横長になっているので区別はできる。
左 :クモの網にかかったモンクチビルテントウ。同じ樹皮を越冬場所にしたための悲劇だろうか
右 :モンクチビルテントウの下にいたヨツモンヒメテントウ(中央)。ほかにも同宿者がいた
そんなことを考えながらテントウムシに着目すると、またまたか、たまたまか知らないけれど、よく似た名前のヨツモンヒメテントウというのがいることも知った。モンクチビルテントウと仲がいいのか、樹皮下を観察していると、一緒になって休んでいる場面によく出くわす。やはり2mmほどの小さいものだから、拡大してからやっと、それだとわかることが多い。
さらに小さくて黒っぽいヒメテントウも、たびたび見かける。
図鑑にはそれに似た感じのハダニクロヒメテントウというのが載っていて、人間でいえば肩のあたりの毛がほぼまっすぐに流れていると解説されている。だが、どれくらいまでならまっすぐなのか、その按配が素人にはわからない。
ということで勝手に、ハダニクロヒメテントウだということにした。正解なら名前の通り、ハダニを食べる益虫として働いてくれるだろう。
ぼくにはどうでもいいことだが、ハダニクロヒメテントウはヒメテントウではなく、ダニヒメテントウ族の一種らしい。
せいぜい2mmか3mmのヒメテントウ族なのに、日本のテントウムシ全体からみると4割にもなる大きなグループだ。しかも外見での区別は難しいと、図鑑には記されている。
興味深いことに、乙姫だとかかぐや姫、鬼の名を冠したものまでいる。だから和名は面白く、知れば知るほど興味がわく。
それらに比べるとハダニクロヒメテントウは、比較的フツーの名前に思える。「ダニ」とあるから、ダニを食べるのだろうなあ、と。
右 :ハダニクロヒメテントウだと思いたいが、正しいかどうかは不明。違っていてもいいから、ハダニをやっつけてくれるといいなあ
ダニもいろいろだが、彼ら小柄のテントウムシよりもさらに小さいコンマ以下のものも多い。だから、1.5mmのテントウムシが0.5mmのダニを食べる場面なら、なんとなく想像もできる。
不思議なのは、モンクチビルテントウぐらいの大きさのテントウムシだ。
アブラムシもまたいろいろだが、農家によく知られたジャガイモヒゲナガアブラムシだと2.5mmはある。そんなに大きなものに襲いかかる3mmのモンクチビルテントウを思い浮かべると......いやはや、なんともおそろしくなる。
いったい、どうやって食べるのだろう?
ちょっと調べたところ、捕えたアブラムシのお尻にかみついて、体液を吸い取るらしい。まさに吸血鬼さながらのお食事作法だ。人間に置き換えると、ビア樽にストローを突っ込んでチューチュー吸うようなものだろうか。
それだけでも圧倒されるが、モンクチビルテントウはまだ許さない。「まあ、まあ、オレの話をよく聞けよ」とでも言いかねない、オドロキの習性があるという。
彼らはなんとまあ、吸い戻し行動をとるのだ。体液を吸われたアブラムシは空気の抜けた風船のようになるが、なぜだかそのあとでまたパンパンになるまでふくらませる。
そのシーンを目撃した観察者は、吸って吐いてを何度か繰り返したと報告している。人間ドックでもそれに似たような検査を受けるが、モンクチビルテントウはもしかして、自分の健康状態をチェックしているのか。
左 :アブラムシを捕食するナナホシテントウ。こうして見るとなんともおっかない
それはともかく、そんなにも奇妙な行動をとるのは、外来種だからなのか?
ほかにも同様の習性を持つテントウムシはいるのだろうか?
機会があれば自分の目で確かめたい。
だが問題は、それ以前のところにある。冬越しを終えて樹皮の外に飛びだしたら、はたして見つけられるのかという素朴な疑問であり懸念だ。
正直のところ、まったく自信がない。ローガンを友とするぼくの目にとってはきっと、大きなハードルになるだろう。
右 :赤いアブラムシを食べるナナホシテントウ。 それで、からだが赤くなった......というわけではない
小さなテントウムシと付き合いだしたことで、もうひとつ、それまでのイメージが塗り替わった。
ハダニクロヒメテントウの見分け方のところでもふれたような毛の話だ。
テントウムシといっても、限られた種しか見ていない。だから益虫であるか害虫であるかの判断基準を、からだを覆う毛に置いていた。
つまり、背中つるつるは良いテントウムシ、毛に覆われていたら悪いやつというわけである。
このルールに基づいてごく身近なテントウムシであるナナホシテントウやナミテントウ、キイロテントウを見れば、その通りだ。えさにするのはアブラムシだったりうどんこ病菌だったりと異なるが、作物を害することはない。
一方の毛が生えたグループとしては、ニジュウヤホシテントウやオオニジュウヤホシテントウが有名だろう。農家は「テントウムシダマシ」という俗称に親しんでいる。
左 :交尾しながら、ジャガイモの葉を食べるニジュウヤホシテントウ。葉を破ることなく、表面だけをかじっている
右 :トホシテントウ。細かい毛が生えている食植性のテントウムシだが、畑に来ないので農家には無視されている
ジャガイモやナスの害虫として知られるから、悪いテントウムシだと言っても、だれも怒らない。野外に目を向ければ、トホシテントウのようなものもいて、同じように毛で覆われ、幼虫の姿も「テントウムシダマシ」にそっくりときている。
そんなことからぼくの頭の中には、毛の生えたテントウムシは害虫であるという判断基準が定着していた。
ところがこの冬にお付き合いいただいた小さなテントウムシの多くは、毛皮をまとっていた。ミニサイズのテントウムシの中では大きな部類に入るモンクチビルテントウにもしっかり、毛が生えている。
そうなると、毛があるから悪者だと決めつけては申し訳ない。
――テントウムシさん、ごめん。
心の中でわびながら、散歩を続けると、コンクリートのブロックに、テントウムシのさなぎがいくつもくっついていた。
おそらく、ナミテントウのものだ。壁は熱をたくわえるから、テントウムシの幼虫たちが冬を越すためのさなぎの場所にしたのだろう。
左 :モンクチビルテントウ。からだが細かい毛に覆われているからといって、悪役とは限らないと教えてくれた
右 :羽化したばかりのテントウムシはキイロテントウにそっくり。これから模様が浮き出るが、さてどんな装いになるのだろうね
ちょうど羽化したばかりの個体がいた。全身がまっ黄色。「巨大なキイロテントウ」とでも呼びたいが、本物はこんなに大きくない。そのうち模様が浮き出て、赤くなったり黒くなったり、まだら模様になったりするのだろう。
わが家でもキュウリを栽培するとキイロテントウがどこからともなくやってきて、うどんこ病菌を食べてくれる。
それはそれで大いに助かる。それはありがたいのだが、ほとんどが白くなったキュウリの葉は、キイロテントウからすると広大な白い海のようなものだろう。すべてを食べ尽くすのは不可能だ。
そんなちょっと厳しい現実があるからか、目の前で見た黄色いテントウムシがキイロテントウの巨大種だったら、農家にもっと喜ばれる。そんなことを妄想した。
右 :うどんこ病菌を食べるキイロテントウ。小柄なので、とても食べきれるものではない
これからは繁殖の季節に移る。アブラムシが先に増え、それを追うようにしてテントウムシも増える。ニューフェイスとも知り合いになったから、今年はテントウムシと付き合う時間が多くなりそうだ。
モンクチビルテントウを漢字で書けば、紋唇天道だろう。
だがぼくは最初、文句・ちびる・テントウと覚えた。ちびるというのは品がないたとえだが、しきりに文句ばかり口にするテントウムシという意味に解釈した。
実際のところ、毛が生えたテントウムシは悪いやつだと文句を言っていたのはぼくの方だ。
モンクチビルテントウは外来種だからと文句を言う前に、いくらか感謝しようと思うのはぼくだけだろうか。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。