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2011年4月18日
農業経営を守る労災保険
三廻部 眞己
農業の経営リスクを管理しよう
農作業の機械化や就農者の高齢化がすすみ、負傷や死亡事故が頻発してきました。その結果、農業経営者は農作業事故の予防や事故補償の確保等リスクマネジメントに取り組まざるを得ない経営革新の新時代を迎えています。
高齢者の農作業上のリスク要因は、身体機能の低下をはじめ、精神的にも自信過剰になり、忠告を聞かず、自分勝手に安全を軽視して手抜きを行う等の基本動作を守らない習性の人が多いことです。これらの要因の連鎖が事故を頻発させているわけです。
さらに、リスクマネジメントで重要なことは、農業所得が少ないことです(表5)。平成18年の農業所得は、農水省の農家経済調査によれば、1人1日当たり5903円です。他産業は1万9385円で、3分の1以下です。この状況では、万が一農作業事故が起きても、長期療養や高度医療が受けられません。
表5 農業者と他産業労働者との所得格差
資料 :農林水産省「農家経済調査」、「農業経営統計調査(農業経営動向統計)」、「農業経営統計調査(経営形態別経営統計(個別経営))」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」
1人1日当たり農業所得=農業所得/(自営農業労働投下量(うち家族小計)/8)/家族農業就業者
※農業労働時間を1日8時間とし、1年間の自営農業労働投下量(うち家族小計)から1日当たりの自営農業労働投下量(うち家族小計)を求めた
農業の機械化が進んだ結果、一瞬のミスが事故を起こしています。“思い込み”等のヒューマンエラーを人間から取り除くことは不可能で、事故は人間に付きものです。この事故補償の確保のために、労災保険に加入することが必要です。
厚労省が調べた産業別死傷年千人率をみても、農林業が全業種の中で一番事故発生率が高いことが明らかになっています(表6)。これは、労災保険加入者1000人当たり、年間死傷者発生件数をみたものです。
それによると、林業は約30人、農業は同9人、全業種平均は同2人で、農業は、他の業種よりも非常に高い死傷発生率となっています。
表6 産業別死傷年千人率(休業4日以上)
資料:厚労省安全衛生部安全課
注:1)労働発生年千人率= 年間平均労働者数/労働発生件数 ×1,000
※農業又は海面漁業以外の漁業
(クリックで拡大)
同様に神奈川県下の労災事故発生年千人率の実態は、表7のとおりです。
JAかながわ西湘の最近4年間の平均同千人率は、約36人となっており、全国平均9人の4倍の同発生率となっています。また、神奈川県下労災加入者のそれは24人で、全国平均の約3倍になっています。このように、農業の事故発生率が高いことは、就農者の高齢化が影響しているものと考察することができます。
表7 JAかながわ西湘と神奈川県下労災発生年千人率
上段数字はJAかながわ西湘、下段は神奈川県下労災加入者合計数
資料:JAかながわ西湘およびJA神奈川県中央会
なお、全業種の年齢別死傷病発生年千人率も、労働者の高齢化と共に高くなっています(図8)。特に、高齢者の場合は、若年労働者に比べて休業日数が長くなる傾向がありますので、就農者構造からみて、労災加入は不可欠なものとなっています。
図8 年齢別千人率(休業4日以上)(平成15年)
資料 :総務省統計局「労働力調査」
厚生労働省「労働者死傷病報告」
農業者の労災保険制度は3本立て
(1)労災加入は“不可欠”
農作業の事故発生率が全業種の中で非常に高いことを、各種の図表によって実証的に明らかにしてきました。労災保険未加入者は、国が社会保障政策の一環として運営している労災保険に迷わず加入すべきでしょう。
農業者が加入できる労災保険制度は3種類です(表8)。補償範囲の広い「特定農作業従事者」への加入がおすすめです。保険料金は、JAの担当者と相談して下さい。また、「指定農業機械作業従事者」の加入者は、平成13年4月から新たに創設された「特定農作業従事者」へ切り替えることが得策です。
(2)年間保険料
保険料は掛け捨て制です。給付日額とは、保険料と補償額を算出する基礎となるもので、 日当のようなものです。自分の所得水準を高く見積もれば、保険料も補償額も給付基礎日額に応じて高額補償となります。同日額を低く選定すれば補償額も低くなります。全国的の給付基礎日額は1万円が多いようです(表9を参照ください)。
表9 給付基礎日額と年間保険料
注)
1.中途加入もOKです。保険料は日割計算となります
2.パート等の雇用労働者の保険料は、中小事業主と同じ料率が適用されます
(3)雇用労働者にも労災適用
農業経営者が「特定農作業従事者」か「指定農業機械作業従事者」のいずれかに加入していれば、パートタイマーなどの労働者を雇ったときは、その雇用労働者にも労災保険が全面的に適用されます。その場合の雇用労働者分の保険料率は、賃金総額の1000分の12です。
例えば、1日1万円の賃金で年間10人を雇用する計画なら、総支払賃金は10万円。この10万円の1000分の12である1200円を自らの年間保険料と共に支払っておけば、雇用労働者の労災補償が他産業労働者並みに確保できるわけです。
補償内容のポイント
農業経営のリスクマネジメントのために、労災保険は絶対に必要です。高齢者は若い人に比べ治療期間が長く、休業日数が長引くので、補償は農業の持続的発展に不可欠です。農作業上の負傷や疾病に対するおもな補償のポイントは、次のとおりです。
●療養補償給付
労災指定病院で、全額無料の治療が治るまで受けられる。
●休業補償給付
農作業中の事故や疾病で休業した場合、休業4日目から治るまで、休業補償金が給付基礎日額の80%が受けられる。
●障害補償給付
「けが」が治ったあと身体に障害が残れば、第1級は給付基礎日額の313日分、第7級は同131日分の年金が受けられる。第8級から第14級は、年金ではなく一時金である。第8級は同日額の503日分の一時金、第14級は同日額の56日分が受けられる。
●傷病補償年金
療養開始後1年6か月を経過しても治らない疾病に対しては、第1級は給付基礎日額の313日分の年金、第3級は同日額245日分が受けられる。特別支給金も第1級は114万円、第3級は100万円が受けられる。なお、この補償が行われる場合は、休業補償給付は受けられないことになっている。
●介護補償
●遺族補償
一定の要件のもとに受けられる
●葬祭料
給付基礎日額の60日分か、31万5000円に給付基礎日額の30日分を加算した額のうち、いずれか高い方の額が受けられる。即ち、給付基礎日額1万円に加入していれば61万5000円が受けられる。
農作業事故の発生率は、他の業種よりも断然に高くなっています。農業者は、労災補償に全員が加入すべきです。未加入の場合は、すぐに労災加入の方法についてJAに相談する必要があります。(了)
昭和8年、神奈川県生まれ。東京農業大学客員教授・農学博士、労災予防研究所長、技術士(農業コンサルタント)、労働安全コンサルタント。主な著書に『農業労災の防ぎ方』『農業の安全管理』(ともに農林統計協会)、『解説農業労災と補償制度』(家の光協会)、『農業労災の予防と補償制度』(東京農大出版会)、『農業者の労災補償Q&A』(JA全中)など。学術論文なども多数発表。