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きょうも田畑でムシ話【55】

2017年10月11日

迫害受けても人気者――ザリガニ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 特撮の円谷プロダクションが生んだテレビ番組の架空の宇宙人に、「バルタン星人」がある。もうずいぶん前のことだから細部が思い出せないが、ザリガニとセミがドッキングしたようなものだった。
 ぼくは、その特異なキャラに拍手を送った。現代風にいえば、ゆるキャラのひとつに数えてもいいと思うくらい、おそろしくもかわいい宇宙人に思えたからである。
 「火星怪獣ナメゴン」なんていう、どう見てもナメクジをモデルにしたようなものもいた。いまにして思えば、身近な生きもの総動員の感がある番組だった。


 そんなことを考えていたら、ずっとずっと疑問に思っていることまで思い出してしまった。「蛇蝎(だかつ)の如く」という、なんとも不可思議なたとえだ。
 日本人がサソリを目にする機会は少ない。日本在来種ということでみれば沖縄や小笠原の一部にはいるようだが、この言い方が使われだしたのは、いまほどに人が行き来しなかった時代のことだ。その土地の人たちでなければ、見ることは難しかっただろうと想像できる。

 ああ、それなのに......とぶつぶつ言いながら調べてみると、ふーん、なるほどね、というある説が見つかった。
 いわく、中国から伝わったものが、どこかで誤って広がったのではないか。「蛇蝎はヘビとサソリを指す」などと辞書では説明されるが、「蝎」という文字はキクイムシを指すと同時にサソリも意味する漢字らしい。それが混乱の原因だったというのである。
 さもありなん。日本は木の文化に支えられ発展してきた国だから、材の価値を落とすキクイムシの所業は許せない。


tanimoto55_1.jpg 「だったらさあ、同じように、人間に害をなすサソリとかいうおっかない生き物も同じじゃないの?」
 なーんて声がどこかで上がり、「なるほど、そうかもなあ」と賛同する人たちが現れる。
 「そんならその字は、サソリということでいいじゃん」「だな。どこかカッコいいし」なんて具合でどんどん広がったのだろうか。
 本当のところは知らないが、ちっこい脳みそで考えると、否定しがたい説となる。
 サソリはたしかに、カッコいい。なにしろ、あのはさみ、あのしっぽだ。毒の有無はともかくとして、個人的にはあの形に魅せられる。
右 :標本にされていたサソリ。フォルムとしては悪くない


 土壌生物の一種であるカニムシも、サソリ形生物のひとつとみていい。わずか数ミリのちっこい虫が注目されるのも、あのはさみあればこそである。
 ハサミムシもしっぽを曲げて威嚇する。そのさまを見れば、サソリ一族ではないかと思えてくる。
 と考えてくるとザリガニは、サソリが気軽に見られないぼくら凡人・凡夫(?)にとって、サソリ以上に親しみの持てる生きものだとわかってくる。


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左 :しっぽを上げて威嚇するハサミムシ。サソリを連想する⼈も多いはずだ
右 :カニムシを⾒せて小型のサソリだといえば、だまされる⼈も多いだろうね


 ではザリガニは、どこにいるのか。
 こんな質問は、すこし前なら質問以前の質問だった。もしかしたら、よちよち歩きを始めたばかりの赤ん坊だって、知っているかもしれないと思えるほど、当たり前だった。
 こういう話をするとき、頭に浮かぶザリガニはたぶん、アメリカザリガニだろう。昭和の初め、神奈川県に入ったのが最初だとされている。


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左 :「食用ガエル」の名でもよく知られるウシガエル。このカエルのえさとして持ち込まれたのがアメリカザリガニだ
右 :見よ、この眼力! よろいに身をかためた武将のようだ


 略称、「アメザリ」。そのすこし前に渡ってきたウシガエルのえさにしようと持ち込んだものが、日本各地に広がったというエピソードを持つ。
 田んぼにあっては、穴を開けて水を抜く悪いやつ。そのくせ子どもたちには絶大な人気を誇り、いまなおペット生物の代表格だ。
 生まれ故郷の環境が日本の田んぼに近かったのか、爆発的なふえ方をした。ぼくらの少年時代にはよき遊び相手であり、空腹を満たす食材のひとつでもあった。
 ところがこのごろは、見かける機会がずいぶん減った。それで高級料理と化して、格式高いホテルのレストランに出現するほどである。ちょっと頑張ればバケツいっぱい捕ることなど朝めし前だったぼくら世代にすれば、あり得ないメニューである。

 時には、駆除の対象としてザリガニ釣り大会と称したイベントが開かれることもある。
 最近出かけた施設では、洗濯ばさみにえさのスルメをはさんで釣らせるという、進化を遂げた方法で子どもたちを楽しませていた。そうした人工の釣り場所には何匹もいて往時のにぎわいをみせるが、野外でかつての勢いはない。「在来生物を圧迫する外来種をやっつけよう!」なんて催しを開く場所にはまだ多いようだが、むかしのようにあの田んぼ、この田んぼと、どこにでもいる生き物ではなくなった。


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左 :ザリガニの掘った穴。英語を習い始めたころ、時間を問うのに「掘った芋いじるな」と覚えたことを意味もなく思い出した
右 :最近のザリガニ釣りでは洗濯ばさみも使われるようだ。なるほど、いいアイデアではある


 アメリカザリガニがいるということは、そうでないザリガニがいることもほのめかす。
 つまり、在来種のニホンザリガニである。そのザリガニが北海道や東北の一部に生息することは知られるが、見たことがある若い人はきわめて少ない時代に入っている。


tanimoto55_6.jpg 「ザリガニといえばニホンザリガニのことだったから、ガキのころ、初めてアメリカザリガニを見たときにはちびりそうになったよ」
 と懐かしそうに話す60代東北人のエピソードなど、品の悪さは抜きにして、もはやレジェンドになっている。アメリカザリガニが故郷に似たすみかを手に入れたのに対して、ニホンザリガニはすみやすい清らかな水辺を失っているからだ。
右 :日本在来種のニホンザリガニ。かつては、ザリガニといえば、これだった


 外来種がクローズアップされる時代になったせいか、ウチダザリガニというもう一種のザリガニも有名になってきた。
 これも昭和の初め、国が音頭をとって持ち込んだものだ。以前訪ねた北海道の阿寒湖ではけっこうな増殖をみせ、それまでの漁業経緯もあって、漁獲商品のひとつとして販売もしていた。ウチダザリガニでつくったスープ缶詰を販売所で見かけ、これは珍しいと衝動買いしてしまった。
 しかし、これは例外だ。基本的には、飼ったり移動させたりしてはいけない生き物となっている。


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左 :網にごっそり入ったウチダザリガニ。東北や北海道の一部ではふえているらしい
右 :阿寒湖で売られていたウチダザリガニのスープ缶詰。珍しいのでつい買ってしまった


 江戸時代にはカニの眼を意味する「オクリカンキリ」なる「胃石」が万病に効くとして珍重されたが、その正体はザリガニが脱皮する際、体内にできる結石の一種だという。
 もっとも、現代の医学でその効能は認められていない。ザリガニをバラして取り出そうなどと考えないことである。 
 だが、オクリカンキリは、ザリガニにとってはすばらしく価値のある物質だ。
 脱皮したてのザリガニの体はやわらかい。急いでかたくしないと、外敵から身を守ることができない。
 そこで、ザリガニは考えた。脱皮する前に炭酸カルシウムを胃石として体にたくわえ、脱皮後にはその成分を取り込んで体を大急ぎでかたくしよう、と。
 いやあ、ザリガニさん、あんたはエラい! だから、バルタン星人のご先祖さまにもなれたのだね、などと妄想をたくましくしてしまう。


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左 :脱皮したばかりのアメリカザリガニ(上)。体を早くかたくするための「胃石」が、眼の横あたりにあるらしい
右 :水槽から逃げ出したニホンザリガニ。と思ってよく見たら、ミニチュアだった。それにしてもカッコいいよね


 オクリカンキリが有名だった時代にはもちろん、アメリカザリガニもウチダザリガニも日本にはいなかった。したがって、オクリカンキリ伝説を生んだザリガニは日本在来のニホンザリガニということになる。
 田んぼに穴を開けることも、子どもの釣り堀に登場することもなかった日本固有種である。その本家本元のザリガニが希少種になり、野外ではなく、ミニチュアとして出回る時代になった。
 さびしい話ではあるが、かなしいことにそれがカッコいいのである。いつか訪ねた水族館にニホンザリガニのコーナーがあって、あろうことか、水槽から逃げ出した個体がいた。
 ところがよくよく見ると、それはにせもの、よくできたミニチュアだったのである。
 ザリガニの歴史を後世に伝えるための教材になる。だからなんとしても入手せねばと人に話すのだが、なかなか理解されない。
 ザニガニの価値も低くなったものである。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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