提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


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農業経営者の横顔



ゼロエミッション農業の実現を目指し、持続可能な地域づくりに貢献したい

2023年02月16日

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髙橋浩行さん(秋田県大仙市 (株)秋田農販)


 農業土木コンサルタント業務に加え、農産物の生産・販売を手がける株式会社秋田農販。代表取締役の髙橋浩行さんは、農業土木専門の設計コンサルタント会社勤務などを経て、2001年に株式会社秋田農販の前身となる有限会社センボク設計事務所を設立した。培った技術を生かして土木設計を中心とした業務を担ってきたが、2013年からは「地域農業の発展に貢献する」ことを目的に、新規事業として農産物の生産・販売に着手。現在は、イチゴやトマトなどを栽培している。


技術力と資本力を蓄えて農業分野へ参入
2023_2yokogao_akitanouhan06.jpg 髙橋さんは稲作を主体とする兼業農家の出身で、地元の農業高校を卒業し、秋田県立農業短期大学農業工学科(現・秋田県立大学)で農業土木を学んだ。家業の農業には従事せず、2つの会社を渡って知識と技術を積み上げ、40代で実家に戻り、起業。測量や土木設計を主軸としていたが、もみ殻を燃料とするボイラーの製造販売を手がけることになったのを機に、もみ殻ボイラーの熱を利用したビニールハウス栽培を始めることにした。「自分が30歳になる頃には、『このままの農業を続けていたら、食っていけない時代が来る』と思っていました。将来に繋がる農業を確立するために必要な技術力と資本力を蓄えて、9年前に農業部門を担う株式会社秋田農販を設立しました」。

 最初に取り組んだのは、イチゴ栽培だ。当時、秋田県内にはイチゴ生産者がほとんどいなかったが、消費量は多いという点に目をつけた。さらに独自性を高めるため、栽培する品種も吟味。市場にあまり出回っていなかった群馬県産の「やよいひめ」と、新潟県産の「越後姫」を選んだ。栽培技術を学ぶため、新潟県十日町市の先進農家に頼んで直接指導してもらった。
右 :冬季間のハウス内の暖房に用いられる「もみ殻ボイラー」


 一方、ハート型が特徴のミニトマト「トマトベリー」との出会いは偶然だった。イチゴの肥料を求めて東京に行った際、肥料会社の担当者が持ってきたトマトベリーの形と甘さに髙橋さんは衝撃を受けた。生産農家を紹介してもらい、すぐに静岡県浜松市へ向かった。
 「なぜこんなにいいものが世に出ていないのか、不思議でした。栽培が難しく、高糖度ゆえ虫害に遭いやすいため生産量が微量なのだと聞き、『これはまさに自分が望んでいたものだ』と直感しました」。種苗会社が求める厳しい要件をクリアし、苗を入手。秋田県農業試験場での実証試験で成果を確認し、2015年に本社敷地にハウスを建てて、トマトの周年栽培を開始した。


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 :ハート型が特徴の「恋ベリー」
 :恋ベリーが栽培されているハウス


商品を売るために必要なのは勇気と行動力と発想力
 「トマトは競争相手が多く、よほどの特徴を示さないと買ってはもらえないだろう」と考えた髙橋さんは、自ら「恋ベリー」と名づけ、真っ先に首都圏の有名百貨店へ持っていった。目利きのトップバイヤーに認められることが、何よりの宣伝になると思ったからだ。「一口食べたバイヤーからOKの返事をいただき、『この値段でも売れるよ』と提示された金額は、予想をはるかに超えていました」。

 地元では最初、「こんな値段で売れるわけがない」とずいぶん言われたが、恋ベリーの味を知る人が増えるにつれて、その声は消えていった。「市場の平均価格に合わせて値段を落としていたら、今のようにはなっていなかったでしょう」。評価を恐れないことや、周りの意見に安易に流されない強さを持つことが大切と訴える。

 「作るからには売れなければ意味がない」と、商品の高付加価値化にも知恵を絞る。その一つが、江戸時代から一子相伝で続く地元の「楢岡焼」とコラボしたギフトアイテムの開発だ。「シリアルナンバーが付いたハート型の器は、恋ベリーを買わなければ手に入りません。七代目窯元の元に3日通い、『この地域のために何とか作ってほしい』とお願いしました」。また、秋田杉の木箱入り特製ギフトも考案。自社の商品を通じて地域に活力をもたらしたいという思いが、発想の原点となっている。


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左 :パッケージもハート型
右 :地元「楢岡焼」の器とコラボしたギフトアイテム。秋田杉の木箱入り


次世代燃料のアンモニアを農業に活用する実証試験に参加
 技術者ならではの探究心と、ずば抜けた行動力で道を切り拓いてきた髙橋さん。人脈が広がるにつれて、さまざまな情報が舞い込むようになった。環境省の委託事業として2021年4月から2023年3月までの2年間で実施される「アンモニアマイクロガスタービンを利用したゼロエミッション農業の技術実証」に参加することになったのも、人との縁によるもの。トヨタ自動車のグループ企業であるトヨタエナジーソリューションズ、秋田県立大学、石炭フロンティア機構、産業技術総合研究所、東北大学との産学官連携により、カーボンフリーのアンモニア燃料を用いた発電機で作った電気と温水を使用し、トマトとイチゴを育てる実証試験を行い、先進農業の可能性を検証することを目的としている。


2023_2yokogao_akitanouhan05.jpg 秋田農販ではこれまで、地域資源のもみ殻や雪をエネルギーとして活用した循環型農業に取り組んできたが、アンモニア発電については、一から勉強したと髙橋さんは話す。「先端の技術に触れ、さまざまなノウハウが得られることは何よりのメリット」と実感すると同時に、世界的大企業であるトヨタグループの経営姿勢から学ぶことは多く、自社の業務効率化や社内システムの改善を考える良い機会になっているという。

 「秋田農販といえば、ちょっと変わったことをやりたがる農業法人の代名詞みたいに思われていて、いろいろな方を紹介していただくんです。新しい取り組みがあると聞けば、技術者の性分で好奇心が湧き、何でもやってみたくなるんですよ。だから、もう新しい話は聞かせないでよと、断っています」と笑いつつ、「うちの会社を見て『この会社がこんなことをやれるなら、自分はもっとやれる』という気概ある人を、地域の中から掘り起こしたいという気持ちもあります。それは農業に限りません」と、常にチャレンジ精神を持って物事に臨む真意を語る。
左 :アンモニアマイクロガスタービン


農業を中心としたゼロエミッション地域構想
 2020年4月には有限会社センボク設計事務所と株式会社秋田農販を合併し、株式会社秋田農販として新たなスタートを切った。コンサルタント部門と農業部門の2つが経営の柱であることは、これまでと変わらない。施設園芸設備設計を得意とする「センボク」の技術力は総合的に高い評価を得ているが、知名度の高い「秋田農販」の名を残した。

 社員は現在、コンサルタント部5名、農業生産部5名の計10名。農業生産部は全員が非農家だが、「今までにないことをやっていますから、むしろ農業経験がないほうが仕事を覚えやすいかもしれません。栽培技術を身につけ、デジタル技術を活用して取得した環境データの解析ができる人材を育てることが、今の重要な課題です」と髙橋さんはいう。

 社員やビジネスパートナーと力と合わせ、髙橋さんが実現させたい未来がある。「農業を中心としたゼロエミッション地域構想」と名付け、作成したという概要図には、農業の脱炭素化を達成し、社会が循環していく様子が描かれている。「2030年、8年後の実現が目標です。取り組みを加速しないと、日本は世界に取り残されてしまいます。2050年には温室効果ガスの排出をゼロにするカーボンニュートラルを目指すと、国が宣言していますから」。既成概念にとらわれない農業への挑戦は、現状を正しく捉える俯瞰的視点と、明確化された将来ビジョンに導かれている。(ライター 橋本佑子 令和4年5月30日取材)
●月刊「技術と普及」令和4年9月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


株式会社秋田農販 ホームページ 
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