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2011年1月25日
農作業事故死は、なぜ、どうして起きるのか
三廻部 眞己
悲惨な農作業事故死が毎日のように起きています。そこで、事故防止対策に必要な技術情報(ノウハウ)と、他産業労働者並みに事故補償を確保し、農業経営の持続的発展に不可欠な労災保険制度のポイント等を3回に分けて説明します。
悲惨な農作業事故死の現状と問題点
農業は建設業よりも危険な業種であることが、図1のとおり浮きぼりになってきました。
図1 農作業事故死と他産業労災事故死、交通事故死、建設業事故死の年次別推移
資料)
農林水産省農業生産支援課「農作業事故調査」、厚生労働省安全課「労働災害発生状況」、警視庁資料「交通事故統計」をもとに作成した。
注)
数字は実数、( )内は昭和46年を100とした指数。平成21年の農作業事故死の調査結果はまだ発表されておりません。
(図表出典 :三廻部眞己「農業労災の予防と補償制度」東京農業大学出版会)
農水省の調べによると、平成20年の農作業事故死は前年比23件減の374件となりましたが、既に発表された建設業の同21年の労災事故死は、驚くなかれ、農作業事故死の発生件数を下回って371件(15.9)と、見事に8割余りも事故死を減少させてきました。
建設業は、これまで「キケン、キツイ、キタナイ」の3K業種の代表格となってきましたが、いまや安全対策の模範的な業種となっていることが明らかになっています。
建設業は、各企業が組織の総力を挙げて労働安全対策に取り組むことで、危険業種の汚名をそぎ、その証拠が厳然と輝き始めたのです(図1参照)。昭和46年の2323件(100.0)を基準にしてみると、同49年には2015件(86.7)、同56年には1173件(50.5)と半減し、平成21年には農作業事故死の発生件数を下回る371件(15.9)と減少させ、実に8割余りも事故死を減少しました。全く驚異的な減少率であります。いまや建設業は、わが国の労災防止方法の模範的企業となってきたことは明らかで、「農作業安全は建設業に学べ」という状況です。
また、他産業全体の労災事故死も急ピッチで下げ、約8割も減少しています。
一方、全国民の悲願となっている交通事故死も減少してきました。昭和56年にはついに1万件を割り込み、平成21年には4914件(30.2)と安全行政の成果が明らかになっています。
それに比べ、農作業事故死だけが一向に減らないことが際だっています。農水省が昭和46年に事故死の調査を開始してから平成20年までの38年間に、農作業事故死は止まず、実に1万4664人の尊い命が、国民の食料生産に不可欠な農作業で失われているのです。年平均にすると386人です。毎日のように悲惨な死亡事故が起きているのです。
もはや農業政策的にも放置できない段階に立ち至っています。解決策は、地域農業の最前線で農業振興に活躍しているJAが、事故を防ぐ地域農業の安全管理活動を強化するよう、その機能発揮に頼らざるを得ないのが実状です。
頻発するトラクター事故死
事故死が最も多い農業機械は、表1のとおり乗用型トラクターです。毎年農機事故死の50%も占めています。平成20年の農作業中事故死の合計は前年比23件減の374件でしたが、トラクター事故死は14件増加して129件、49.6%を占めています。
表1 農作業中の死亡事故発生状況
資料)
農水省農業生産支援課
注)
1 { }内は、事故発生件数計を100とした場合の割合である。
2 ( )内は、農業機械作業に係る事故における機種別の割合である。
3 14年は未実施の府県がある。
4 17年の性別については、不明が1名いる。
1997年9月(平成13年)にアイオワ大学で開催された第13回国際農村医学会で、筆者が日本の農作業事故の実態を発表した際に、「日本は農機事故の実験場だ」というメッセージが飛び出しました。その的確な認識、表現の仕方に感服いたしました。また、アメリカでは農機事故による身体障害者が組織化されており、生きがいのある人生活動を繰りひろげているとのことでした。そのヒューマニズムと行政指導のあり方には頭がさがりました。
トラクターの墜落・転落事故死が農機事故死の50%を占めています。安全フレームが装着されていれば助かった事故死が多い
それにしても、日本で憂慮に耐えないのは、65歳以上の層に事故死が集中的に増加していることです。平成20年は、ついに全体の8割を占めるに至っており、就農者の高齢化構造が事故要因になっていることは明らかです。ところが、この農業構造の改善は不可能なのです。
農業分野でこそ、行政主導の事故防止対策と労災補償の推進が課題になっています。
農作業事故は、なぜ、どうして起きるのか
農作業事故が起きる仕組みを追究していけば、自ずから事故防止対策がわかってきます。図2は事故発生のメカニズム、その原理原則を厚労省が示したものです。事故の直接原因は、農作業現場に潜在する①不安全・不衛生な状態と、②不安全・不衛生な行動です。この事故原因の内容は20項目にも分かれて提示されています。
図2 災害発生の仕組みと災害原因
資料)
厚生労働省「労働災害分類の手引」中央労働災害防止協会、昭和48年。
注)
災害は「物」と「人」とが接触した現象であり、その結果が「事故の型」として墜落、転落、はさまれ、巻き込まれ等21項目に分類されます。「起因物」は災害をもたらすもととなった機械、装置、その他の物または環境等のことです。
しかしながら、物自体の欠陥、いわば農機や施設の構造設計上のメーカー側のミスである欠陥機械・施設を運転すれば事故を防ぐことは不可能であります。欠陥機械・施設は事故の直接原因として明確に位置づけ、前面に提示すべきだと考えます。
また、農業経営者にとって重要なことは、事故の間接原因となっている③安全衛生管理上の欠陥や、事故の責任の所在はどこにあるのかという点です。経営者の安全管理の仕方、指導方法が適正であったか、否かの責任が問われる事項であり、農業経営者が作業前のミーティングで危険情報を伝え、事故防止を指導したか、また、事故は労働者が経営者の安全指導に従わなかったからか等の事実確認に発展しますから、始業前のミーティングでの説明事項は予め手帳等に記録を残して置くことが重要です。これらの災害原因の中で、炎天下の熱中症等は不安全不衛生な状態に該当します。
このほか、図2の災害原因よりもさらに重要な事故要因は、ヒューマン・エラー(人間の過失)が事故を引き起こしていることです。「思い込み」や「見間違い」などの勘違いによる過失が、全業種に共通した事故要因となっているのです。
これは、大脳が発達している人間の特性による宿命的な事故要因です。人間は事故を起こす動物だ―と言われている由縁です。
“注意しろ”と言うことは、経営者の責任逃れです。注意力に依存しての長時間にわたる安全労働は、不可能です。注意しなくても安全に働ける農作業手順を組み、危険予知能力の養成を毎日の始業前のミーティングでしっかり行うことが、事故防止の基本です。(つづく)
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昭和8年、神奈川県生まれ。東京農業大学客員教授・農学博士、労災予防研究所長、技術士(農業コンサルタント)、労働安全コンサルタント。主な著書に『農業労災の防ぎ方』『農業の安全管理』(ともに農林統計協会)、『解説農業労災と補償制度』(家の光協会)、『農業労災の予防と補償制度』(東京農大出版会)、『農業者の労災補償Q&A』(JA全中)など。学術論文なども多数発表。