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農業経営者の横顔



「都市型酪農だからこそできること」心身ともに健康な牛と人を育み、地域社会の繁栄に寄与する

2023年11月14日

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石田陽一さん(神奈川県伊勢原市 株式会社石田牧場)※写真中央


 伊勢原市は神奈川県のほぼ中央に位置し、恵まれた自然環境と都内へ約1時間というアクセスの良さから、首都圏近郊都市としての役割を担う。この地にあって、「地域の発展とともに、日本酪農の発展に少しでも寄与し、感動を与える酪農家でありたい」という熱い志を胸に、日々進化し続ける三代目酪農家の石田陽一さんにお話を伺った。


発想の転換で「弱み」を「強み」に
 家族がやりがいを持って働く姿を間近で見て育った石田さんは、農業高校から北海道の酪農学園大学に進学。在学中にニュージーランドへ留学し、卒業後はワーキングビザで1年間働いた。
 2800頭の放牧を13人で見るという牧場経営を体験し、スケールの大きさやコスト重視に衝撃を受け帰国。伊勢原では住宅地ゆえに、頭数を増やすことも規模の拡大も難しく、「神奈川で酪農をする意味」を見いだせず悶々とした日々を送っていた。
 そんな折、石田さんは保育園から食育の授業を依頼される。保育士から「牛って赤ちゃんを産まないと牛乳を出さないんですね」「神奈川に牧場があったのを知りませんでした」と言われ、酪農の認知度の低さにショックを受ける。しかしその思いは、「これまで自分たちは生産するだけで、消費者を考えていなかったのではないか」という反省となり、次第に「酪農を自ら発信していこう」という情熱に変わっていった。
 それをきっかけに、「周りに人がいるから酪農がやりにくい」という弱みが「人が周りにいるということは、牛乳を飲んでくれる人が近くにいるってことだ!」と強みになることに気づく。たしかに、石田牧場から半径50kmの円を描くと東京23区がすっぽり入り、東京、神奈川を合わせると人口は2000万にもなるのだ。


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左 :石田牧場の牛舎
右 :神奈川県畜産環境コンクールで県知事賞を4年連続受賞


農場HACCP導入へ
 自ら願い出て28歳で代表となった石田さんは、家族経営から雇用型経営への移行を意識するようになる。2012年、酪農部門で国内初の農場HACCPを取得した牧場を見学し、石田牧場でも導入を決意。家畜保健衛生所や普及指導員と試行錯誤しながら、約2年半かけて農場HACCP認証牧場となる(酪農では神奈川県第1号)。

 導入にあたっては標準作業手順書を作成した。例えばタンクの温度管理、ミルカーの洗浄、パイプラインの真空圧などさまざまな項目をチェックし、モニタリングを行う。「人に依存するルール」から「誰でも同じように理解し、実践できるルール」が確立されたおかげで、皆が働きやすい職場になった。チェックリストはアルバイトを含め社内で共有し、一人一人が「自分も経営を担っている」という意識が高まった。


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左 :農場HACCP内部検証の会議
右 :ストレスが少ない飼育のため繁殖力が高い。10歳7カ月で8回目のお産


 実は2016年、石田牧場では32頭が乳房炎になり、経済的にも痛手を受けた。しかし、マニュアルによって搾乳方法が徹底されたことで、2020年には6頭にまで減少している。これは農場HACCPの有効性が数字として明確化された一つの事例である。また、乳質・乳成分の品質も向上しており、日々の努力がきちんと数値として表れている。
 さらに2021年にはJGAPの認証を受ける。JGAPには食品安全、家畜の健康、快適な飼育環境への配慮、環境保全など113にも及ぶ厳しい項目があるが、これらをすべてクリアした。


減収増益という考え方
 石田牧場では輸入飼料を極力減らし、自給飼料のトウモロコシやえん麦などの栽培を土作りから手掛けてきた。先の見えない輸入飼料価格の高騰を見越し、自給飼料の割合を6割から8割まで引き上げる予定だ。それに伴い、頭数を減らす方向に動いている。
 頭数の減少は生産量・収入と直結するが、石田さんは利益に着目してシミュレーションを行い、増益を確信している。その背景には乳価の安定、全量買い取りのため在庫を抱えないという酪農特有のシステムがある。そのため見通しが立てやすいのだという。


酪農教育ファームとしての活動
202310yokogao_Ishida_8.jpg 2009年に酪農教育ファーム認定牧場を取得して以来、年間約1200人の子どもたちの体験学習を受け入れている。中には牛乳が牛から作られることを知らない子もおり、ますます伝える大切さを痛感した。同年からは家族で参加できる酪農体験「〝楽〟農教室『らくのうし隊』」も実施している。この教室をサポートするスタッフは農業大学、農業サークルの大学生が中心だ。
 牛の大きさに圧倒され近づけない子どもも多いが、大学生が励まし、褒めて認めることで体に触れられるようになることもある。その成功体験は子どもと大学生両者にとってかけがえのないものであり、「コーチングが学べる」と口コミが広がり、都内からも大学生が参加する。
右 :間近で見る牛に興味津々の子どもたち


 石田牧場のアルバイトは全員大学生だ。なぜなら、実務はもちろんコーチングやマネジメントを学べ、お金ももらえるため、将来を見据えた意識の高い学生が自然に集まってくるのだ。ただそこには、大学生からも真摯に学び、ともに働く仲間として敬意を払う、石田さんの人としての魅力も欠かせないだろう。


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左 :女性スタッフも活躍できる、働きやすい職場環境
右 :意識の高いスタッフたち


若手農家と連携した事業
 2011年、石田さんは食品加工を学んできた奥様と6次産業化に踏み切り、敷地内にジェラート店「石田牧場のジェラート屋 めぐり」を開店する。


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左 :「石田牧場のジェラート屋 めぐり」外観
右 :一年を通じて地元の旬を味わえる


 伊勢原ではいろいろな種類の農作物が家族経営で生産されているものの、産地になれないという弱みを抱えていた。しかし、石田さんは発想を転換し、「一年中旬の食材がある! これをジェラートに生かそう」と若手農家と連携。「塩川さんの巨峰」「岩本さんのとうもろこし」「澤地さんのメロン」などユニークなネーミングで注目を集め、年間来場客数は約7万人にものぼり、人気情報番組の取材も受けた。
 コンセプトは「笑顔のめぐり」。作り手も食べた人も笑顔で幸せになり、地域も元気になるという願いが込められている。またそこには、神奈川の食を支えている仲間たちとともに成功したいという、石田さんらしい思いがある。


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左 :地元でしか流通しない牛乳は大人気
右 :若手農家の仲間とともに


神奈川の酪農は追い風
 昨今、輸入飼料・燃料価格の高騰やアニマルウェルフェア(動物福祉)の普及といったさまざまな要因によって「酪農は大変だ」と嘆く人も多い。しかし石田さんは逆に「追い風が吹いている」と語る。
 それは精神論ではなく、常に数字に基づいた経営によって規模の適正化が図れること。そして、自分の選んだ道を正解とし、成功するまで努力を惜しまないこと。責任を決して他人に押し付けない経営者としての毅然さと決意があるからだ。
 自らを律する厳しい顔と、地域、仲間、家族を愛する優しい顔と、好奇心のアンテナを360度張り巡らせる情熱的な顔を併せ持つ石田さん。その将来は未知数で希望に満ちあふれている。(ライター 松島恵利子 令和4年9月21日取材 協力:神奈川県畜産技術センター企画指導部普及指導課)
●月刊「技術と普及」令和4年11月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


▼石田牧場 ホームページ

▼石田牧場のジェラート屋 めぐり ホームページ
 神奈川県伊勢原市上谷777
 電話:0463-93-4870