常に新しい農業にチャレンジし、 施設栽培の進化を目指す
2024年03月22日
尾原農園を訪れた2022年12月、尾原由章(よしあき)さんはハウスの横にあるパソコンが置かれたデスクで作業中だった。手に持ったスマートフォンを操作して、ハウス内の温度管理をしているという。「スマホのアプリを使って、ハウス内の環境を調整しています。冬に夏野菜を作ると換気ができないため、不足するCO2を施用したり、日射と外気温に合わせながら温度を調整しています」。
安芸市にある尾原農園はピーマン専作。経営面積はすべて施設で120a(養液栽培42a、土耕栽培78a)。尾原さんは大学卒業後に3年間企業で働いたあと、25歳のときに父の跡を継いで就農。経営5カ年計画を立て、30歳でハウスを増設、2015年に法人化した。
IPMを導入した環境保全型農業(2009年)を皮切りに、オランダ研修で培った環境制御技術(2010年)、その環境制御システムをITで統括する次世代型農業(2016年)、さらに高知県の産学官連携プロジェクトに参画してスマート農業に挑戦するなど(2020年)、常に施設栽培の進化を目指してきた。
左 :天敵保護装置
右 :よく見ると花の上に天敵のタバコカスミカメ
高知県のIoP(Internet of Plants)プロジェクトに参画
情報工学に詳しい尾原さんにとって、スマート農業は必要不可欠なものだった。一方、高知県では日本全国はもとより世界中から研究者・学生・企業が集まる産業集積群を作り、最新の施設園芸関連機器やIoT、AI技術を広く農業関係者に普及させ、所得の向上や産地のブランド化につなげる産学官連携の「IoP(Internet of Plants)プロジェクト」を推進している。このプロジェクトは、オランダの最先端技術を取り入れた「次世代型施設園芸システム」を「Next次世代型施設園芸システム」へと進化させることを目的としている。「僕は『楽しく、ラクで、儲かる農業』を目指しているので、IoPプロジェクトにはその可能性があると感じて取り組んでいます」と尾原さん。
常に考え続け、変化していくことが大切
「ピーマンは完熟や糖度はそれほど問題にならないので、差別化しづらいし、ブランド化ができないんです」と尾原さんは言う。ピーマンの輸送は空気を運んでいるようなものだとも。さらに2024年には「自動車運転業務における時間外労働時間の上限規制」が適用され、物流業界にさまざまな問題が生じるといわれている。輸送面でどう対応するか。「結局、需要と供給のバランスの問題。今は供給過多なんです。需要がないから単価は上がらない。それならニーズに応えた商品づくりに変えていかなければならない。さてどうするか?」。
尾原さんは常に考え続け、変化していくことを自分に課している。例えば、収穫したピーマンを集荷場に持っていき、ラインに乗せたらその場でカットして真空パックする。そうなると5倍多くピーマンを運ぶことができる。これはプロダクトアウト(生産者志向)の考え方で、これまでのマーケットイン(消費者ニーズに合わせた商品開発)ではない体制を作ることが大事だと、尾原さんは考えている。「そうした体制を組めば、結果として国が掲げる農作物からのCO2排出量を減らすことができるし、冬場の燃料使用によるCO2排出も大きく抑えられる」と、環境への配慮も欠かさない。
「設備投資も、規模が大きくなっていくと集中管理が必要です。県がバックアップしてくれるので助かっていますが、最近は資材も肥料もどんどん値上がりしている。ランニングコストもかかる。出荷量は年間250tで、規模が大きくなった分、売上は伸びていく。だけど単価は伸びない......。でも、生き残っていくには、いつでも変化できる状況に我が身を置く、それが大事なことなんです」と、力強い声になった。
生産効率だけを上げる農業は目指さない
現在、役員3人と男性社員が3人、インドネシアからの特定技能実修生が3人とパートを合わせた計19人がスタッフ登録されている。Wワークのスタッフもいる。尾原さんによれば「うちに来る人は福祉系や介護系で比較的休みが多い人。そういう人が週1回来てくれるだけでもありがたい」とのこと。
また、分業化していないので、1つのチームですべての作業を行っている。「チームを作って、それぞれのチーム長の下でスタッフが動くこともできるけど、僕自身が現場に出たいので1チームで動いています。ラグビーのように監督がスタンドに座るんじゃなく、野球のように監督も選手と一緒にグラウンドにいるって感じですね」と、スポーツ好きがうかがえる説明をしてくれた。
右 :スタッフのみなさん
今後の規模拡大に伴い雇用が増えていくことについては、「うちの仕事はノルマに追われることもないし、ストレスは一切ないと思います。生産効率だけを上げる農業は僕自身が好きではないので、ゆっくりと仕事ができます。都会で仕事に疲れ果て、ストレスが溜まった30~40代の人たちの受け皿になりたいですね。いわば人間再生農場。給料はそんなに高くないけど」と笑い、スマホで集中管理しているときの尾原さんとはまた違った柔和な表情になった。
データ駆動型農業への挑戦
「CO2濃度や日射量など、これまで集積してきた環境データをフルに活用して回していくデータ駆動型農業が次のステップ」と、スマート農業への進展が今後のポイントだという。「僕の頭の中にしかないAIを共有すれば、誰にでも作物が作れる。でもそうなると植物工場、工業製品になってしまって、高知県で作る必要がなくなってしまう。それに保存技術さえ確立すれば、冬に夏野菜を作る必要もない。だけど、保存ができると在庫が多くなりすぎて、単価が暴落する。そうならないために情報を集め、考え、変化し続けていこうと思っています」。
左 :スマホのアプリを使って温度調節
右 :収穫間近のピーマン
地元農業を活性化させ、高知県農業をいかに維持・発展させるかを考えていくと、やがて日本の農業の今後の課題に行きあたると尾原さんは言う。安芸市出身者には三菱グループ創設者である岩崎弥太郎がいる。土佐から日本へ、そして世界へと羽ばたいていった傑物のDNAは確かに受け継がれているように思えた。(ライター 上野卓彦 令和4年12月14日取材 協力:高知県安芸農業振興センター農業改良普及課)
●月刊「技術と普及」令和5年3月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
株式会社尾原農園 ホームページ
高知県安芸市土居1663
TEL 0887-35-6357