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農業経営者の横顔



台風にも暑さにも、コロナ禍にも負けない! 石垣の風土にあった牛づくり、製品づくり

2024年10月10日

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伊盛米俊さん(沖縄県石垣市 農業生産法人 有限会社伊盛牧場)


 令和5(2023)年の夏、石垣島に人が戻ってきた。八重山群島や名蔵湾を臨む絶景に建つジェラートショップ「ミルミル本舗」には、店内にもテラスにも人が絶えることがない。
 オーナーの伊盛米俊さんは、15歳の時この場所に立ち、馬に乗って海を見渡す草原で仕事がしたいと夢を描いて、17歳で就農を決意した。和牛の育成から酪農に転換し、農産加工や販売まで。酪農には不利と言われた南国の離島で、島の気候風土に寄り添い経営を続ける伊盛牧場の創意工夫をレポート。


台風の影響を受けない仕事を求めて
 石垣生まれの石垣育ち。家業は漁師だった。台風の影響を受けない仕事を...と考え、昭和55年に伊盛牧場を創業した。石垣島は「石垣牛」で知られる和牛の産地。米俊さんも最初は和牛の育成から始めた。経営は順調だったが「子牛の価格を農家が決められない」ことが腑に落ちず、平成2年にホルスタイン2頭から生乳の生産を開始。酪農は月ごとに収入があり、乳価は乳業メーカーと交渉できる。努力して乳量を増やせばその分儲かると思っていた。学校給食の牛乳が不足していたこともきっかけだった。
 「見通しが甘かった。乳価は全然上がらない。沖縄本島から母牛を買ってしぼってみたら、1カ月の売り上げが9700円でした」。


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左 :牧場の看板
右 :牧場外観。西日を避け、台地を削って牛舎を建築。周りの牧草地で粗飼料の牧草が育っている


牛舎の暑さ対策を工夫
 島の夏は午後8時まで明るい。「一番暑い時期の西日に当たると牛がへたるんだよ。だから立地と牛舎の角度はしっかり考えた」。
 台地を削り、周りより低く土地を造成した。牛舎は東西に長く、西日に対して接する面積を小さくした。最も西側に事務所を建て、東側に牛舎が隣接することで日陰をつくっている。
 牛舎を訪れると、他所と比べてとても涼しい印象。「暑さ対策はどこの牧場も同じですよ」と米俊さんは言うが、二頭に対して一台の細霧冷房が当たっている。牛の背後からではなく、西側から東側に向けて風を送り込むことで、風がよどみなく吹き抜けていく。


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左 :牛舎内には牛2頭に1台の細霧冷房機を設置
右 :「俺は儲けてスポーツカーに乗ろうとは思わない。島を走り回る軽トラが似合う経営でいいってこと」と伊盛米俊さん


濃厚飼料は自家配合、粗飼料を100%自給
 牧場では配合飼料を使わず、島内の飼料会社が、肉牛向けに貯蔵しているトウモロコシや麦などの単味飼料を購入し、自家配合している。台風で配合飼料の輸送が滞っても、島内で肉牛用に備蓄されているからいつでも手に入るとのこと。
 さらに粗飼料は100%自給。これも容易ではない。温暖な気候から牧草は年6回収穫できるが、管理を怠った草地は、根が絡み合い硬直化して、牧草の生産性が下がってしまう。固くなった表層と深層を重機で入れ替える、いわゆる「天地替え」を行って改善していたが、その期間は牧草を生産できないのが悩みの種だった。
 そこで沖縄県と石垣市、建機メーカーが連携し、農林水産業みらい基金の助成を受けて、一台で「根切り」「踏圧」「堆肥施用」をこなすブルドーザーを開発し、これを用いた簡易更新法を導入した。
 「食べものが牛をつくるから、牧草は大事。それを土からつくるのが農業。牛を買うんだったら草を重視しないといけないという考え方です」。


202410_imori_6.jpg石垣島の環境に適した「進化した牛」づくり
 「いい牛の定義は、それぞれの牧場や経営者で違う。うちで言うなら暑くても乳量が落ちない、故障がない、受胎率がいい牛です」。
 そのために米俊さんが目指したのは、生まれも育ちも石垣島産の牛づくり。5年前に、北海道など、島外からの牛の導入をやめた。50頭の牛がいれば、その中で、病気をせず、乳量が多く、受胎率のいい牛を25頭選抜し、雌雄判別精液を用いて計画交配させて、生まれた雌牛を母牛にする。残りの25頭は、経産牛として出荷する。これを繰り返すことで、暑熱環境に強い「生まれも育ちも石垣島」の牛群が構成されていく。
 乳脂肪率は、3.8~4.0%、乳量も7600kgまで伸びているが、牛に無理をさせない8000Lほどでいいのだという。「適正規模、土地とのバランスが大事。牧草を食べさせられるだけの牛を飼い、島の環境に負荷をかけない範囲でまわしていけたら」。
右 :夏場も元気な乳牛。暑さにも慣れてきている


ジェラートで危機を乗り越えて
 米俊さんの案内で、牧場から300mほど離れた丘のジェラート販売店「ミルミル本舗」へ。店名はミルクのミル、景色を「見る」から。絶景の店舗は、平成22年のオープン以来、島の観光スポットの一つに数えられるほどの盛況ぶりだ。

 30年間乳価が変わらないということへの危機感と、農商工連携などと言っても、販売まで手がけないと『農』の経営は成り立たないという判断があり、乳量で牛に無理をさせない分、高い価値で販売できる商品づくりの必要性を感じた。東京でジェラートづくりの研修を受けた後、イタリア製の製造機を購入した。
 自社の生乳を使ったジェラートは、たちまち評判に。島内の農家と連携し、規格外品を買い上げて、石垣島産のパパイヤ、マンゴー、パイナップルなどの果物や紅芋などの野菜、塩、島豆腐など40種類もの味が並び、平成26年には売り上げが1億円を突破した。


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左 :「ミルミル本舗」外観
右 :テラスから海を臨む


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左 :季節によって変わるジェラートは40種類ほど。フルーツをピューレにせず生でミックスすることで、ミルミル本舗ならではの風味豊かな味わいをつくっている
右 :ジェラートは2種類を組み合わせることもできる。一番人気のミルクとマンゴーの組み合わせは大人気


 石垣島の観光客数は右肩上がりで、2016年には過去最多の120万人を数えた。ジェラートの売り上げも着実に伸び、2017年2月には加工施設を増設。ジェラートは1日300kgの製造が可能になった。妻が農産加工の責任者となり、ジャムやプリン、カレーやハンバーグなどのレトルト製品も製造する。
 乳用としての役目を終えた牛の肉はハンバーガーのパテにして販売しており、若者やファミリー層を中心に圧倒的な支持を集めている。


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左 :経産牛の肉を使ったミルミルバーガーは牛肉100%のパティが分厚く食べ応えあり。肉のうまみをしっかり感じることができる
右 :牧場の牛を使った牛丼も、ハンバーガーと並ぶランチの人気商品


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ジェラートショップの横には、農産加工品や島内のお土産をそろえたショップも


 それでも、観光業にとってコロナ禍は大打撃だった。けれど、地元のお客さんに励まされて乗り越えられた。だからこそ、石垣空港の2号店も通常営業を続け、従業員を一人も解雇しなかったそうだ。
 「パンデミックに、ウクライナの戦争、世界情勢がこんなに影響を与えるほどに、世界は狭くなっている。けれど農業は時代に対応するのが難しい。まだまだ先は見えないけれど、だからこそ島にしっかり根を張って、自給自立できる経営が必要なのだと考えています」。(ライター 森千鶴子 令和5年7月19日取材 協力:沖縄県農林水産部八重山農林水産振興センター農業改良普及課)
●月刊「技術と普及」令和5年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


農業生産法人 有限会社伊盛牧場 ホームページ
沖縄県石垣市新川1510-67
TEL 0980-87-0885