「なると金時」で世界中の食卓を幸せに
2024年09月09日
藤原俊茂さん(前列中央 :徳島県徳島市 株式会社農家ソムリエ~ず)
渦潮で有名な鳴門海峡に注ぎこむ吉野川、その河口に堆積した砂が干拓された砂畑地は海のミネラル分を豊富に含む。その砂畑地で生産され、鳴門市と徳島市、板野郡の一部産地のものでないと「なると金時」(※)と表記することができない。これまでは、主に関西圏で消費されることが多かったが、今や全国にその名が知れ渡り、さらにアジア圏にも周知され始めている。
なると金時を生産する「株式会社農家ソムリエ~ず」代表取締役の藤原俊茂さん。祖父の代はタマネギやハクサイなどを作っていたが、高知県で生まれたさつまいも「高系14号」を徳島県で生産すると、上質の食感と味覚を持つ鳴門金時となり、祖父、父親と受け継がれて、農家としての基盤を作り上げてきた。
※ 「なると金時」は全国農業協同組合連合会の登録商標で、地域団体商標を2007年に取得。
左上 :きれいに整備された露地のなると金時畑
右下 :海のミネラル分を含んだ上質の砂土
なると金時を愛する若手の勉強会が始まり
若い頃は、なると金時への関心はあまりなかったという藤原さん。宮崎県での学生時代、アルバイト先の料理店で、徳島から届いたなると金時を調理したシェフに、「これを作ったあなたの祖父さんとお父さんは天才だ。誇りに思いなさい」と言われたという。家族が守ってきた仕事が、人を感動させられる仕事だと気づいた瞬間だった。そして、自分もなると金時を育てたい、親を越えていきたいと決意。大学卒業後すぐに就農し、以来、なると金時に向かい合ってきた。
藤原さんの周囲には同世代の農家がいて、同じように、なると金時への熱い思いがあった。そこで、2012年に任意団体「農家ソムリエ~ず」を設立。それには、2011年のリーマンショックによる不況、関東圏のたばこ農家がさつまいもに転作したこと、高糖度の「紅はるか」が現れて、なると金時の需要が押され気味になってきたなどの背景と危機感があった。「不況でモノが売れない。これはまずいと感じていた時、農業支援センターが発起人となって、『品質を安定させ、向上させていくための勉強会』が開かれた。それが、農家ソムリエ~ずの原点です」。
左上 :収穫されたなると金時はこの選果場へ
右下 :実を傷めないよう、気をつけながらの選果作業
勉強会が2年続いた頃、「仲卸会社が、なると金時のチップスを製造できる会社があるという話を持ってきて、みんなで食べてみたら、これがおいしかった」。ちょうど農商工連携で6次産業化が推奨されていたこともあり、農家ソムリエ~ずで販売することが決まった。県の支援で東京での商談会に参加したが、任意団体だと金融機関に口座の開設ができないとわかった。NPO法人にするか株式会社にするか考えた末、株式会社化へ舵を切ることにしたのは、2014年のことだった。
会社の利益は、なると金時に返す
株式会社農家ソムリエ~ずは6つの生産農家が出資する法人組織だが、経営はそれぞれ別である。藤原さんは、株式会社藤時の経営者でもある。「株式会社化しようというとき、6つの農家が出資金として、それぞれが用意できる金額を出し合って、150万円を設立資金にしました」。会社が利益を上げたので、どう分配するかを話し合った。その結果、法人化した目的が"なると金時のブランドの向上"であり"農園の安定化"だったので、「利益は農産物に返していこう、ということになりました。だから、今年で10年目になりますが、今もずっと無報酬です。あくまで目的のために動いているから、もめることはないし、組織として揺るぎがないんです」と言葉が弾む。
会社設立の契機となった、なると金時の加工品は「おさっち」という名称で、プレーン味と塩味の2種類を販売している。「農薬や化学肥料をできるかぎり使わずに作ったなると金時だけを使っているので、子どもたちにも安心して食べてもらえます」と藤原さんはほほえむ。「おさっち」の加工は外部に委託し、袋詰めは社内で行っているが、いずれはすべて自社で一括製造していこうと考えている。
左上 :加工品の「おさっち」プレーン味と塩味がある
右下 :大袋の「おさっち」も人気商品だ
県の戦略に乗って海外市場へ進出
農家ソムリエ~ずのなると金時は、2023年現在、台湾、香港、マレーシア、シンガポールなどアジア諸国に輸出され、現地での認知度は高い。2019年度の輸出額は3200万円、2021年度は4800万円と右肩上がりだ。今後はカナダなど北米への輸出を視野に入れている。「最初は台湾への輸出からでした。そもそもは徳島県の経済グローバル化戦略が始まりで、ゆず、すだち、なると金時が輸出品として選ばれたのです。農協が対応するのは難しかったので、代わりに僕らが呼ばれました。その場で『輸出してみる気はあるか?』と尋ねられ、『出します!』と即答しました」と笑う。それから2カ月に一度はアジア各国へ出かけ、なると金時の知名度アップの活動を展開している。
現在、なると金時は、台湾でも香港でもよく知られた存在だ。赤道に近い国々では甘いものが好まれるが、2018年頃にシンガポールに進出した日系総合ディスカウントストアが焼き芋を販売したところ、大人気となった。焼き芋は当初、しっとり系の甘さの強いものに人気が集まったが、時代の推移とともに健康ブームが起こり、現在はしっとり系が敬遠され、なると金時のほっこり系に人気が出てきたという。「なると金時と指定してくれる消費者が台湾などにいらっしゃるんですよ。ありがたいことです。その声に応えるためにも、商品として品質の高いものを届けるのが、私たち会社の使命です」。
左上 :元気で陽気なパートさんたち
右下 :農福連携のスタッフたち。みんな明るい
産地にこだわることが未来を拓く
最後に、「未来への展望は?」と、大きな質問を投げかけてみた。「最近、『産地とは何か?』ということを考えるんです」。藤原さんは言葉を選びながら続ける。「全国各地に"産地"がありますが、これから徐々に衰退していく産地もある。何とかしようと法人同士が合体して、大きな法人になったり組合にしたりと、考えていかなければならない時が来るかもしれない」「僕は、産地は人間の集合体だと思うんです。人がいることで維持され、継続できる。農家がいるから作物をつくることができ、ブランド化することもできるし、産地があるからブランドが存続できる」「僕らは、なると金時そのものをブランドにしていきたいし、100年後にも残していきたいと思っています」という力強い言葉が返ってきた。(ライター 上野卓彦 令和5年5月24日取材 協力:徳島県東部農林水産局徳島農業支援センター)
●月刊「技術と普及」令和5年9月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
株式会社農家ソムリエ~ず ホームページ
徳島県徳島市川内町平石若宮268-3
電話 088-679-8661