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きょうも田畑でムシ話【17】

2014年8月11日

天上を捨てたかぶき者――ハゴロモ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 菜園の脇に1株だけ植えたはずのアジサイが、いまではわが家を占領しようとしている。十数年前、たまたま通りがかった道路で抜根作業をしていた業者に話しかけたのがきっかけだ。


 「おっちゃん、そのアジサイ、どーすんの?」
 「ポイして、ほかの木を植えるんよ」
 「ほんなら1株、分けてくんない?」
 「ほいさ。持っていきなはれ」

 という案配に交渉がまとまり、小さなバケツにおさまるほどのアジサイの小株がわが家に輿入れした。

tanimoto17_0.jpg アジサイはもともと、移植にも強い植物だ。引っ越して間もないわが家の菜園予定地にすっかり根付き、どんどこどんと大きくなった。そのせん定枝をもったいない、もったいないと家のまわりに挿したところ、よほどわが家が気に入ったのか、わさわさと育ってくれた。それ以来、毎年、きれいな花を咲かせてくれる。その大きさは、よそで見るアジサイを凌駕する。
右 :毎年きれいな花を咲かせてくれるアジサイなのだが、意外な盲点があった


 これだけならアジサイ園もどきの話で終わるのだが、実はひとつだけ問題がある。いったい何の因果か知らないけれど、葉が繁り始めると天上界のあぶくのようなものがアジサイの茎にへばりつくのだ。

 いやいや、あぶくという表現は正しくない。ちぎれ飛ぶ真綿のように白くふんわりした感じのものが、あの茎この茎と、へばりつく。遠目には、カビだと見ている人もいるにちがいない。

 当然のようにフーッと息を吹きかける。するとそれは、ツツツッと枝の裏側にまわり込む。生きものである証拠だ。
 面白いのでフーッ。
 するとツツツッ。
 フーッ、ツツツッ。フーッ、ツツツッ......。
 しばらく繰り返すとさすがに飽きてきてやめるのだが、それはすなわち、ぼくの敗北を意味する。


 そいつが何かの幼虫であることは、すぐに分かった。おそらくは、と目星をつけて図鑑を開くと、アオバハゴロモの幼虫だった。成虫は、子どものころから幾度となく目にしてきた。ありふれた虫の一種である。カメムシ目アオバハゴロモ科に分類されている。


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左 :遠目には綿やカビにしか見えないアオバハゴロモの幼虫
右 :裏側から見たアオバハゴロモの幼虫。これならカメムシの親戚だと分かる


 パッと見にはとてもカメムシの仲間と思えないが、裏側から見ればどことなく共通性を感じる。何よりそのくちが針状であり、「なるへそ。このくちでアジサイの汁をば吸うのやね」と知るのである。
 かんきつ類やカキ、ナシなど果樹の害虫としてもリストアップされている。そんなこともあって、意外に有名な虫である。


 地域によっては「ハトポッポ」とか「ポッポ」「ハト」「ハトムシ」のあだ名で呼ぶ。言われてみればなるほど、ハトのような雰囲気も感じられる。
 しかし、どんなにかわいらしい呼び方をされようと、ぼくはアオバハゴロモが気に入らない。
 人を見下したようなあの眼はなんだ! 大切なアジサイがたたえる甘い(であろう)ジュースを飲ませてやっているというのに、ジロリとにらみ返すような表情しか見せないのだ。


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左 :アオバハゴロモが数匹並んだところは、なるほどハトのようでもある
右 :「文句あっか!」とでも語りかけるような目つきを感じさせるアオバハゴロモ


 それは、まあいい。ガマンしよう。だがもっと許せないのは、何度撮っても、良い写真が撮れないことだ。どうせ、へっぽこカメラマンですよ。しかし、もう少しちゃんと撮らせてくれてもいいんじゃないの――と愚痴のひとつもこぼしたくなるくらい、満足な写真が撮れない。

 それでも何枚か撮るうちに、まあ、ある程度は見られるカットも入ってくる。そして、その写真を見て、ぼくは気づいた。アオバハゴロモは、きちんと見れば美女の気品を備えているのだ。
 この際、オスとかメスという性別は関係ない。はねのへりには控えめな化粧のように、見る人が見れば分かる程度の紅さえたたえている。しかも、その掃きあとが美しい。


 かくしてぼくは、何株ものアジサイに毎年まとわりつくアオバハゴロモ軍団の長逗留をば許してしまうのだ。
 悔しくて、こんどは学名を調べてみた。そして、これまた情けないことに、納得してしまった。アオバハゴロモの属名には「ゲイシャ」ということばが置いてある。命名者は外国人だから、日本の美しいものの代表として、芸者さんを思い浮かべたのだろうか。


 「ゲイシャ」といえば日本産クジャクチョウの亜種名にも「ゲイシャ」が使われているが、クジャクの羽にたとえるくらいだから、派手な感じがする。同じ「ゲイシャ」でも、まったく異なる印象であるところがまた面白いのだが......。


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左 :アオバハゴロモの学名には「ゲイシャ」という言葉が入っている
右 :「ゲイシャ」を学名の一部に持つチョウとして知られるクジャクチョウ


 ともあれ、ぼくの頭の中でにわかにグレードアップしたアオバハゴロモだが、ハゴロモ類への興味はそれだけにとどまらない。なにしろ、ベッコウハゴロモの幼虫ときたら、なんとも不可思議な整列をするからだ。


 初めて見たとき、これはミステリーだと思った。タンポポの種の綿毛を思わせるおしりの毛をパッと広げ、ほぼ等間隔で並んでいるのだ。うそだろ、うそだろ、と何度か心の中で叫び、思わずカメラのシャッターを押した。木の杭のてっぺんや杭の脇、葉の上と、どこでも隣同士がくっつかないように絶妙な距離を保っているのだ。それ以来ぼくは、このけったいなハゴロモのファンになってしまった。


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左 :ベッコウハゴロモの幼虫(右)と成虫が同じ場所にいた
右 : ベッコウハゴロモの幼虫が作り出す不思議な整列シーン。星のひとつずつが、幼虫だ


 そうなるともはや、害虫としてみたりすることはできなくなる。それどころか、なんとかしてこの幼虫が無事に育つようにと祈ってしまうのだから世話はない。


 ところがあるとき、知ってしまったのである。かわいいハゴロモ類に寄生する蛾がいるということを。
 その名をハゴロモヤドリガという。写真を見ると、いつか見たセミヤドリガに似ている。
 しかし、驚くのはまだ早かった。ある年の冬、落ち葉や木の葉に小さなケーキのようなものが点在する場面に出くわしたのである。それこそ、ぼくにとっては未知のハゴロモヤドリガの繭だった。


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左 :セミの体にくっつくセミヤドリガの幼虫。これと同じようなものがハゴロモ類にもとりつくようだ
右 :砂糖をまぶした洋菓子のようなハゴロモヤドリガの繭


 「う、うまそー!」
 とぼくは思わず口走った。写真を少しばかり加工して見せられたら、しゃれた洋菓子と間違えそうな感じだったからである。そうなると愛しのハゴロモ類のことは一瞬にして頭から消え去り、このハゴロモヤドリガの無事な羽化を願うのだった。
 許されよ、ハゴロモ殿。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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