さらなる経営発展を目指し 梨専業から果樹複合栽培へ。 農業の誇りを次世代につなぐ
2024年07月05日
榎本孝さん(埼玉県白岡市 株式会社榎本フルーツファーム)
埼玉県の中東部に位置する白岡市は、明治の頃から梨の栽培が行われてきた。現在も白岡の梨は、「白岡美人」という愛称で親しまれ、県内有数の収穫量を誇っている。榎本孝さんの生家も1948年より梨園を営み、榎本さんは1985年、30歳の時に父から経営を引き継いだ。2017年には、梨作りの技術を応用してキウイフルーツとシャインマスカットの栽培を開始。昨年7月に「榎本梨園」を改名、法人化し、「株式会社榎本フルーツファーム」を立ち上げた。現在(2023年4月)の経営面積は約200a(梨170a、キウイフルーツ30a、シャインマスカット6a、柑橘類60鉢)で、白岡の果樹園では最大級の規模である。
経営4年目に直売所を開き全量直売をスタート
榎本さんは経営者になった時から、全量直売を構想していたという。経営を継承したその年に、これまで行っていた市場出荷をやめて卸売を始め、並行して直売の勉強に取り組む。梨の直売で有名な「大町梨街道」(千葉県市川市)に出店している農家の方々にも指南を受けた。そして1989年、念願だった直売所をオープンする。
「当時も170aの面積を持っていたので、全量を直売するのは難しいと言われましたが、初年度から売り切ることができました。集合住宅を回ってチラシを配るなど、地道なことは全部やりましたね。ちょうど平成元年(1989年)は、宅配事業が充実してきた年でもあり、それが重なったことも直売の後押しになりました」。その後も榎本さんは全量直売を継続し、市場出荷は一度もしていない。「売れなかった時は市場へ...、と自分に逃げ道を作らないために、冷蔵庫を置きませんでした」。
左上 :白岡では最大級の規模となる果樹園
右下 :梨は「幸水」と「豊水」を主力に生産。梨の味と品質は折り紙付きで、リピーターが多いという
現在、取り扱っている梨の品種は幸水、豊水、豊月。中でも幸水と豊水を主力に生産している。栽培は土作りからこだわり、有機肥料に加え、旨みを引き出す蟹殻や昆布、魚粉などを散布。発酵菌専用の施設で菌を培養し、発酵菌を使った土作りを行っている。また、梨の花粉を採取する専用圃場を設置し、その花粉を手作業で一つ一つの花に受粉させている。収穫は早朝に行い、選別や箱詰めの際は手袋をはめて丁寧に作業し、その日のうちに発送を完了する。榎本さんたちが作る梨は、味と品質の良さからリピーターが多く、予約枠はすぐに埋まるそうだ。
規模にあった経営戦略を模索
県内でも有数の梨の生産者である榎本さんだが、「梨が全盛期だった頃は、もっと大規模に経営していたところもあり、今も特段、大きいとは思っていません」と、やんわりと否定する。
「白岡で専業する場合、私は家族経営でできる約120aが適正規模ではないかと考えています。梨は手作業が多く技術も求められるため、利益率を追求するならば、人件費をかけずに自分の労力の範囲でやるのが一番です。しかし、うちは面積が基準より少し上回っているので、従業員の雇用は必須です。長期的に経営を続けていくために、今の面積で利益率の向上を目指すのか、あるいはもっと労働力を増やして規模を拡大し、トータルとしての利益向上を追求していくのか。常に戦略を練りながら経営を行っています」。
そして経営体制を整えるために、農林振興センターのアドバイスもあり、法人を設立。現在、榎本さんと奥さんが役員、社員が1名、常時雇用しているパートが6名である。今後は、2~3名の社員を雇い、研修後に独立する人と、定着する人のすみ分けをしながら、人材を育成していく予定だ。
左上 :スタッフのみなさん
右下 :朝収穫した梨を選別、箱詰めして、その日のうちに発送
高度な技術を単純化し冬の仕事を乗り切る
従業員の指導について榎本さんは、基本の技術を単純化して教えていると説明する。「たとえば1つの仕事を5工程に分解し、1人1工程ずつ作業をしてもらいます。頑張れば一度に3~5工程をすることもできますが、それをお願いすると個人差が出てしまい、結果的に内容が悪くなります。1工程だけならば、個人差も小さくなります。ただ難しいのは、梨は剪定などの技術が高度であり、途中の工程が1つでもできていないと次に進めないことです。栽培の技術をどこまで求めるかは、農家によって違うでしょうが、私は8割の技術で今の面積を維持できたらよいと考えています」。あくまでも榎本さんの思う8割であり、相対的には高い技術力であるだろうが、手間暇と労力を徹底してかけてしまうと、経営に見合わなくなるそうだ。
また、剪定作業などは気候に合わせて行う必要があり、近年は温暖化の影響で生育が以前とは異なり、作業スケジュールを立てるのが大変なのだという。「昔と比べ花が早く咲くようになり、11月だった落葉も12月にずれてきました。寒くなるのが遅く、暖かくなるのが早くなり、冬が短くなっているのです。その冬の仕事である剪定作業をどう短縮し、単純化して乗り切っていくかが、ここ数年の課題です。一方で、樹種を変えてみるというのも一つの戦法でした」と榎本さん。そこで、複合栽培の計画が持ち上がった。
右 :梨の花粉は一つ一つの花に丁寧に受粉
複合栽培をすることで年間の仕事と労力を分散
キウイフルーツの栽培は、梨に紋羽病が発生したことも、きっかけの一つになったという。何度か改植や客土をしたものの梨が育たず、梨よりも病害に強い品種として選んだのが、キウイフルーツだった。
榎本さんによると、「キウイフルーツは、梨の平面利用の技術を活用して栽培することができます。また、梨に比べると手技が簡単なので、パートさんにも任せやすいという利点もありますね」と話す。「それまでは梨専業のほうが、仕事の効率がよいだろうと考えていましたが、最近は冬の仕事が追い付かなくなってきました。その一方で、キウイフルーツやシャインマスカットは、剪定作業が省力できるので、さらに増やしていこうと考えています」。
ほかにも複合栽培を始めたことでプラスになったのは、収穫および販売期間が7カ月に拡大したことだ。直売店では、梨が8月上旬から、シャインマスカットは9月中旬から、キウイフルーツは11月上旬から販売している。キウイフルーツはお歳暮のギフトとしても人気が高い。従業員の安定雇用には、安定した収入が必要であり、そのためには一定の勤務日数の確保が必要だ。今後は1年を通して、直売ができる仕組みを作るのが目標なのだそう。なお、榎本さんは現在、柑橘類の研究もしていて、栽培を検討している品種の一つは12月が収穫期だという。
左上 :1989年にオープンした直売所複
右下 :梨とシャインマスカットの詰め合わせギフトの構想も練る
また販売においても、梨とシャインマスカットを詰め合わせたギフト商品を作るなど、セット売りの構想も練っている。「今の購買者のゴールデンエイジは60~80代です。この先お客さんの需要は、量、価格なども含めて変わってくることでしょう。1箱5000円で梨を選んでいただいている状況も、いつか限界がくるかもしれません。適正な価格と量を考えるのはとても難しいですね。しかし、SNSで告知をしたりネット販売をしたり、できる手は打っていこうと思っています」。
これまでの恩を返し、若い人に頼られる存在に
複合栽培、法人の設立など、さらなる経営発展を目指している榎本さんに、仕事への想いや抱負を伺った。
「会社の経営で言えば、事業を長期的に継続できるよう、果樹複合の体制を強化していきます。同時に、自分も若い頃は梨の師匠に技術を教わり、いろいろな人に助けてもらったので、これからはその恩を返していきたい。栽培、経営を含め、若い人に頼られる存在になりたいと思っています。そして今日、農業は世間から斜陽産業と見られています。戦前は地位が高かったのに、だんだんと下がってきました。これは果樹だけの問題ではなく、農業従事者が1000万円以上の所得を得られる産業にしたい。経済的にも仕事内容でもほかに負けない、誇りのある職業であることを自ら証明し、次世代へつなげていきたいと思っています」。
まだまだ現役で、未来を向いている榎本さんから、活力にあふれた言葉が返ってきた。
(ライター 北野知美 令和5年4月14日取材 協力:埼玉県春日部農林振興センター農業支援部)
●月刊「技術と普及」令和5年7月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
株式会社榎本フルーツファーム ホームページ
埼玉県白岡市岡泉1050
電話 0480-92-2796