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農業経営者の横顔



小さい面積でも実現できる強固な経営基盤。"コスパ"と"タイパ"でかなえる次世代の農業

2024年11月13日

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小原(こはら)英行さん (東京都江戸川区 小原農園)


 30a―。誰もが驚く数字だろう。農業経営においては、多くの人が「経営は成り立たない」「兼業しているのか」と不思議に思うかもしれない。しかし、これはまぎれもない小原農園の経営面積だ。そこからコストパフォーマンス(コスパ)とタイムパフォーマンス(タイパ)を考え、コマツナだけで2000万円以上の収益を生み出している。
 コマツナ発祥の地とされる東京都江戸川区。都会の真ん中で伝統を絶やさないために奮闘している小原農園を訪れると、「廃れていく一方なら伝統は要らない。この小規模経営を続け、『コマツナ農家はかっこいい』と言われる存在にならないと」という小原(こはら)英行さんの常識を打ち破る次世代の農業に出会った。


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市場出荷から給食用へ
 一年中食することができ、カルシウムや鉄、ビタミンCなど栄養分が豊富で、給食の食材としても重宝されるコマツナ。その名の由来は江戸時代、将軍・吉宗が、東京都江戸川区の小松川村に鷹狩に来た際に食した菜っ葉の味に感動して名付けられたとされている。その江戸川区で古くからコマツナを栽培しているのが小原農園だ。学校やマンションが建ち並ぶ静かな住宅街の中を歩くと突然、鉄骨ハウスが現れる。小原さんが経営する小原農園だ。農村地域とは一線を画す光景に「昔はこの一帯は畑だったのですが、今では数えるほどになりました」と小原さんが説明する。
 コマツナ農家に生まれ育った小原さんだが、小さいころから農業を目指していたわけではなかった。むしろ、両親からは「これから東京の農業はもっと厳しくなる」と勧められたことはなかったという。それでも大学で農業を学ぶうちに、農業の可能性を感じ、卒業後に就農。
 大きな転換点は、2010年ごろの販路の変更だ。初代から続いていた築地市場(現・豊洲市場)への出荷から学校給食用への転換を図ったのである。「反対する声もありましたよ」と、小原さんは当時を振り返る。市場での出荷はトップクラス。毎年の売り上げも安定していた。それでも、農業の販売マーケットの多様化への対応や農業経営の更なる向上を意識し、小原さんは学校給食にチャレンジすることにした。


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左 :住宅街の中に突然現れる小原農園の鉄骨ハウス
右 :夏の猛暑にさらされながらも順調に生育したコマツナが一面に広がる


顧客のニーズをつかむ
 市場出荷用から学校給食用へ―。同じコマツナ作りでも出荷先が違えば、商品に対する考え方も違う。市場では、規格が求められ、規格外の大きいコマツナを作ればはじかれてしまう。しかし、給食用は違った。「大きい方が『おいしそう』って栄養士さんや調理師さんに言われて」と小原さん。
 そして、顧客のニーズを徹底的にリサーチ。栄養士には価格の安定と品質の良さ、欠品のなさが、時間との勝負を強いられる調理師には扱いやすさが求められていることがわかった。土のついたコマツナは洗うのに時間がかかるし、虫がついていないかにも気を遣う。そこで、水で土をきれいに落とし、切りやすいように根をそろえるなど、下ごしらえが楽になるようにした。そうして少しずつ小原農園のファンを増やしていった。


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左 :学校給食用の小原農園のコマツナ
右 :水洗いし、土をしっかり落とす


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近くの飲食店の料理にも小原さんのコマツナが使われている


絶対に欠品させない
 給食を作る側にとって最も困るのは欠品だろう。毎日、子どもの食事を預かる栄養士や調理師にとって、欠品はあってはならない。その一方、ハウス栽培とはいえ、天候に左右されてしまうのはコマツナも一緒である。小原さんは、欠品を絶対に出さないために栽培の安定化を図っている。
 まずは、品種リレーである。いくつもの品種を採用して、年間を通して必ずハウス内でコマツナを栽培できるような環境を作っている。「はまつづき」「いなむら」「ひと夏の恋」など、その時期に合った品種を採用することで、給食のない夏休み以外はコマツナを出荷できるようにしている。
 次は圃場管理だ。「植物は根っこから、水に溶けた養分の吸収が主」という理論のもと、徹底した水管理を行っている。常に意識しているのが、土壌中における肥料濃度の推移だ。小原さんは研究者並みにデータを収集。生産されたコマツナの植物体分析を行い、1kgあたりどのくらいの元素を土壌から取り出しているのかまで調査。流亡分や吸着分も加味したうえで、施肥量を決めている。
 また、安定して出荷するために栽培技術の高い生産者とグループを組むことで、一人では成し得ない安定を取引業者に提供している。かつては市場でライバルだった生産者にも声を掛け、より強固な安定出荷を実現させている。


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左 :肥料濃度の綿密な分析を行い、堆肥を施用
右 :水管理は特に徹底して行っている


無駄をなくして利益を上げる
 お客様のニーズを徹底的に把握し、栽培の安定化を図るのは農業者としての顔。さらに小原さんには、徹底的に利益を追求するという経営者としての顔もある。
 給食では、より収量が上がる大きいコマツナを栽培する。大きいコマツナを作ることで栽培期間が長くなったり、病害虫のリスクがあったりなどのデメリットもあるが、農薬の知識や技術、徹底した栽培管理でカバーしている。また、圃場面積と労働力、出荷先の取扱量のバランスを考え、栽培管理を徹底することで生産ロスをなくすようにしている。
 さらに、無駄を排除することにも努めている。例えば、東京都と江戸川区からの補助を受けて、栽培に使う水を水道水から井戸水に変更。これにより年間80万円程度の経費削減を成功させた。こうした農業と経営の両面での努力が実を結び、初年度年間40万円程度の小さなマーケットから、現在では年間2000万円へと大きな飛躍をとげた。また、のれん分けや紹介なども含めれば、東京都の学校給食のマーケットは6000万円近くに達している。


農業は"ファミコン"
202411_kohara_13.jpg 学校給食に絞った経営を安定させ、小原農園を成長させた小原さんの経営の原点は、小さいころに遊んだゲーム機「ファミリーコンピューター」である。
 「小さいころシミュレーションロールプレイングゲームが好きでよくやっていました。戦闘で勝利するために、どのような仲間を入れて、どのような装備をして...とシミュレーションして。大人になって経営者になると、とても似ているなと感じることがあります。コマツナが売れることが勝利とするなら、どのような戦略をたてるかを考える。そうやって常に頭の中で考えているのは、ゲームをしていた子どものころと変わっていないのかもしれないですね」
 小原さんの頭の中には、「生産」「労働量」「販売・営業戦略」という3本柱があり、そのバランスを1:1:1に保つことを目標とし、それぞれの過不足を作らないことで毎日の作業を効率的にすることを日々模索している。


"コスパ"だけでなく"タイパ"も追求
 労働時間がどうしても長くなってしまう農業界において、タイパを追求しているのも小原農園の大きな特長だ。
 「労働量は、人数×技術×時間でできているので、時間を減らしたいのなら人数を増やせばいい。8時間フルタイムで一人を雇うなら、同じ雇用費で3時間の雇用を二、三人で雇えばいい。短時間で終われる環境を作っておけば、農産物の鮮度にも良い影響があるというメリットもあります」


切磋琢磨しあえる仲間の存在
 作業中、いつも小原さんの耳にはイヤホンが入っている。「農業仲間と常につながっていて、今どんな状態でどんなことをしているのかがすぐに分かる。東京にいながら全国の農家の情報が入ってくるんです。一度の人生で何通りもの農業経営をしている気分です。これらの経験がなければ江戸川区での農業経営から外へと踏み出すことができなかったと思います」と笑う。そこから生まれるアイデアも数知れないという。


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左 :作業中、耳にはいつもイヤホンが
右 :「K&Kファーム」を共に立ち上げた門倉周史さん(右)と


 小原さんが同じコマツナ農家の門倉周史さんと立ち上げたK&Kファームも大きな存在だ。門倉さんも小原さん同様、市場出荷から高級マーケットへの出荷へ進出した異色の農家だ。新型コロナウイルスにより学校給食がストップした際には門倉さんと協力し、メディア出演やインターネット販売など一緒に支え合ってきたという。
 今後も門倉さんをはじめ全国でつながっている仲間と共に、コマツナ経営のネットワークをもっと大きくしていこうと考えている。既に隣の足立区の農家や山形県の新規就農者などからの相談にも応じるなど、つながりは全国へと広がっている。「まだまだやれることはあるし、今あるベースを使って勝負したいこともある」と次々に夢を語る小原さんはかっこいい。そしてコマツナの未来は明るい。(ライター 杉本実季 令和5年8月10日取材 協力:東京都中央農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」令和5年11月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


小原農園 ホームページ
東京都江戸川区春江町2-45-16 
TEL 090―4139―3015