安心・安全・良味で大規模経営を実現。後継者育成で地域の農業を救う
2022年08月15日
(飯野公一さん 山梨県南アルプス市 有限会社M.A.C.Orchard)
モモやブドウなどで日本一の生産量を誇るフルーツ王国、山梨県で県内有数の大規模・高収益な経営を誇る有限会社M.A.C.Orchard(旧 有限会社Ⅰ&Ⅰフルーツグロワーズ)。代表取締役の飯野公一さんは、家族経営から大規模経営へと舵を切り、遊休地を含む農地の借り入れや栽培技術の研究、積極的な販路の開拓などで法人を急成長させた。さらに、担い手不足など地域の課題にも目を向け、研修システムを構築。新規就農者の独立までサポートするなど、山梨の農業全体の活性化に一役買っている。近年の自然災害やコロナ禍による厳しい状況下でも、ますます成長を続ける飯野さんの経営術を紐解いていくと「令和の農業」が見えてきた。
地域の農業の衰退を救う大規模経営
甲府盆地の西部、南アルプス山系のふもとにある風光明媚な南アルプス市。夏は気温が高く、冬には「八ヶ岳おろし」という冷たく乾いた風が吹き、朝晩の冷え込みが強い地域でもある。近くを流れる御勅使(みだい)川の氾濫によってできた扇状地では古くから果樹が栽培されてきたが、きわめて礫質土のやせ地であり、水利にも乏しかった。
しかし、1960年代以降は大型共選場などの整備により果樹農業が急速に発展。農業の近代化も進み、スモモの栽培面積は日本一、オウトウ栽培面積は県内一を誇る産地へと成長している。
飯野さんは果樹農家に生まれた。当初は家族経営だったが、生産者の高齢化や後継者不足で遊休農地が増えていく地域の現状を目の当たりにし、積極的に借り受けるようになった。だが、そうして規模拡大を進めていく中で、家族経営に限界を感じるようになったという。「一人が病気になれば、たちまち経営が立ち行かなくなってしまう。規模を拡大しても働き手がいないと厳しい」と、地域で大規模農業を進めようとの考えで一致した経営者たちと法人を設立し、共同経営を始めた。
大規模経営・法人化を進めるにあたっては、農業研修生として派遣されたアメリカでの2年間が役に立った。「とにかく規模が違うのはもちろん、1セントでも儲けがあるなら工夫してチャレンジしていこうという経営への考え方も刺激になりました」。
多様な販路、働き方改革で経営の安定を実現
大規模経営に舵を切れば、それに見合った販路も確保しなければならない。飯野さんは積極的に販路を開拓。宅配やスーパーマーケットとの直接契約、モモの樹のオーナー制度など、多様な販路があることで収益の安定を実現させている。
またスーパーマーケットでは、家族で食べられるようパック詰めにして低価格で販売、インターネットでは贈答用として喜ばれる高級品を扱うなど、取引先のニーズに応じて商品形態を変える販売方法にも工夫を凝らしている。
左 :多様な販売方法で収益を確保
右 :スーパーマーケットで人気のブドウ詰め合わせパック
飯野さんの手腕は、社外だけでなく社内でも発揮されている。雇用者のモチベーションを高めるため、モモ、ブドウなどの品目別に生産管理担当制を採用。モモでは、女性や高齢者でも作業しやすいように低樹高化に取り組むなど、労力軽減のための技術開発にも注力している。さらに早期摘蕾を取り入れ、摘果作業にかかる労力の削減も積極的に進めている。
ブドウでは、生食用の一部の農地をワインなどに使う醸造用ブドウに改植することで、作業管理の労力削減を実現。ワインメーカーとの契約取引も行い、安定した販路を確保している。ブドウやモモの栽培がない冬場には、あんぽ柿の加工作業を請け負うことで1年間、継続して雇用できる体制を整えた。
さらに経営の安定を図るために、ジャムやジュースの委託加工も行うなど6次産業化も積極的に進め、収益の増加へとつなげている。
左 :あんぽ柿の生産で年間を通じての果樹経営を確立
右 :短梢仕立てのシャインマスカット
大規模経営でも変わらない味
規模を拡大しても譲れないのは、「子どもに生のまま、おいしいと言って食べてほしい」という味に対する思いだ。安心・安全、そしておいしい果実の生産に向けて努力する時間は惜しまない。
化学合成農薬と化学肥料を削減し、除草剤は使わない。土づくりにもこだわり、配合肥料を使わず有機質発酵肥料を使用するほか、粉砕したブドウの剪定枝を土壌改良に利用するなど循環型農業を実現している。防除暦を作成し、毎年見直すことで病害虫の発生状況を観察。病害虫が発生してもいち早く対応できるので、影響を最小限に抑えることが可能になった。
安心・安全、味への追求は強固な経営基盤にもつながっている。2019年の台風19号の影響でモモせん孔細菌病が多発し、出荷量が激減するなど多くの農家が大打撃を受ける中、M.A.C.Orchardでは病果を早期に摘果するといった対策を講じ、収量を確保。さらに取引先との信頼関係や飯野さんの人脈もあり、影響を受けた商品の出荷先も確保して損害を最小限に食い止めることができた。「飯野さんが作ったモモなら」という取引先との信頼関係が大規模経営の屋台骨となっている。
研修から独立まで新規就農者をサポート
全国で叫ばれている農業の担い手不足問題は、飯野さんの地域でも例外ではない。そこで「若い人の力が必要」と、研修制度を充実させている。M.A.C.Orchardでは、農業経験の有無を問わずに就農希望者を募り、社内で研修を行っている。それだけではなく、研修終了後には農地や販路の確保までサポートする。「新規就農者は独立しようと思っても、農地も機械も販売先もない。軌道に乗るまで見守るのが役目だと感じている」と飯野さん。これまで東京や徳島などから就農を希望する若者を受け入れている。
右 :研修生に対してもきめ細やかな指導を心掛けている
現在は飯野さんの2人の息子が社員としてM.A.C.Orchardを支えている。「息子たちが若い人たちを呼んで作業を進めてくれていることもあり、少しずつですが輪が広がっています」と頬をゆるめる。「M.A.C.Orchardの商品が欲しいと言ってくださる業者さんがいても、対応しきれていないのが現状です。若い人たちの力を借りて迅速に対応できるようにしていきたい。何より人材の確保が急務ですね」。
令和3年4月、南アルプス市(Minami-Alps City)の「M」「A」「C」を取って社名を一新した。飯野さんのモモやブドウの味を受け継ぐ若者たちが増え、地域も活性化する。南アルプス市から全国へ。これからを見据え、飯野さんは「令和の農業」を推し進めていく。(ライター 杉本実季 令和3年4月20日取材 協力:山梨県中北地域普及センター)
●月刊「技術と普及」令和3年8月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
有限会社M.A.C.Orchard ホームページ
山梨県南アルプス市飯野538番地
TEL 055-282-9232