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2015年1月 8日
似て非なる宝の虫――タマムシ
「お正月だから何か目出度い虫はないかと考へた。」
こんな書き出しで始まるのは、1941年発行の『日本昆虫記』だ。
著者は、コオロギ博士としてつとに有名な昆虫学者の大町文衛である。ご存じない方には、詩歌や随筆で文学史に名を残した大町桂月の次男であるといえば、お分かりいただけようか。
大町博士は、「虫けら」とさげすまれ、鳥やけものに比べると地位が低い昆虫の面目が保てるようなものはないかいなと考えた。そして、ある虫に思い当たったと記す。
それがタマムシだ。しかして金緑色の金属光沢をほめ、最新鋭の飛行機の胴体を思わせる体形であるとたたえ、「昆虫界の宝玉」「最も美しい女王の一人」だろうと持ち上げる。
一匹ではなく「一人」とするあたり、さすがに虫好きの言ではある。
俗称は、「吉兆虫」。法隆寺の玉虫厨子といえば誰もが知る文化遺産であり、刀のさや、中国で発掘された馬具にもその自慢のはねが使われたという。その一方で、媚薬にしたり、命を断つ毒薬としても使ったりしたというおどろおどろしい用途まで紹介する。
左 :クローズアップすると、なんとも言えない魅力があるタマムシ。「玉虫色」と言われても気にすることはないからね、と言ってやりたい
唯一ほっとする話題が、タマムシをたんすにしまっておくと着物がふえるという迷信だ。
ぼく自身も子どものころ、親からそんな話を聞かされた。
だが、たんすの中でひそやかに眠るタマムシの亡きがらを実際に見たことはない。なので子ども心に、たんすに入れるタマムシを探す努力をするなら、お金を稼ぐ算段でもした方がよほど着物持ちになれるのに、と思ったものである。玉虫厨子には4542匹分のはねが使われたという調査結果があるが、それだけ集めるのにどれほど苦労したことか。7世紀のこととはいえ、相当に大変だったのではないかと思えてくる。
しかし、上には上があるものだ。ベルギーはブリュッセルにある王宮・ロイヤルパレスの天井装飾には140万とも160万ともいわれるタマムシのはねを使ったとか。しかもそれを成し遂げたのは「昆虫王」アンリ・ファーブルのひ孫だというのだから、話題は尽きない。
ぼくはムシ好きだが、いわゆる昆虫少年、昆虫老人の足元にも及ばないB級ムシ愛好家だ。それでも暇さえあれば野山をほっつき歩き、あわよくばタマムシ発見の報告をしたいと思ってきた。それがなかなかに難しいことは、探しに出かければすぐ分かる。
右 :肝心のはねがないタマムシの死がい。これはこれで、体の仕組みを知るのに役立つ
ところが、である。もはや幸運としかいえないのだが、タマムシ探しを始めてしばらくしたとき、わが家で居ながらにして数匹分のタマムシのはねを入手したのである。拙宅の目の前にはベルト状に残った雑木林があり、どうやらそのどこかにタマムシが生息しているらしい。
あるときは玄関の前、またあるときはバルコニーでキラキラのはねをゲットした。このときほど、いまの家に住んで良かったと思ったことはない。
ほぼ原形を残したままのタマムシが見つかることがあれば、はね1枚だけのこともある。いずれにせよ、見つけ次第、極上のにんまり顔でその物体を拾い上げるのだ。たんすにしまって洋服をふやしたいという気持ちはさらさらないが、種々雑多なコレクションのひとつに加えられることがうれしくてたまらない。
大町博士が著書の冒頭でタマムシを取り上げたのは、前述したように縁起が良い虫だと思えるからだろう。
だからといって寒い季節に野外に繰り出しても、タマムシは見つからない。
――と、あきらめていたら、それがなんと、見つかったのだ。しかもぼくが暮らす千葉県ではレッドリスト最高のAランクに位置づけられているトゲフタオタマムシである。その珍奇性はともかく、冬に見つけられたということがB級愛好家にはうれしいのである。
左 :家の前で見つけたタマムシの亡きがら。これには頭の部分がないが、全身が転がっていたこともある
右 :たまたま見つけたトゲフタオタマムシ。希少種だと知って探すと、なかなか見つからない
「そいつは、冬が観察シーズンらしいよ」
名前を教えてくれた友人によると幼虫はモミの枯れ木を食べて育ち、羽化してからはスギやヒノキの樹皮に隠れすむ。まさにその通りで、たまたま目をやったスギの樹皮でそれを見つけた。素人目にはウバタマムシに似るが、体はいくらか小さい。
あまりも簡単に見つかったので、されば再び会いまみえんと出かけたものの、そううまくはいかない。いまのところ、たった一度の出会いにとどまっている。
その代わりに幾度か見つけたのがウバタマムシだ。子どものころはこれが「ヤマトタマムシ」とも呼ばれるタマムシの雌だと思っていた。それはまさに子ども情報でしかなく、あのタマムシの外見のままで雌雄が存在する。体をひっくり返し、おしりの先っぽを見ればその違いが分かる。
なので背中側だけ見ても、よほどの達人でないと区別がつかない。タマムシの雄はさすがに素早く雌を見つけるが、その秘密を解くカギはどうやら、はねの輝きと雄の複眼の大きさにあるらしい。雄の目玉は、雌より大きいということである。
タマムシの雌と誤認識されるほど、ウバタマムシの影は薄い。それでも野外の虫が姿を隠すころに越冬成虫が見つかるのだから、虫好きに楽しみを与えていることは確かなようだ。
左 :越冬中のウバタマムシをひっくり返した。行儀よくあしをそろえている
右 :タマムシの雌がこのウバタマムシだと思う人もまだ多い
ウバタマムシの雌雄もおしりで見分ける。つい最近まで知らなかったが、玉虫厨子の黒い部分にもウバタマムシが使われたそうである。
注目されるのはたいてい大きめのタマムシ類だが、小さなタマムシ類もけっこう身近に生息する。
一時期、そうした小さいタマムシに興味を持った。散歩がてら探せば、体長5mm前後のチビタマムシやナガタマムシの仲間が見つかる。ぼくは春に出会ったが、それらもまた成虫で冬越しをする。小さい体に似合わず、その色彩や模様はなかなか魅力的だ。一般にはあまり知られていないそうした小型タマムシ類も、ひとを引き付ける何かを秘めている。
左 :チビタマムシの一種。体は小さくても、カッコいい
右 :体長1cmもないヒシモンナガタマムシだが、よく見ると魅力的なデザインだ。寒さに負けず、成虫越冬もする
実を言うと、タマムシにはもうひとつ、有名な種類がある。この場合、片仮名ではなく、「玉虫」と書くと分かりやすい。
ここから突然、蛾の話になる。
イラガといえば、ドクガ類と並ぶ毒虫の代表種だ。「オコゼ」「デンキムシ」といった俗称からも想像できるように、幼虫のトゲトゲに触れると大変だ。「イラムシ」の呼び名に「刺虫」の漢字を当てることから、この文字でおぼえている人もいる。
その幼虫が育って繭をつくると、こんどは「スズメノションベンタゴ(雀の小便たご)」と呼ばれる。それぞれに個性的な模様をほどこした石灰質の堅い卵のようなものだが、この中にいるのが「玉虫」だ。
その正体は、さなぎになる準備がととのった「前蛹(ぜんよう)」である。かつての釣り人は堅い繭の中からこの玉虫をとりだし、タナゴ釣りのえさにした。ぼくが子どものころは、玉虫の名もよく耳にしたものである。
右 :冬枯れの雑木林でよく見たイラガの繭も、最近はずいぶん少なくなった
ところが現代の釣り人は、玉虫自体をご存じない。それどころか、イラガの繭を知らない人もふえている。したがって、どうやればタナゴ釣りのえさになるのか、もちろん知らない。
残念なことに、ぼくも使ったことはない。タナゴがいない土地で育ったからだ。それでも当時はいつか玉虫でタナゴを釣りたいと思っていたから、参考図書は購入しておいた。
それを久々に取り出した。1970年発行の『つり入門』(西東社)には玉虫の皮、中身、繊維をえさにする方法が詳しく図示されている。イラガの繭から玉虫を取り出し、体の真ん中あたりを押さえると頭が出てくる。それをはさみで切って指先でつまむと黄色い液が出るので、その液を紙に吸い取らせれば、下準備の完了だ。
釣り針には丸くなるようにしてつけるのがコツらしいが、ひとつのえさ素材を3通りに使い分けるだけでも感心する。機会があれば、いつか試してみたい釣り人も多いのではないだろうか。
左 :繭の上部にうっすらと見える、羽化時の脱出用のふたのライン。こうしてふたのぐるりを薄くしておくなんて、スゴすぎる
久しぶりに古い本を読んだころ、虫友達から声がかかった。
「イラガセイボウ、要らない?」
イラガの繭から出てくる寄生バチで、これまたタマムシに劣らぬメタリック調の美しい虫である。
「欲しい、欲しい、くださーい!」
翌日もらった繭には針でついたような小さな孔があった。それが、イラガセイボウの産卵痕だ。
イラガの前蛹は繭の中でちゃんとしたさなぎになり、あらかじめこしらえたふたのような部分を頭で押して羽化する。しかし、イラガセイボウに寄生された繭から姿を現すのは、蛾ではなく、ハチである。
左 :イラガの繭に開いた小さな穴。これがあるとイラガセイボウという寄生バチが入っている可能性が高いという
右 :イラガの繭から出てきたイラガセイボウ。この寄生バチが欲しくてイラガの繭を求める愛好家も多い
タマムシならぬ玉虫もまた魅力的な虫であり、冬にこそ目立つ。
大町博士ならずとも、タマムシはやはり、年の初めを飾るにふさわしい虫のようである。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。