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農業経営者の横顔



ブドウ農家と観光協会が連携し、6次産業化を実現

2024年08月07日

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小川忠洋さん、小川智洋さん(秋田県横手市 農事組合法人大沢ファーム)


 秋田県横手市は県の南部に位置し、広大な盆地で水稲や野菜、果樹の栽培が盛んに行われている。なかでも市の東部、横手川を挟んで帯状に広がる大沢地区は県内有数のブドウ産地で、その栽培は明治時代から始まった。
 大沢地区のブドウ生産農家により2012年に設立された農事組合法人大沢ファームでは、大沢地区産スチューベンを自社工場でジュースに加工。商品開発や販売を担当する横手市観光協会と連携しながら、6次産業化を実現している。


新たな特産品を目指してジュース加工に挑戦
 大沢ファーム代表理事の小川忠洋さんは、農家の4代目。現在は5代目の長男、智洋さんとともに2haの園地で15~16品種のブドウを栽培している。生食で美味しいブドウを代々作り続けてきた忠洋さんのもとに、ジュース加工の話が持ち込まれたのは2005年のこと。横手市は前年に香港の高級スーパーマーケット「シティスーパー」で開催された催事に参加し、市の特産品の売り込みを図ったが、思うような反応が得られなかった。そこで、地域資源を生かした商品開発を模索していたところ、シティスーパーの日本人バイヤーが「大沢地区のブドウを使ったジュースを作ってみては」と提案。横手市観光協会の当時の物産マネージャーである小棚木征一さんが、忠洋さんに協力を求めたのだ。


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 :豪雪地帯で知られる横手市。この地域のブドウ農家は雪害とも戦ってきた
 :ジュース用のスチューベンは樹上で完熟させる


 生産農家は当初、ジュースにするためのブドウを作ることに乗り気ではなかった。その一方で、産地が小さいため「横手では本当にブドウを作っているの?」と聞かれることもあり、忠洋さんは知名度を高めるために何か手を打つ必要があるとも考えていた。「ジュースにすれば年中売ることができ、単価もいい。選別や梱包の手間がかからない。いろいろ計算した上で、やってみることにしました」と、決断の理由を説明する。
 横手市観光協会が農家から買い取ったブドウを、盛岡市の加工業者が委託加工。2005年秋に「大沢葡萄ジュース」が完成した。翌年1月、香港のシティスーパーに納品した600本は、わずか1日半で完売するほどの人気ぶりだった。


高い栽培技術を生かした品質重視の商品づくり
 「大沢葡萄ジュース」はジュースとしては後発の市場参入となることから、品質で差別化を図ることにした。水も砂糖も加えず、原料はスチューベンのみのため、原料を美味しく作ることが大前提となる。現在、ジュース加工用のブドウを提供している農家は22~23軒。「この地域の特徴として、直売で生活している農家が多いので、良い意味で競争があり、みんなで技術を高め合ってきました」と話す忠洋さん。9月上旬から10月下旬にかけて、大沢地区を通る国道107号沿いには、多くのブドウ直売所が立ち並ぶ。選ばれる直売所を目指し、生産者同士で栽培技術を磨き合ってきた結果が、高品質のブドウ生産につながっている。

 また、生食用のスチューベンの糖度は17度ほどだが、ジュース用は樹上でさらに3週間完熟させ、糖度23度以上の果実を収穫。これを搾って寝かすことにより、酒石酸を結晶化させて取り除く。通常のジュースは1カ月以上、プレミアムジュースは冷蔵で1年間熟成して出荷。ジュースは眠らせることにより、さらにまろやかでコクのある味わいとなる。

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 :スチューベンの新梢整理作業
 :「大沢葡萄ジュース」とともに、ラ・フランスとシルバーベルを原料にした「洋梨ジュース」も生産している


品質向上と後継者育成のため自社の加工場を整備
 2012年3月、製造体制を強化するため、忠洋さんを含む農家3人で農事組合法人大沢ファームを設立。2013年に国の「6次産業化・地産地消法」による事業認定を受け、廃校となった学校給食センターを改修して加工場を整備した。産地に近い場所に加工場を得たことで、原料輸送コストの大幅削減と、新鮮な果実を速やかに処理することによる製品の高品質化を実現。さらに、加工の現場の中心となっているのは、智洋さんをはじめとする若手農家で、地域内の雇用創出と後継者育成の役割も果たしている。


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 :3人のブドウ農家で農事組合法人大沢ファームを設立
 :2013年秋から稼働している自社工場。廃校になった中学校の給食センターを改修した


 しかし、稼働当初は苦労があったという。研修として盛岡のジュース工場と製造機器納入業者に技術の指導を仰いだが、それだけでは不十分だった。搾る作業を繰り返し経験しながら、智洋さんは自分の舌の感覚でどのぐらい搾ればいいのか掴んでいったと話す。搾汁率は60%以下。それ以上搾ると、えぐみが出るという。最高品質の原料の良さを少しも損なわない製法の習得により、大沢葡萄ジュースの高いクオリティーが保たれている。


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 :品質をチェックし、完熟したもののみを受け入れる
 :ジュース加工には7人のスタッフが従事


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 :経験を積み、えぐみが出ない程よい搾り加減を習得
 :一斗缶にジュースを充填し、寝かせることにより、まろやかでコクのある味わいになる


高級路線の販売戦略で地域が誇る商品に
 ブドウ栽培から加工まで一切妥協せず作った「大沢葡萄ジュース」の価格は、1本(720ml)約2000円。海外や首都圏の富裕層をターゲットに販路を開拓し、高級スーパーマーケット「成城石井」、株式会社サンクゼールが展開する和食をテーマとしたセレクトショップ「久世福商店」、香港、上海市、台湾で展開している「シティースーパー」が主な取引先となっている。藤崎百貨店、西武百貨店、横手市観光協会などのネット通販、秋田県内の一部スーパーマーケットでも取り扱っており、地元では横手をPRする贈答品として人気が高い。


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大沢葡萄ラガー()と葡萄パイ(


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葡萄チーズケーキ()と大沢葡萄フレーバーティー(


 「大沢葡萄ジュース」の味を知り、原料提供を依頼する食品企業も現れている。これまでに葡萄ラガー、葡萄パイ、葡萄チーズケーキなどが商品化され、こうしたコラボ商品がきっかけとなって「大沢葡萄ジュース」に興味を持ち、買ってくれる人もいるという。
 2023年春には、横手市観光協会が企画し、栃木県の紅茶専門店が監修した「大沢葡萄フレーバーティー」を発売。ジュース製造の副産物である搾りかすを加工して茶葉に加えた商品で、横手市の新たな特産品として注目されている。


連携体制を強化して産地を盛り上げたい
 忠洋さんは、まだ10代だった頃の智洋さんに言われたこんな言葉が印象に残っているという。
 「初めて香港にジュースを出荷して、現地へ出発する時に『農家をやっていても海外に行ける仕事を、この地域の人たちはしているんだな』って」。
 真摯に農業に取り組んできた親世代への尊敬や誇りが込められたその言葉を、忠洋さんはうれしく思った。その何年か後、大沢ファーム統括本部長となった智洋さんは、ジュース加工の現場を取り仕切るようになる。香港にも5~6回足を運び、現地での好反応が、自らの仕事の価値を認識する機会になっている。


 大沢ファームの6次産業化の取り組みは成功事例であるが、「我々のような小さい農家がものを作って売ろうとして、本業が疎かになっては本末転倒です。我々が今あるのは、観光協会の尽力のおかげです。栽培指導や情報提供、補助事業などで支援してくれる県の力も大きいです」と忠洋さんはいう。それを受けて、横手市観光協会物産マネージャーの鈴木健さんは「観光協会としても、ジュース事業は大きな柱です。私たちは仕入れて売るのが仕事ですが、加工に携わる智洋さんがプロモーションに同行するだけでお客様の反応が変わるんです。お互いがいないと成り立たない。そのぐらいまで育て上げた商品です」と返す。


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 :忠洋さん(左)と、「大沢葡萄ジュース」の販売を担当する横手市観光協会の物産マネージャー、鈴木健さん(右) 
 :香港のシティースーパーで商品の説明をする智洋さん


 今後について忠洋さんは「我々が可能性を見出していくためには、いろいろな人とタッグを組み、協力しながら発展していくのが現実的です。『大沢葡萄ジュース』は、大沢地区がブドウ産地として生き残るためのツールになると思います」と話し、さらなる躍進に意欲を燃やす。(ライター 橋本佑子 令和5年5月15日取材 協力:秋田県平鹿地域振興局農林部農業振興普及課)
●月刊「技術と普及」令和5年8月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


農事組合法人大沢ファーム
秋田県横手市大沢字羽根山102