農業をビジネスとして成立させ、継承される企業経営を目指す
2025年12月23日
青森県の南東に位置する南部町。農家の3代目で、株式会社あいないの代表取締役、相内知巳(あいない ともみ)さんは、この地で農業を営んできた祖父と父が確立した技術と、自身の経営哲学をベースとしたビジネスを展開し、次世代に受け継がれる企業経営を目指している。その根底にある思いを聞いた。
祖父と父が築いた歴史を形にして残したい
リンゴや食用ギクの栽培、畜産などを手がけていた祖父は、昭和30年代後半から、化学肥料の使用を極力抑え、有機肥料を6割程度使用する農業に取り組み始めた。飼育していた牛が妊娠しなくなったことがきっかけで、その原因が化学肥料を使用した牧草にあると考えたからだ。小学生だった知巳さんは下校後、祖父が米糠の中に乳酸菌を入れ、発酵させる作業をしていた姿を、よく目にしていたという。
父の洋夫(うみお)さんは昭和44年に18歳で就農し、祖父のもとで野菜生産を学び、昭和51年頃からナガイモ栽培を始めた。そして昭和61年、35歳の時、自家製堆肥と自家製ぼかし肥料によるオール有機栽培に切り替えた。当初はナガイモがコブだらけになるなどの障害も発生したが、土壌の微生物の量がカギを握ることを突き止め、試行錯誤を重ねた結果、平成15~16年頃に現在の栽培技術を確立した。平成28年度には、高度な土づくりを実践する生産者として県から「あおもり土づくりの匠」に認定され、地域農業のリーダー的役割も担っている。
右 :知巳さんと洋夫さん親子。2代目は技術者、3代目は経営者となって事業を受け継いでいく
知巳さんは22~23歳頃に就農したが、農業をやることに反発を感じていたという。一般企業に勤めるサラリーマンと比べたら、労働時間は長く、定休日もない。けれども、祖父や父の取り組みに対する尊敬の念は強かった。
「じいさんと親父の歴史を形にして残したいと思った」。そう考えたのが、会社を立ち上げるに至った最大の理由だと知巳さんは語る。法人化したのは令和2年11月。目指したのは、ビジネスとして成立し、次の世代からその次の世代へと継続していく事業を確立することだ。そのためには、人材育成や地域貢献に力を入れることが何より大切だと語る。
独自のノウハウを生かし企業として成長する
事業の柱は2つあり、1つは「農業コンサルティング」。同社の持つノウハウをすべて教えて、独自の発酵肥料を使用することにより安心安全でおいしい農産物を栽培し、販路を確保して適正価格で販売し、利益を生むところまでサポートする。現在、2人の若手農業者を支援中で、3年目の2024(令和6)年、ようやく利益が出る見通しだという。
「最初は赤字ですよ、彼らの生活を守らないといけないですから。まずは自分の利益より、相手をどう生かすか考える。生かして利益を出してもらわないと、こちらに利益は入ってこないのでビジネスになりません」と知巳さん。志を持った若手農業者に「投資」することは、将来のビジネスパートナーの育成につながっている。
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左 :ナガイモの芽が出始めるまでにネット張り作業を行う
右 :休憩中の一コマ。従業員とのコミュニケーションは、モチベーションの把握に欠かせない
もう1つの柱は、「農産物の生産・販売」。同社ではナガイモ、カボチャ、ニンジン、モモの栽培を行っている。いずれも化学肥料を使わず、自家製堆肥、自家製ぼかし肥料を使用。堆肥やぼかし肥料は作物本来の力を引き出す源となるもので、食べてみれば味の違いを実感できるという。
知巳さんは「味覚は人それぞれだし、口に入った時にどうなるのかは数字で表せないけれども、うちの野菜はえぐみや青臭さはない」と言い切る。堆肥やぼかし肥料の作り方はすでに確立しているが、需要に対応すべく、連携する会社や農家とともに肥料の開発も進めている。
また、販路開拓は社長の知巳さんが担当。営業の際には土壌や農産物の成分を分析したデータを提示し、興味を持った商社や流通業者が畑を視察し、契約に至るという流れだ。法人化する前は3社ほどと取引していたが、法人化して販売先を開拓した結果、現在は約20社に増えた。販売先は北海道から九州までの県外スーパーなどで、通年出荷している。
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左 :肉かす粉末、肉骨粉、蒸製骨粉、魚かす粉末、乾血、なたね油かす、土壌改良菌剤などを混ぜ合わせ、発酵させて作る自家製ぼかし肥料
右 :客観的データに基づいて土づくりを進化させている
人材育成とは技術ではなく企業理念を浸透させること
従業員は会社設立1期目に2人、2期目2人と徐々に増え、5期目の現在は22人。平均年齢は31~32歳と若い。採用活動を積極的に行ったわけではないが、働ける場所を求める若者が集まってきたという。「一般的に『仕事のできる人』を採用したがるけれども、自分は『どうやって育てていくか』に力を入れているので、仕事ができる、できないは関係なく、人間性に問題がなければ採用します」と知巳さん。
集まった人材が能力を存分に発揮できるよう、働きやすい環境づくりも重視している。たとえば、勤務時間は9時から16時までを基本としているが、1週間単位の数値目標を設定し、それさえこなせば遅く出勤しても早く退勤してもいい。こうした柔軟性のある勤務形態を提供することで、子育て中の女性従業員でも安心して働くことができる。
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左 :県外へ出荷されるナガイモ
右 :ナガイモの箱詰め作業。子育て世代も働きやすいよう、労働時間の設定を工夫している
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左 :一部の商品は真空パックで販売
右 :カットしたナガイモを真空パックにしていく
その一方で、将来の会社を牽引するであろう各部門の責任者には「難しいところに飛び込み、解決することによって利益が出る。楽な方に逃げるな。不可能を可能にする知恵を絞り出すのが管理者の仕事」と説き、「労働」とは別の「部下を守る責任」を果たす対価として、年俸制でそれに見合う報酬を支給する。若い世代の社員は、現場で頑張る幹部社員の仕事ぶりを見て、憧れを抱き、目標を見出すという好循環が生まれている。
知巳さんが考える人材育成とは、会社の経営理念を浸透させ、継承していく人間を育てることだ。「人材育成が難しいという声をよく聞きますが、そういう人たちが何をやっているかというと、技術の指導なんです。それでは職人の育成にしかなりませんから、事業継承がうまくいかないのは当たり前です」。
従業員が安心して暮らせる会社の仕組みをつくる決意
法人設立時の売上高は7000万円で、現在(令和6年10月取材当時)は4倍の2億8000万円。知巳さんは「ここ2~3年は売上と利益の維持に努め、地固めをしたい」と話す。
「生産と販売の事業としては、これ以上の売上を立てようとは考えていません。ナガイモ畑でいえば12町歩あり、圃場は数カ所に点在しています。山間部という地域柄、畑の面積を広げるのは容易ではなく、狭い面積の圃場に大型機械を投入するのも難しい。経費がかさむだけですから」。
右 :カボチャ栽培は15年ほど前から取り組み、徐々に栽培面積を増加させ、現在では16町歩に拡大
今後の経営については、会社の規模を大きくすることより、むしろ小さくしていくことを考えているという。部門ごとに分社化してリスク分散を図り、収益を上げやすい仕組みを作ることが目的だ。
「生産部門、販売部門、肥料の製造販売部門、それに機械のリース、作業受託もできる」と、幅広い事業運営を目指す。「それぞれの事業を引き継ぐ人材は育てています。家族経営ではないので、自分が抜けた後も会社が回るようにしなければいけません」。従業員の人生を背負い、その家族の生活を守るという意識と、そのためにやるべきことを徹底的に刷り込むことが、社長である自分の仕事だと知巳さんは考えている。
「企業として農業という事業に取り組む」という視点に立ち、次なるステージを見据えている。(ライター 橋本 佑子 令和6年10月2日取材 協力:青森県三八地域県民局地域農林水産部農業普及振興室分室)
●月刊「技術と普及」令和7年1月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
株式会社あいない
青森県三戸郡南部町大字相内字下在所45-1
TEL:0179-23-0231


