「自園自醸」のワインを通じ、紫波の風土を伝えたい
2024年01月22日
紫波(しわ)町は岩手県のほぼ中心部に位置し、東は北上高地、西は奥羽山脈に挟まれ、自然に恵まれた町である。町の中央を北から南に向かって北上川が流れ、流域は稲作地帯となっていて、西部では全国有数の生産量を誇るもち米のほか、ソバや麦などが生産され、東部の丘陵地ではリンゴやブドウの栽培が盛んに行われている。
第三セクターの「株式会社紫波フルーツパーク」は、紫波町産ぶどう100%で作った「自園自醸」が特徴のワイナリー。紫波の風土を感じさせるワインづくりを目指す同社の取締役専務兼製造部長、半田透さんにお話を伺った。
ブドウ生産者が抱いたワインづくりの夢
紫波町のブドウ生産量は県内一で、品質も高く評価されている。それは土壌や気候が関係しているという。ブドウ畑が多く広がる東部の丘陵地帯は非火山灰性の粘土質の土壌が多く、深層には4億年前に形成されたといわれる古生代の粘板岩、蛇紋岩、花こう岩が拡がり、ミネラルがたっぷり溶け込んでいる。こうした土壌で栽培されたブドウでワインをつくると、酸味がしっかりとあり、味の濃いものに仕上がるという。北国特有の冷涼な気候、適度な寒暖差、年間降水量が1,000ml程度と比較的少ないこともブドウ栽培には向いていた。
町内でブドウ栽培が始まったのは、1955年頃。生食用を中心に栽培面積は徐々に拡大していき、県内最大の産地に成長する中で、町内のブドウ生産者たちは「自分たちの育てたブドウでワインをつくりたい」という夢を抱くようになる。1998年、生産者有志は土づくりの研究を開始し、2001年には自らの園地で栽培したブドウを自らの町で醸造する「自園自醸ワイン」の開発を表明し、ワイン専用品種の作付けが始まった。
ワイン醸造は有限会社紫波フルーツパーク(2006年4月、株式会社に登記変更)が担当することになり、2004年春にはブドウ生産者と行政と有識者による「紫波自園自醸ワイン開発研究会」を設立。2005年に醸造を開始した。
「自園自醸」の大きなメリット
2006年、ワイン醸造が本格的にスタートしたことから「紫波自園自醸ワイン開発研究会」は解散し、2007年2月、自園自醸ワイン紫波と生産者による「自園自醸ワイン紫波ぶどう栽培研究会」を新たに立ち上げた。当初5戸だった契約栽培農家は、25戸にまで増えている。
研究会では「良いワインは、良いブドウから」という基本を守り、栽培技術を共有しながら管理を徹底。ブドウの樹に着ける房数を減らして養分を集中させ、ブドウの糖度を上げるなど、手間を惜しまず生産している。情報交換や栽培指導会、園地巡回なども頻繁に行っている。また、生産者のモチベーション向上につなげたいという思いから、原料の買取価格は高めに設定している。
自園自醸ワイン紫波では、町内のブドウ園約13haと、自社農園約4haで栽培する14品種のブドウのみでワインを醸造。半田さんは「目が届く範囲で栽培していますから、糖度や酸度を見極めて、適期を逃さず収穫しています。これは、自園自醸ワイン紫波だからできることだと思っています」と話す。ブドウ栽培の最大の課題は、温暖化による影響。新芽が出る時期が早まることで春先に霜にあたったり、夏の高温で着色不良になったりするなど、厳しい栽培環境になってきている。生産者が情報を共有し、一体となって対策に臨むことが可能なのも、研究会の大きな強みといえる。
地元の人に支持される特産品に成長
当初の自園自醸ワインの製造・販売目標は5万本だったが、現在では年間13万本を製造している。しかし、最初から軌道に乗っていたわけではないという。
「ブドウの木が若かったせいか、最初は評価されずに苦戦しました」と半田さん。ブドウ栽培やワイン醸造の経験を重ねるにつれて、少しずつ認知されるようになっていったが、あるワイン評論家が「紫波物語・リースリング2008」をワイン専門雑誌に紹介したことから「北国にもこんなワイナリーがあるのか」と、知名度は一気に上がった。また、2011年の東日本大震災後は県外でのグルメフェアや物産展などが数多く開催され、ワインの品質だけでなく、ワインづくりのコンセプトに関心を持ってくれる人が増えていった。全国規模で評価が高まると、紫波町内でも地元の物産として認識されるようになり、今では贈答用に使う人も多い。「評価が高いのは白品種のワインですね。きれいな酸味があって、余韻も長く続きます」と、半田さんも自信を持って勧める。
2015年8月には瓶内二次発酵によるスパークリングワインを発売。炭酸ガス充填方式と比較すると、はるかに手間と時間がかかるが、ブドウ生産者やワインの造り手の想いや紫波の風土を知ってもらうなら、この製法でなければ意味がないと半田さんは考えている。地道に真摯に醸造に取り組んできた結果、現在はワイン事業が経営の柱となっている。
ファンづくりも積極的に
ワイナリーには見学通路が整備され、個人客ならだれでも自由に工場見学ができる。隣接する直売所にはテイスティングコーナーが設けられ、自園自醸ワイン紫波の試飲を無料または有料(1杯100円)で楽しめる。ワインの酸化を防ぐ仕組みのサーバーを導入しているので、比較的高い価格帯のワインの提供が可能となり、訪れる人には「好みのワインが見つけやすい」と好評だ。
ワイナリーと自社葡萄園をスタッフが案内する「紫波ワインツーリズム」(完全予約制)も、コロナ禍を経て再開している。ワイナリーと葡萄園の見学、限定酒などのテイスティングで所要時間は1時間ほど。1人1,100円(税込)で、直売所で利用できる500円商品券が付く。「ワインの造りがどうのこうのというお話よりも、私たちのブドウを育む紫波という土地と、その背景を知ってほしいんです。ブドウの品質以上のワインはできません。私たち醸造スタッフがやっていることは、いかにその良さを削らないようにするかですから」と、半田さんはワインツーリズムの目的を語る。
五年ほど前から実施しているワインオーナー制も人気で、オーナーは500人を超える。一口12,100円で辛口オーナーと甘口オーナーが選べて、それぞれ限定ワインを数本もらえる。こうした特典とともに喜ばれているのが、農作業体験。希望するオーナーはブドウの栽培や収穫、仕込み作業ができるのだが、遠くは関西から足を運ぶ人もいて、毎回賑わうという。
ファンを増やす活動に積極的に取り組むのには、半田さんのこんな思いがある。「他県に行くと、いまだに『岩手でブドウを作っているの?』と言われることがあります。『岩手には今、13社ぐらいのワイナリーがあって、日本で5番目にワイナリーが多いところなんですよ』というと、『そうなんですか』と。まだまだ印象が弱いようなので、もっと周知していきたいです。ワインといったら岩手、そして紫波をイメージしていただけるように」。(ライター 橋本佑子 令和5年12月6日取材)
株式会社紫波フルーツパーク ホームページ
岩手県紫波郡紫波町遠山字松原1-11