「短期的な親切」よりも「人生を考えた思いやり」を。日本一の農福連携を目指す
2022年12月16日
一般社会で活躍できる場を提供
NPO法人めぐみの里は、障がい者就労継続支援B型の事業所として2013年5月に設立。山田浩太さんが代表を務めるアルファイノベーション株式会社で栽培される青ネギ、白ネギ、九条ネギの出荷調整作業や農場作業を請負っており、現在約40名が働いている。
農場面積は約18ha、年間出荷量は350t。業績は右肩上がりで、さらなる拡大を目指しているという。
めぐみの里では、障がい者の方々に対して、「できる作業は必ずある。ゆっくりでいいから、できることを積み重ねて自信を持ってもらう」という信念のもと、一般社会の中で活躍できる場を提供している。
受け身ではなく自発性を育む
山田さんは異色の経歴の持ち主で、京セラでの営業職、船井総合研究所でのコンサルティング職を経て2012年に農業へ参入した。
「人手不足の農業、仕事が不足している障がい者。そして、単純作業が多い農業と、単調な連続作業を比較的得意とする障がい者。両者は補完し合える関係で相性が良い」と考え、農業参入から1年半で農福連携による経営を開始した。
ネギ畑に隣接する作業場では、根や葉を切り落とす、外側の傷んだ葉をむく、箱に詰めるなどの出荷調整作業、農場では除草、トンネル設置、マルチはがしなどの作業を障がい者が行っている。
利用者という呼称は使わず、障がい者はスタッフ、職員はマネージャーと呼び、後輩と先輩のような関係でともに仕事を成し遂げていく。
マネージャーはスタッフの困りごとの相談を受けたり、全体チェックの役割を担ったりするが、細かく口出しすることは少ない。そのため、熟練スタッフが不慣れなスタッフに教える、あるいは後輩が先輩スタッフに質問する場面も珍しくない。
そこには「受け身で働く」のではなく、自ら積極的に取り組み、働くことの充実感を味わい、成長していく障がい者の姿が見える。
右上 :一人一人が大切な戦力
目標やゴールを設定する
スタッフは基本的に時間単位で働くが、「時間内にやれた分だけでOK」というスタイルはとっていない。
農作業は圃場環境や作物の状況により、目標値を「決めにくい」ことも少なくない。しかし、「できた分だけ」とゴールを曖昧にすれば混乱が生じやすく、成果に対する考え方も甘くなる。あらかじめ決めておいたスケジュールや成果を守る前提で作業を行うことで、効率とやる気の向上を実現している。
左 :思いやりのコミュニケーションが、互いの力を引き出す
右 :自ら生産した商品が目の前で社会の役に立っていることを実感
本人の成長に重点を置く
めぐみの里設立当初、作業場の段差にスタッフがつまずいたことがあった。福祉の現場が長い職員は「段差をなくすべき」と提案したが、山田さんは「つまずかないように気を付けることを教えるのもわれわれの仕事」と主張した。
誰かに守られるのが当たり前の環境では、障がい者の成長にはつながらない。将来的に一般社会の中でも自立できる人材を育成するため、「短期的な親切よりも人生を考えた思いやりを」がめぐみの里のモットーなのだ。
と同時に、農業者と福祉従事者が、互いの「当たり前」や「思い」を押し付けるのではなく、理解するために努力し、互いを尊重して歩み寄ることも大切にしている。
誰にとっても働きやすい職場環境
作業の上で最も重視すべきは、何よりも「安全」である。そのため、誰がどこで何の作業をしているか、何がどこに置かれているかを分かりやすく表示している。
また、製造業の現場では不可欠とされる「5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)」を取り入れることで、見つける」「使う」「戻す」の3ステップが定着し、物を探す時間や判断に迷う時間を減らし、結果的に安全の確保や作業ストレスの軽減につながっている。
こうした基本的なルール作りや作業環境の整備は、決して障がい者のためだけではない。高齢者、外国人を雇用する場合にも、もちろん健常者の仕事のしやすさにも反映される。
右 :「見つける」「使う」「戻す」をしやすくする工夫
小さな成功体験が成長へつながる
障がい者一人一人の適性を見極めることは、農福連携では欠かせない。繊細さが求められる作業が向いているのか、体力重視の作業が向いているのか。どんな作業にどんな方法で取り組むか、最大限の作業マッチングを常に考える必要がある。
また、障がい者が行う作業は「自分で判断する要素が少ない」ことが求められるが、作業を繰り返すことで基本的な動きをマスターし、少しずつ臨機応変に対応できるように自信をつけていくことにも、めぐみの里では重きを置いている。
そのため職員は、成長している部分をスタッフに直接、具体的に伝えている。小さな成功体験の積み重ねが自信となり、労働意欲と成長につながっていくからだ。
「1+1が3にも5にもなる」
障がい者が職場にいると、「お世話をしなければならない」とマイナスに捉える人も多い。しかし、「障がい者とともに働くことは職場全体プラスに働くのだ」と山田さんは捉えている。なぜなら、作業しやすいよう手順を常に考える。正確で分かりやすく伝えようと工夫する。相手の困りごとや悩み、「こうしたい」という思いを引き出す。そのためにも、よりよいコミュニケーションを心がけるようになる。
これらの要素はどんな職場でも、どんな働き手にも求められるものである。思いやりのコミュニケーションは障がい者、健常者双方の力を引き出し、「1+1が3にも5にもなる」からだ。
担い手不足の農業と、仕事が不足している障がい者。両者が手を携えるメリットは十分なはずだが、農業者の「安く働いてほしい」、障がい者の「とりあえず時間内で働けばいい」という「お互いのいいとこ取り」では決してうまくいかない。
「目的を達成するためには、お互いが歩み寄りの着地点を把握し、それに向けた手段を実践することが重要なんです」。そう力強く語る山田さんからは、日本一の農福連携を目指す決意と期待がひしひしと伝わってきた。
左 :今後はネギだけでなく、梨の生産にも力を入れていく
(ライター 松島恵利子 令和4年3月28日取材)
●月刊「技術と普及」令和4年7月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
○NPO法人めぐみの里
〒349-0203 埼玉県白岡市下大崎1274-1
TEL:0480-53-6933 / FAX:0480-53-6944
○アルファイノベーション株式会社(協力企業) ホームページ
〒349-0203 埼玉県白岡市下大崎1274-1