品質へのこだわりと地域とのつながりを大事にし、持続可能な養豚経営を目指す
2024年12月25日
防疫や作業性を考慮した豚舎。独自の衛生マニュアルも作成
三重県の志摩半島南部にある志摩市は、全域が伊勢志摩国立公園に含まれる風光明媚な観光の名所。平成28年のG7伊勢志摩サミットの開催地としても知られている。有限会社「河井ファーム肉よし」は、この地で60年近く養豚業を営んでおり、平成3年には「伊勢志摩パールポーク」という銘柄で精肉の販売を開始した。
現・代表取締役の河井金昭さんが、父親から経営を引き継いだのは平成17年。大手の流通会社から脱サラをして就農したのは、その5年前、34歳の時だった。
「この先、養豚を継続していくには、浄化槽を新しく造ったり、設備の見直しが必要な時期でした。それまではほとんど家業に関わってこなかったのですが、親の姿も見てきましたし、後を継ぐ決心をしました。これを機に、古くなった豚舎の改築にも着手することにしたのです」。
その際に河井さんは、獣医や設計士などの専門家にアドバイスを仰いだという。「豚舎はぴったり東西に建て、冬は暖かく、夏は涼しさを保てるようにしました。また、繁殖舎、分娩舎、離乳舎を農場の奥に、肥育舎を入口付近に配置しました。防疫対策の観点では、繁殖と肥育のエリアを別にするのが理想ですが、離れていると作業効率は落ちてしまう。そこで、豚の移動の動線を一定方向にしたり、午前と午後で作業場所(豚舎)を分けるなどして、作業性を上げるようにしました」。
さらに、県の家畜保健衛生所の協力を得ながら、2年間にわたって農場HACCPを学び、平成18年に独自の衛生対策マニュアルを作成。衛生管理の徹底化と作業のシステム化を進めた。その翌年、河井さんの妻も繁殖部門の担当として経営に参入した。
地域の高校、ビール会社と連携してエコフィード活用へ
河井さんは就農してすぐに養豚の飼料共同購入組織「やまびこ会」に加入。そこで情報交換をしたり、勉強会や研修を通して技術の研鑽を積んだ。「やまびこ会では、全粒粉砕トウモロコシを使用したオリジナルの飼料を作っています。全粒粉は栄養価が高く、共同購入なのでコストも抑えられます」。
また、エコフィードの活用にも積極的に取り組み、伊勢志摩サミットの年には、三重県畜産研究所の推奨により、地域の特産品である真珠養殖用のアコヤ貝の粉末を飼料に添加し、カルシウムなどのミネラルを補給した。それが、「伊勢志摩パールポーク」のブランド力を高める結果にもつながった。
地域貢献やSDGsの活動にも意欲的で、令和3年には三重県中央農業改良普及センターの働きかけから、明野高等学校(畜産専攻)と、クラフトビールの製造販売会社「伊勢角谷麦酒」と連携し、ビール醸造後のモルト粕を乳酸発酵飼料(サイレージ)として給与。これにより豚の成育が促進し、出荷の日齢が短縮した。また、ロース肉の中の粗蛋白質が増加し、かつ粗脂肪が低下してさっぱりとした味わいになり、不飽和脂肪酸も増加したことで脂肪の融点が下がり、口溶けが良くなった。
「乳酸菌の効果なのか、豚が風邪をひかなくなりました。豚の病気の8割は呼吸器系で、それに対応する抗生物質を投与していたのですが、止めても大丈夫になりました。モルト粕は手作業で与えるので手間はかかりますが、それを上回るだけのたくさんのメリットがありました」と河井さん。そして、地域の資源循環という新たなコンセプトで生産した豚肉は、明野高校と検討し、「伊勢志摩パールポークほろよい」という名に更新した。
右 :SDGsパートナーズ登録証と宣言書
三元豚の自家生産を貫き、肥育成績の向上を図る
河井ファームは、繁殖雌豚約150頭を飼養し、年間約4000頭を出荷、売上高は約1億6000万円を計上している。一時期、需要に応じて生産量を拡大したが、事故や輸送の負担なども増えたそうだ。河井さんは日々、飼養記録を付けており、養豚の成績や肉質、労働生産性なども併せて分析し、現在の規模に落ち着いたという。
また県内では、多産系のハイブリッド豚が主流になる中、河井ファームでは三元豚WLD(※)の自家生産を貫いている。「一番は品質へのこだわりがあります。自家生産は病気等のリスクを防ぐためです。多産系ではないため生産性は落ちるかもしれませんが、低コストで肥育成績を上げるという、当社独自の経営を大切にしたいと考えています」と河井さんは言う。
実際、繁殖雌豚1頭あたりの肥育豚出荷頭数は24頭以上を達成し、優秀な成績を収めている。コスト面も、「やまびこ会」での共同購入やエコフィード活用による飼料費の削減、モルト粕給与による抗生物質投与の停止、衛生管理の徹底によるワクチン接種回数の低減など衛生費も削減し、安定した経営を行っている。
※三元豚WLD:大ヨークシャー(W)種の雌とランドレース(L)種の雄の掛け合わせにより生まれた雌を繁殖雌豚とし、それに種雄豚のデュロック(D)種を交配して肥育豚を生産。
直売店では肉や加工品のほか、地元産の野菜、堆肥も販売
安定した経営には、安定した販路の確保もある。同社はJAとの取引以外に、早くから直売に取り組み、平成3年には国道沿いに本格的な直売店舗「肉よし」を開店した。
左上 :「河井ファーム肉よし」店舗外観
右下 :バックヤードでの作業の様子
左上 :伊勢志摩ブランドに認定された「パールポークあらびきウィンナー」
右下 :店舗ではパールポークほろよいをはじめ、さまざまな精肉を販売している
志摩ブランドに認定された「伊勢志摩パールポークあらびきウィンナー」などの加工品も開発し、精肉と共にホテルや飲食店等の業務販売も増やしていった。その後、県内の大手精肉店とも取引が始まり、現在の出荷量の割合は、精肉店50%、JA40%、直売10%である。河井さんによると、精肉店は主に業務用、JAはスーパーと販売先が分かれていたため、コロナ禍の時もそれほど影響を受けなかったそうだ。
直売店では、農場から排出される糞を堆肥化し、袋詰めした堆肥を店舗横で販売している。それが地域農家の野菜栽培などの土作りに有効活用されており、また近隣地区の生産者グループが作る野菜も店舗で販売している。
左上 :袋詰めした堆肥を直売店の舗横で販売。地域農家の土作りに活用されている
右下 :社員のみなさん
耕畜連携で資源を有効活用し、地域の活性化を目指したい
今後の課題について河井さんは、「施設が20年経ったので、後継者ができた時に整備が必要になること」と話す。現在、従業員は農場担当が4名、店舗2名、店舗のパートが5名おり、会社員の長男、大学生の次男は、将来的に就農する意向を示しているそうだ。
息子たちは三重県農林水産部の紹介もあり、「三重県農林水産ビジネスプレゼンテーション大会2022」に参加し、「『IT』×『養豚』×『地域力』で持続可能な養豚事業を次世代へ引き継ぐ」をテーマにプレゼンテーションを行った。「息子が提唱するように、DXの導入は、作業の省力、効率化や、個体管理など業務の共有化を実現し、経営改善につながると思います。私はまだまだ属人的な作業に追われているので、IT関連は若い人に任せたいと思います」。河井さんはそう言って顔をほころばせ、後継者に期待を寄せる。
最後に、仕事の矜持と抱負を次のように語った。「養豚に携わった時から、良質で安全なものをお客様へ届けると同時に、地域社会に貢献したいと思ってきました。モルト粕サイレージの利用も、単純に利益重視で取り組んだわけではなく、地域とのつながりを大事にしたかったからです。現在も明野高校との関係は継続し、今後は飼料米の栽培ができないか話し合っているところです」。
「近年、指導農業士の認定を受けました。それまでは養豚のことばかり考えていましたが、いろいろな人と話をする中で、農業を幅広くとらえるようになりました。その時から、農場の堆肥を利用して飼料米を作るといった、循環型の耕畜連携はできないか、また、地域の天然資源を利活用してビジネスを興し、地域を活性化できないだろうか、などと考えるようになりました。この先、経営の規模を拡大するのか、多角化をしていくのか、まだ模索中ですが、養豚を主軸に持続可能な経営を行っていきます」。(ライター 北野知美 令和5年9月22日取材 協力:三重県中央農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」令和6年1月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
有限会社河井ファーム肉よし ホームページ
三重県志摩市阿児町甲賀1459-1
TEL 0599-45-3629