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きょうも田畑でムシ話【59】

2018年2月14日

甘やかしすぎたツケ?――ガガンボ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 毎年のことだが、野菜づくりではこの時期がいちばん苦手だ。
 寒いのはがまんできる。厚着をすればいいし、暖かい部屋にいれば済む。問題は、春に向けて菜園の手入れや作付けの準備をしていても動くものが少なく、虫好きの心を満たしてくれないことである。さびしく退屈で、作業もいまひとつ、はかどらない。
 土の中から蛾のさなぎが見つかったり、冬越し中のテントウムシに出会ったりすることはある。まあ、何もいないよりはマシだが、ヨロコビは小さい。


tanimoto59_10.jpg こんな時は、畑よりも頭の中をかき回すべきかもしれない。
 ポッと浮かんだのが、ガガンボだ。
 これが昆虫の名前だとわかる人はともかく、関心のない人にとっては奇妙・珍妙なネーミングでしかない。「もしかして、クイズ?」なんて思われてもしかたがない。
右 :「ガガンボ」の名はどこから生まれたのか。よほど考えないとわからない


 最初に言っておくと、大ざっぱには蚊や蝿の仲間であり、ガガンボ科というグループ名も持つ、れっきとした昆虫群である。しかし、「ガガンボ」という言葉からその意味を想像するのはむずかしい。漢字では「大蚊」と表記するが、これではジャンボな蚊というくらいしかイメージできまい。
 似たものに、ガガイモがある。ぼくの好きな植物のひとつだが、これまたどんなところから生まれた名前なのか、はっきりしない。
 「ガガ」が共通するのでちょっとだけふれると、ガガイモの葉の形が方言で「ゴガミ」と呼ばれるカメやスッポンの甲らに似ているためだとか、かがむようなところに太い茎があるためといった複数の説がある。


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左 :まだら模様のマダラガガンボ。無地よりはだんぜん、いいよね。あしが長いだけじゃ、個性にならないもの
右 :ガガイモが好きなのは、一寸法師のモデルになった神さまがこのガガイモのさやの舟に乗ってやってきたという伝説があるからだ


 では、われらがガガンボはどうかというと、ガガイモの語源説に通じるものはまったくない。
 おそらくは、とよく紹介されるのが「蚊のおんば」を起源とする説だ。
 といわれても、現代人にはわかりにくい。つい最近、平成生まれの若い人と話していて「あばたもえくぼ」が通じないのに驚いたばかりだから、さもありなんという気はするのだが......。
 「おんば」というのは「乳母日傘(おんばひがさ)」の「乳母」、すなわち乳母(うば)のことだろう。乳母に育てられたり、日が当たらないように傘を差しかけてもらったりして、とてもとても大事に育てられることをいう。
 ここまでは辞書を引けばすぐにわかるが、さて、「蚊の乳母」である。それが正しいとすれば、ガガンボではなくてカガンボと考えるのが素直ではないかという人たちもいる。言われてみれば、なるほど、その方が理解しやすい。だが同時に、現代人が発音・発声するにはちいとばかし、苦労するかもしれぬ。


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左 :「蚊の乳母」だからガガンボ。だったら、正しくは「カガンボ」かも?
右 :タンチョウは美しい。そのツルにちなんだ英名「クレーン・フライ」が、ガガンボにはある


 そんなことも影響するのかどうかまったく知らないが、多くはガガンボでもカガンボでもない「カトンボ」とか「アシナガトンボ」と呼びならわしてきた。英名の「クレーン・フライ」、すなわち「ツル蝿」を好む人もいる。ツルにたとえるあたり、まさに乳母日傘で育てられたおぼっちゃま、お嬢さまにふさわしいような気もするが、実際のガガンボを見ると、日本人が想像するタンチョウのような気品までは感じない。


tanimoto59_7.jpg とはいうものの、ガガンボはやはり、蚊を巨大にしたような昆虫であることは否定できない。
 「......ってことはやっぱり、血を吸うのかな?」
 こう尋ねられたことがある。外見が似ていれば、吸血昆虫の仲間であってもおかしくはない。ましてや蚊や蝿と同類などということまで聞かされては、動揺するのもいたしかたあるまい。
 ガガンボの名誉のために言うと、雌雄ともに、血は吸わない。口にするのは花のみつだ。体はデカいが、なにしろ乳母日傘で育てられたのかもしれない出自なのだ。どちらかといえば、か弱い。
 信じられないなら、出あったガガンボをつかんでみるといい。おそらくいとも簡単に、その糸のように細くて長いあしが、ポロリととれるだろう。
右 :ガガンボの交尾。どの虫も、子孫を残すために懸命なのだ


 おそろしいことに、このきゃしゃなガガンボのフリをして獲物をとっているのではないか、とみられる昆虫がいる。しかも名前までそっくりのガガンボモドキだ。
 両者のちがいはどこかというと、はねの枚数だ。ガガンボには飛ぶためのはねが2枚しかなく、あとの2枚は痕跡を残すのみ。バランスをとるための平均こんとなっている。
 「こん」はこん棒のことで、よく見ればたしかにそんな形をしている。対するガガンボモドキには、4枚のはねがある。
 ガガンボモドキは、オスがメスに食べものをプレゼントする求愛行動をとる。メスの気を引くためには恋がたきよりも大きな貢ぎ物が求められるため、必死なのだ(たぶんネ)。そこで軟弱そうなガガンボのフリをし、油断して近づいたものをひっとらえて、メスへの贈り物にする。
 こうなるとすっかり悪者視されるガガンボモドキのオスだが、それも愛するメスのためなんだな、と納得するヒト科のオスもまた多い。
 だがしかし、何事も油断は禁物である。ガガンボの幼虫の一部は稲や麦の根や芽を食害することがあるようで、「イネノネキリムシ」というあだ名までもらっている農業害虫だからだ。


 ガガンボ類は日本だけで700種を超すらしいが、ちょっと見た感じはどれもこれもよく似ている。
 そんな中にあって、ベッコウガガンボは目立つ存在だ。何度か目にしているが、「ベッコウ」を名乗るだけあり、ベッコウトンボやベッコウハゴロモなどと同様に美しい。


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左 :これはベッコウハゴロモ。やっぱり、べっこう模様のデザインである
右 :べっこう模様のトンボは、有名なベッコウトンボ以外にもいる。このオキナワチョウトンボもあだ名は「ベッコウチョウトンボ」


 知ってしまえばなんということもないのだが、初めてその行動を目にしたときにはびっくらこいた。おしりをぐいっと曲げ、「覚悟しな、いまからブッ刺すぞ!」なんて感じで迫ってきたからである。
 とっさに思ったのが、シリアゲムシだ。彼らも尾部をそらし、まるでサソリのようなポーズをとる。日本では「尻上げ虫」の意だが、英名の「スコーピオンフライ」の方が、よりわかりやすい。
 美麗種であるベッコウガガンボは、そんなサソリのまねをする虫をまねる虫なのだ。
 でも、ああ、やっぱりきれい。虫の標本を集める趣味はないのだが、このベッコウガガンボは死後に形をととのえておいた。


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左 :これも見事なべっこう模様だが、ベッコウガガンボにあらず。正解はホリカワクシヒゲガガンボのようだ
右 :シリアゲムシのしっぽはサソリのそれを思わせる。そしてそれが一部のガガンボにもつながるのだ


 そういえばアレ、どうなったかなあ、と久しぶりに見てみたら、図鑑に載っているものと、どこかがちがう。べっこう模様ではあるのだが、黄色と黒の配置がいささか異なるのだ。
 ベッコウガガンボだと信じて疑わなかったのに、保管してあったのはどうやら、ホリカワクシヒゲガガンボだ。なるほど、立派なくしひげがある。
 ガガンボをだますガガンボモドキの気持ちが、ほんの少しわかったような気がした。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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